第4章 底無しの深淵

第26話 新たな不安

 放課後に入ってすぐ、僕は蜂須と連れ立って生徒会室を訪ねた。

 昨日と同じく、微笑と共に僕達を出迎えたのは、騒動解決の立役者である蝶野生徒会長だ。


 今までは色々と駄目な部分ばかりを見せられていたが、何だかんだで頼れる人だという事が今回の件で分かり、僕の中で会長への認識は大きく変化した。

 会長に促されるまま入室した僕達は、2人揃って頭を下げる。


「今日の昼休みは、助けて頂いて、ありがとうございました。本当に助かりました!」

「あたし、昨日は失礼な態度だったり、自分の相談なのに途中で帰ったりしたのに、助けてもらっちゃって……。あ、ありがとうございました!」

「ククク! そう畏まる必要はない! この大魔導士、桃華・ノワール・バタフライの手に掛かれば、あのくらい造作もない事だ! ハハハハハ!」


 昼休みの生徒会長らしい威厳など皆無の、中二病キャラに戻っていた蝶野会長は、得意気に笑い声を響かせる。

 普段なら見るだけでげんなりするそのキャラも、今回ばかりは不思議と気にはならなかった。

 お礼を伝えたところで、僕達は空いている椅子に座り、生徒会長と視線を合わせる。


「さて。其方達にこうして来てもらったのは、他でもない。改めて、今日の出来事について整理しておきたいと思ったのだよ。」

「会長は、何処から話を聞いていたんですか? あの時は、たまたま通りがかった、と言っていましたけど、その割に話の流れをほぼ把握している感じでしたよね?」


 途中から話を聞いていたとは思えない程、蝶野会長は状況を的確に見切って反論していた。

 話の流れを碌に知らない状態で、会長は、どうしてギャル連中を黙らせる事が出来たのか。

 僕がその点に突っ込むと、彼女は悪びれる様子もなく、とんでもない真相を口にしたのだ。


「昨日、其方からある程度の事情は聞かせてもらっていたのでな。休み時間が訪れる度に、其方達の教室の前の廊下を逐一通るようにしていたのだよ。そのお陰で、すぐに其方達を危機から救う事が出来た訳だ!」

「えーと、それって、つまり……。」

「助けてもらっておいて何だけど、やり方がストーカー染みてるわね、この人……。」


 蜂須も、どうやら僕と全く同じ感想を抱いたようだな。

 まあ、蝶野会長が度々ストーカー染みた奇行に走る人だって事は、僕は既に知っている訳だが。

 もっとも、今回はそのお陰で助かったので、敢えて苦言を呈するつもりはない。


「私が釘を刺した以上、其方達と揉めていた使い魔達も暫くは大人しくしているだろうな。だが、いつまでも安心できるとは限らん。」

「どういう事ですか?」


 生徒会長という、教師に次ぐレベルの強カードがこちらの手札にはある。

 その上、蝶野会長が問題の現場を現行犯で押さえてくれたため、ギャル連中は今後迂闊な嫌がらせが出来ない状況に陥っているはずだ。

 奴らがまた問題行動を起こしたとしても、こちらは会長を証人に付けた上で教師に直訴できるのだから、圧倒的に有利だろう。


 この期に及んで、蝶野会長は、一体何を危惧しているのか。


「人間というのは、決して賢い生き物ではないのだよ。理屈が通用しない不条理な人間なんて、この世には幾らでも存在する。今回、其方達が相手をしている使い魔達も、まさにそうした傾向があると私は見ているのだがね。」

「それは……。」

「あたし達に嫌がらせなんて仕掛けたところで、あいつらが大きな利益を得られる訳でもないものね。むしろ、今回みたいに誰かに現場を押さえられたら、自分達が追い詰められるだけ。そんな無駄な事に一生懸命になるなんて、馬鹿みたいな話よ。」

「確かに、会長達の言う通りかもな。」


 得られる物があるどころか、むしろ自らが窮地に陥る可能性すらあり得るのに嫌がらせに精を出すなんて、無駄の極みだ。

 だが、僕や蜂須に嫌がらせを仕掛けてきたギャル連中は、それをまるで意に介していない。

 あくまでも僕の私見だが、奴らは、嫌がらせを成功させるためなら、多少のリスクなどお構いなしといった印象すら受ける。


 一体何が彼女達をそこまで駆り立てているのか、と問われたら、思い当たる答えはただ1つだけ。

 クラスカーストの頂点に立ち続けたい、いや、立っていないと気が済まない。

 自らの地位に対する執念こそが、彼女達を動かす原動力なのではなかろうか。


「という事で、だ。今後何かあった時に備えて、私と連絡先を交換しないか?」

「へ? 連絡先を、ですか?」

「うむ。この大魔導士の連絡先を手に入れられる機会など、そうそう訪れるものではないぞ? 何せ、この学校の生徒で私の連絡先を知る者は誰1人として存在しないのだ! ククク、私の連絡先の希少価値が如何ほどの物であるか、分かるだろう!?」


 お、おう。

 それ、単に友達がいないというだけの自虐では?

 僕もあまり他人の事は言えないけど。


 まあ、会長の自虐発言はともかく、今後の事を考えれば、確かに連絡先を交換しておいて損はない……ないよな?

 一抹の不安を感じるんだが……いや、背に腹は代えられない。

 ここは、大人しく交換に応じるとしよう。


「分かりました。じゃあ、よろしくお願いします。」

「よし! では、早速……む? このアプリで連絡先を交換するには、どうすれば良いのだ?」

「えぇ……。そこからですか?」

「はぁ……。スマホをあたしに貸してください。あたしがやり方を教えますから。」

「す、すまないな。頼む。」


 呆れ顔の蜂須が蝶野会長のスマホを操作し、ギャルらしい素早い指捌きでテキパキと連絡先の交換を行う。

 僕と蜂須、蝶野会長のスマホに、それぞれの連絡先が追加された後、蜂須からスマホを返してもらった会長の顔に笑みが浮かんだ。


「ふぉぉっ……! わ、私のスマホに、連絡先が一気に2人もっ……!」

「そんなに喜ぶ程の事じゃないと思いますけど。念のため、という理由で連絡先を交換しただけですし。」

「ククッ! 細かい事は気にするな! もし何かあれば、私まで遠慮なく連絡してきてくれたまえ!」

「よろしくお願いします。」


 少しだけ嫌な予感がするけど、蝶野会長にいつでも相談できるのは心強いしな。

 今後、もしギャル連中が再び仕掛けてきたとしても、すぐに対処できる。


 それにしても、先日蜂須と連絡先を交換したばかりだというのに、またも僕のスマホに新たな連絡先が増えるとはなぁ。

 しかも、その相手が女子の先輩になるなんて、思いもしなかった。

 友達が少ないのに、女の子の連絡先ばかりが増えるなんて、一体何がどうなっているのやら。

 増えた連絡先を眺めながら、僕は思わず苦笑いを零した。

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