第25話 逆転

 静観を貫いていた蜂須が、とうとうギャル連中の挑発に耐え切れなくなったのか、乱暴に椅子から立ち上がった。

 眦を吊り上げ、釣り目を更に細めた蜂須の表情からは、やや冷静さを欠いている事が傍目にも窺える。


 蜂須の奴、大丈夫か?

 やや不安を覚える僕をよそに、蜂須はギャル連中への反撃に打って出た。


「事実無根のデマをばら撒くのは、もう止めなさいよ。あたしだけならともかく、そこの蜜井や、さっきの1年生の子は関係ないでしょ?」

「そうはいかないなー。蜜井も、さっきの1年も、この前うちらに偉そうにお説教してくれたんだもの。ちゃんとお返しの1つや2つはしてあげないと、ねぇ?」

「あんた達……っ!」


 やはり、この事態を蜂須1人で解決するのは困難か。

 もっとも、現時点で僕が蜂須に加勢したところで、事態が好転するとも思えない。

 昨日、蝶野会長への相談が途中で頓挫してしまった事が、こんなにも早く響いてくるとはな……。


 とはいえ、このまま二の足を踏んでいる訳にはいかない。

 僕にとって、これは最早他人事ではないのだ。

 放置すればする程、状況はより悪化し、僕にも飛び火してくる。

 一刻も早く、延焼を食い止める必要があるだろう。


「僕も蜂須さんも、付き合ってないって否定しているんだ。だったら、それが真実だろ。ここでわざわざ嘘をつく必要性なんてないじゃないか。」

「ふーん。じゃあ、蜜井は綾音と付き合っていないけど、さっきの1年とは付き合ってるって事で良い?」

「は? どうしてそうなるんだよ!?」

「綾音と付き合ってない、って必死に否定してたのは、あの1年と付き合ってるから、変な誤解を広められたくなかったんでしょ? ちゃーんと分かってるって。ねぇ?」


 僕と蜂須が口を揃えて否定した以上、ギャル連中は分が悪いと判断したのか、攻め手を変えてきたようだ。

 まさか、ここにきて蜂須を標的から外して、代わりに蟻塚を加えてくるとはな。


 この展開の厄介なところは、蜂須が当事者から外れたが故に、蜂須の加勢が期待できなくなり、僕1人だけでギャル連中と渡り合う事を強要される点だ。

 蜂須が迂闊に口を挟めば、ギャル連中は「庇うなんてやっぱりデキてるんだ」とでも言って、僕と蜂須を再びカップル扱いしてくるだろう。

 更に、蜂須と違って、蟻塚は今この場にはいない。


 これは、さすがにキツいぞ……!


「勝手に僕を誰かとカップルにしないでくれ! 僕は、蜂須さんとも、さっきの子とも、付き合ってなんかない!」

「え~、そうなの~? 結構お似合いだと思うんだけどなぁー?」

「ねぇ、プッフフフ!」


 くっ、やはり多勢に無勢か。

 僕が幾ら否定したところで、こいつらは聞く耳など持たないだろう。

 何か、手はないのか?


「あんた達、もういい加減にしてよ! 蜜井を貶めて、あんた達に何も得なんてないでしょ!」


 こちらの窮状を見兼ねてか、蜂須が声を荒げて再びギャル連中に喰ってかかる。

 頼もしい援軍ではあるが、この状況でそれは悪手だ。


「あれあれ~? やっぱり庇うんだね、綾音。」

「彼氏がピンチだったから、どうしても見過ごせなかったんだよねぇ?」

「綾音って、見た目の割に意外と律儀っていうか、真面目だもんねー。」

「っ! あ、あたしは、ま、真面目、なんかじゃ……! 違うっ! あたしは、真面目な人間なんかじゃないっ! 真面目に生きる事なんて、もうとっくに辞めたんだから!」


 ギャル連中からの反撃を受けて、蜂須の顔色が、急速に青褪めていく。

 それどころか、彼女は完全に冷静さを失い、まるで発狂しているかのような金切声を上げた。

 身体を僅かに震わせている蜂須の様子は、どう見ても只事ではない。


 自分が参戦した事で余計に不利な状況に追いやられたと、蜂須は後悔しているのだろうか?

 その割には、動揺があまりにも大き過ぎる気がするが、今は余計な事に思考を割いている余裕はない。

 蜂須が戦闘不能に追いやられた今、僕1人でどうすれば――。


「何の騒ぎか知りませんが、そこまでにしなさい。我が校で揉め事を起こすなど、私は認めませんよ。」


 万事休すかと思われたその時、教室の出入り口付近の方角から、凛とした一喝が響き渡った。

 今の女性の声、何処かで聞き覚えがあるような……いや、まさか。

 そんなはずはないと思いつつ、僕が後ろを振り返ると、そこには意外な人物が険しい面持ちで佇んでいた。


「えっ……? せ、生徒会長!?」

「嘘!? どうしてここに生徒会長が!?」

「たまたま廊下を歩いていたら、大騒ぎしている声が聞こえたものですから。生徒会長として、様子を確認しに来ました。」


 普段の緩い雰囲気は何処へやら、キリッとした表情と、堂々とした立ち姿。

 生徒会長としての威厳に満ち溢れた言葉……え、あなた誰ですか?

 いつもの中二病キャラが行方不明なんですが。


 思い返してみると、球技大会の開会宣言では、普通に生徒会長らしい喋り方をしていたっけ。

 やれば出来るなら、普段からそうしておいてくれよ……。


 呆気にとられる僕をよそに、蝶野会長は僕の隣に並び立ち、ギャル連中と相対した。


「それと、あなた達に1つだけ言わせてもらいます。この蜜井くんは、私と親しい関係でして。彼の言い分に嘘がない事は、私が保証します。もし不満があるのでしたら、私の所まで直訴しに来てください。」

「ちっ……!」


 おお、凄い!

 蝶野会長の言葉が、ギャル連中に効いている!

 さすがのギャル連中も、生徒会長が相手では分が悪いようだ。

 普段はアレだが、それでも生徒会長の肩書きは伊達ではないという事か。

 生徒会長にここまで堂々と啖呵を切られたら、反論するのは容易ではないからな。


「蜜井くん。後で個別に事情を確認したいので、放課後に生徒会室まで顔を出してもらえますか? 蜂須さんも一緒に。」

「へ? あ、はい。分かりました。」

「では、また後程。私はこれで失礼しますね。」


 蝶野会長は優雅にその場で軽く一礼してみせると、踵を返して颯爽と教室から立ち去っていった。

 予想外の展開に静まり返っていたクラス内は、会長の姿が見えなくなると同時に、元の喧騒を取り戻し、あちこちでクラスメイト達の雑談が再開されていく。


 やはりと言うべきか、耳に入ってくる彼らの雑談の内容は、つい先程までの騒ぎの話題が中心のようだ。

 揉め事から解放された僕が自席に戻ると、前の席で友人達と談笑していた後藤がこちらに振り返った。


「なぁ、蜜井ってあの生徒会長と知り合いだったのかよ!?」

「ああ、一応な。」

「噂では変な人だって聞いてたけどよ、実際に見たら、普通にかっこいい美人じゃねえか。どうやってあの人と親しくなったんだよ?」

「色々あって、流れで話すようになったというか……まあ、そんな感じだ。」

「その説明じゃ全然わかんねーって。つーか、もしかして付き合ってたりしねぇよな?」

「そんな訳ないだろ。」


 素の性格はともかく、表面上のスペックだけを見れば、僕と蝶野会長が釣り合うはずもない。

 ただ、後藤のように、他のクラスメイト達に噂される可能性はあるか。


 僕と親しい関係にある事を会長がアピールしたのは、ギャル連中に対する牽制の意味合いもあったんだろうが……いや、今回ばかりは仕方ない。

 彼女に言われた通り、今日の放課後に蜂須を連れてお礼を伝えに行くとしよう。

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