第28話 休日のショッピングモール
休日に、女子と一緒に遊びに行くような奴は、最早陰キャではなくリア充である。
以前の僕は、そのような考えを抱いていた。
だが、どうやらその考えは誤りであったようだ。
まさか、高校に入学してから、1度も友達と遊びに行く事がないまま、女子とプライベートで会う事になるとはな。
こんな展開になるだなんて、欠片も想像していなかった。
ともあれ、なるようになる、と腹を括るしかない。
「よし、出るか。」
土曜日の正午過ぎ、自宅で昼食を軽めに済ませた僕は、身支度を整えて家を出る。
5月も下旬を迎え、春頃よりも徐々に熱くなり始めた空気を感じながら、待ち合わせ場所であるショッピングモールに辿り着くと、僕は1階のエントランスホールに並べられた適当なベンチに腰を下ろした。
ここのショッピングモールは、僕達が住んでいるこの街の中でも一際大きな商業施設であり、様々な店舗が入っている他、レストランなども充実している。
とはいえ、さすがに大都市の複合商業施設に敵うほどの規模はなく、劇場やボウリング場などの娯楽施設は入っていない他、建物の出入り口もたったの3か所だけだ。
そのうちの1つは、屋上の駐車場に繋がっている出入り口であり、僕達にとっては無縁のルートなので、他の待ち人は、建物の正面の出入り口もしくは裏口の方からここへ入ってくるだろう。
待ち合わせ時間である13時までは、まだ15分ほどある。
適当にスマホでも眺めて時間を潰しておこうか、と僕がポケットをまさぐったその時だった。
「あんた、結構早く来たのね。」
「えっ? あ、蜂須さん、こんにちは。」
待ち人の1人である蜂須が、正面の入り口方向から現れ、僕に向かって軽く片手を挙げた。
当然ながら、学校で顔を合わせる時とは異なり、今の蜂須は私服姿だ。
オフショルダーの白いトップスに、デニムのショートパンツ、そしていつも通りの金髪サイドポニーの髪型。
更に、ピンク色のポーチを肩から掛け、耳にはシルバーのハート型のイヤリングを着けている。
総じて、蜂須の私服姿は如何にもなギャルファッションであり、白い素肌の露出はそこそこ多めだ。
だが、決して下品な印象は受けない。
むしろ、なかなか似合っているし、普通に可愛い……いやいや、何を考えてるんだ、僕は。
今日はデートではないし、それ以前に、蜂須とは未だ友人ですらないんだぞ?
「どうしたの? さっきから変な顔してるわよ?」
「そ、そんなに変な顔だったか?」
「ええ。あんた、あたしといる時によくそういう顔になるわよね。」
「確かに、前にも同じような事を言われた気がするな……。」
今まで自覚はなかったが、僕は感情が顔に出やすいタイプなのだろうか。
そのせいで蜂須に不審がられるのは避けたいところだし、次回からは気を付けるとしよう。
気を付ければ直るようなものなのか、という点はさておいて、だが。
「で? 今ここにいるのは、あんた1人だけなの?」
「ああ。僕が一番乗りだったはずだ。」
ここへ来た時、エントランスを一通り見渡したが、僕以外の待ち人の姿は見当たらなかったからな。
まだ待ち合わせ時間の13時まで余裕があるとはいえ、メンバーが揃い次第、さっさと出発したいところだ。
「ま、生徒会長が遅れてくるとは考え辛いし、大丈夫でしょ。あの人がどんな格好で来るのかは、少し不安だけどね。」
「あ~……それな。」
もう1人の待ち人である蝶野生徒会長は、高校3年生でありながら、現在進行形で中二病を患っている。
そんな彼女が奇抜な恰好でこの場に現れるのではないか、という疑念が僕達の中に芽生えるのは、致し方ない話だろう。
ただでさえ普段の言動がアレなのに、恰好まで変だったら、彼女と一緒に行動する僕や蜂須までもが、恥ずかしい思いを味わうハメになる。
言動は無理に直さなくてもいいから、せめて恰好だけは普通である事を祈るばかりだ。
悶々としながら会長の登場を今か今かと待っていると、すぐ後ろから近付いてきた足音が、僕の背後で急に止まった。
もしや会長が来たのか、と思い僕が後ろを振り返ると、そこには長い黒髪の女子が目を大きく見開いて立っている。
「――あれ? 先輩ですか?」
「え、あ、蟻塚さん?」
蝶野生徒会長が来る前に、まさかこの子と出会う事になるとはなぁ。
背後から唐突に現れた蟻塚は、水色のノースリーブに純白のロングスカートという、シンプルで清楚な出で立ちの恰好をしており、正統派美少女と呼べる容姿を普段以上に引き立てている。
そんな彼女の両手には、その美貌に似つかわしくない大きなレジ袋がそれぞれぶら下がっていた。
「買い物帰りか?」
「はい。私、土日のうちに1週間分の惣菜を買い込むようにしているので。」
「まさか、その袋一杯に入ってるのが全部惣菜じゃないよな?」
「いえ、そのまさかですけれど。朝食も昼食も夕食も、全部惣菜で賄っているので。」
蟻塚が惣菜を昼食として学校に持ってきているのは知っていたが、よもや朝食や夕食まで全て惣菜だとは思わなかったな。
レジ袋から覗いている惣菜の量を見るに、1週間、蟻塚や彼女の両親は一切料理する事無く食事を済ませているのではなかろうか。
「そんな栄養の偏りそうな食事を続けていたら、身体に悪いわよ? ま、あたしもあまり他人の事は言えないけど。」
「あら? そちらの金髪の人って……え、先輩、もしかしてそちらの金髪の先輩と仲良くなったんですか!?」
そうか、蟻塚は僕と蜂須がそれなりの仲になっている事をまだ知らなかったんだよな。
先月の球技大会の折、僕と話し込んでいた蟻塚は、蜂須がギャル連中と揉めているところを一緒に目撃している。
しかし、その時点で僕は蜂須と全く親しくはなかったので、彼女達の喧嘩の仲裁に入ろうとはしなかった。
それが今やこうして休日にショッピングモールへ一緒に来ているのだから、先の事は分からないものだな。
「まあ、色々とあったんだよ。」
「ふ~ん。あの生徒会長といい、先輩って、意外と女の子の知り合いが多いんですね。」
「最近僕もそれを少し実感してきたところだよ……。」
普通、僕みたいな陰キャは女子と縁がなく、男子の友人が少数だけいるのが定番ではなかろうか。
僕の人生は一体何処へ向かおうとしているのやら。
それにしても、蟻塚がやや不機嫌そうに眼を細めて僕を睨んでいる気がするのだが、どうしたのだろうか。
気に障るような発言をした覚えはないが、蟻塚の事だ、僕のさり気ない言動にまた苛立ちを覚えているのかもしれないな。
だが、以前のように蟻塚が直接僕に突っかかってくる事はなかった。
何故か僕をひとしきり睨み付けた彼女は、程なくして蜂須の方へ向き直り、軽く頭を下げた。
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