第27話 波乱の約束
「ふぅっ、ようやく一息つけたか。」
蝶野会長達との話し合いの後、いつも通りまっすぐ帰宅した僕は、明日提出予定の課題を済ませ、グッと背中を伸ばす。
机に向かっていたせいで凝り固まっていた背中の筋肉が解れていくこの感覚、少し癖になるんだよな。
それ程長い時間机に向かっていた訳じゃないが、試験間近を除けば自主的な勉強なんて普段はあまりしないタイプなので、同じ体勢を続けていると結構疲れるのだ。
さて、良い時間になったし、そろそろ風呂にでも――おっと。
机の隅に置いていたスマホのランプが、チカチカと点滅している。
集中し過ぎて気付かないうちに、誰かからメッセージが飛んで来ていたようだ。
悲しい事に、メッセージをやり取りする程に仲の良い友人はいないので、大方広告の類だろうと思いつつ、僕はメッセージアプリを立ち上げてみた。
「お、会長から?」
メッセージの送り主は、予想に反してあの蝶野会長だった。
今日の放課後に話し合いを済ませたばかりなのに、まだ何か話す事が残っていたのだろうか……って、何だこりゃ。
「我が親愛なる友よ。今から私と語り合わないか?」
うわぁ、何か面倒臭いのが来た。
ここ最近、蝶野会長には学校で絡まれる事も割とあったから、そんな彼女と連絡先を交換すればこうなるのは、至極当然の流れか。
無視してさっさと風呂に入りたいのは山々だが、彼女には今日助けてもらったばかりだし、今後もお世話になる予定なので、あまり邪険にする訳にもいかないよなぁ。
「分かりました。少しだけなら。」
「うむ! 時に、其方に尋ねたい事があるのだ。私が友達を増やすには、どうしたらいいと思う?」
いきなり重い質問だな、おい。
そもそも、友達を増やす方法なんて僕が知る訳ないだろうに。
もし知っていたら、とっくに実践している。
「僕に聞かれても困りますよ。僕だって、こうして直接メッセージをやり取りするような友人は1人もいないですし。」
「む? 其方は今こうして私とメッセージのやり取りをしているのだが? もしや、私は友人としてカウントされていない?」
「少なくとも、友人というよりは親しい先輩、という感じですね。」
「そうか……。なら、これからは私を先輩ではなく友人として扱ってくれ。」
友人として扱ってくれ、と言われてもなぁ。
具体的に、何をどうして欲しいんだろう?
こうしてプライベートでメッセージをやり取りするだけでなく、放課後や休日などに一緒に遊びたいって事か?
でも、あの人、今年受験生なのでは?
あまり遊んでいる余裕はないと思うのだが。
「っと!」
どんな返事をしようかと思い悩みながら、僕が漫然とスマホの画面に視線を落としていると、画面の表示が着信を知らせる物に切り替わり、スマホがブルリと震え始めた。
望む返事が来ない事に業を煮やした会長が電話を掛けてきたのかと思いきや、画面に表示されている名前は、紛れもなく別人だ。
意外な人物からの電話に少々驚きつつも、僕は通話ボタンをタップして応答する事にした。
「もしもし? 今、ちょっと電話いい?」
「急にどうしたんだ、蜂須さん?」
「本当は、放課後にあんたに言おうと思ってたんだけど、言いそびれた事があったから。」
「な、何でしょうか。」
蜂須が僕に連絡してきた用件が何なのか、全く想像がつかない。
あり得ないとは思うが、怒られたりしないよな?
僕が思わず身構えると、電話口で彼女がスゥッと息を吸い込む音が聞こえ――。
「昨日は、突き放すような事を言ってしまってごめん。それと、今日の昼休みにあんたが助けに入ってくれたのに、あたし、ビックリしちゃって、どうすれば良いか分からなくなって、あんたに加勢するのが遅れちゃった事も、ごめん。」
「蜂須さん……。もしかして、わざわざそれを伝えるために電話を掛けてきたのか?」
「ええ、そうよ。今回は、本当にありがとう。あたし、最近あんたに助けられてばっかりよね。」
「別に助けたつもりはないけどな。今日の昼休みの事だって、僕は部外者じゃなく当事者だったんだから。」
あの時は、いつものように事なかれ主義を貫けるような状況ではなかった。
選択の余地がない状況下だからこそ、動いただけに過ぎない。
しかし、蜂須はそうは思っていないようで、驚くような提案を持ちかけてきた。
「あんたにさ、今度、きちんとお詫びとお礼がしたいと思ってるの。今週末の放課後か土日に、時間を作ってもらう事は出来ない?」
「え、ええええっ!?」
「何をそんなに驚いているのよ。別に変な事を言ったつもりはないんだけど?」
「いやいや、僕と蜂須さんが学校の外で2人で会うだなんて、全然想像できないだろ!?」
「いつ、誰が、『2人だけ』って言ったのよ? 生徒会長にもお世話になったから、あんたがオーケーなら一緒に誘おうと思ってたわよ。」
あ、そうか、そうですよね。
お礼とお詫びがしたいんなら、僕だけじゃなく、蝶野会長も誘いますよね!?
僕とした事が、何て恥ずかしい勘違いをしていたんだ。
もし本当に蜂須と2人きりで出掛ける事になっていたとしたら……いや、意外と悪くないかもしれない。
不良ギャルの外見のせいで偏見を抱いていたけど、蜂須とは割と気が合う感じがするんだよな。
おまけに美人で頭も良いし、普通にアリじゃなかろうか。
まあ、今回は3人で会うので、変な妄想はこのくらいにしておくとしよう。
「僕は別に予定とかないから、いつでも構わないけど。」
「そう。じゃあ、後は会長次第ね。あんた、会長に予定を聞いておいてもらえる?」
「僕が? 蜂須さんも、蝶野会長とは連絡先を交換していたよな?」
「あたしから声を掛けるのが筋だとは思うけど、あの会長と2人きりで会話を成立させる自信がないのよ。それに、あんたの方があの人と親しいでしょ?」
ああ、なるほど。
だから、僕がオーケーなら会長も一緒に、って最初に言っていたのか。
確かに、今の蜂須が会長と2人きりでまともに意思疎通を図れるとは思えない。
実際、昨日や今日の放課後に会長と話した時も、僕が半ば通訳の役割をさせられていたくらいだしな。
遅ればせながら蜂須の意図を理解した僕には、頷く以外の選択肢は残されていなかった。
「分かった。僕が何とかするよ。」
「ええ、よろしく。会長から都合の良い日時を聞き出したら、あたしにメッセージを返してもらえる?」
「了解。」
「よろしくね。」
ふぅ、何だか奇妙な展開になってしまったな。
休日に一緒に遊ぶような友人がいないのに、まさか女子からプライベートでお誘いを受けるとは。
もっとも、今回のお誘いはただのお礼とお詫びが目的であり、決してデートなどの浮ついたものではない。
なので、僕もあまり肩肘を張らずに参加する事が出来そうだ。
無論、蝶野会長の予定が空いていればの話だが――って、早っ!?
たった今メッセージを飛ばしたばかりなのに、「いつでも行けるぞ!」と秒で返事が来たんだが?
会長とメッセージをやり取りしている最中に蜂須から電話が掛かってきたから、暫く会長を放置せざるを得なかったんだが、それが効いているのだろうか?
些かげんなりしながらも、僕はその後何度か彼女達とやり取りを繰り返し、今週末の土曜日の午後に2人と会う事を決めた。
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