第24話 悪意との対峙
僕は、ひとまず蜂須に言われた通り、現在の状況を静観する事に決めた。
本来、僕は事なかれ主義者であり、他人の問題にとやかく首を突っ込む主義ではない。
蟻塚がギャル連中に絡まれているのを助けたり、蜂須のパスケースを彼女の元へ返したりと、ここ最近、僕は自ら他人と関わる機会を増やしていたが、それもここまで。
昨日の放課後、蜂須は「今回の問題は1人で片付ける」ときっぱり断言していた。
彼女がその言葉を実現できるというのならば、僕が自ら行動を起こす必要性は皆無だ。
もっとも、僕は既に、ギャル連中の嫌がらせの標的の1人になってしまっている。
蜂須が宣言通り早急に問題を解決できなかった場合、僕に火の粉が降りかかってくる事は避けられない。
そのため、普段通り教室に登校してきた僕は、隣の席に座る蜂須の動向を注視していた。
しかしながら、待てども待てども、彼女が動く気配は一向に見られない。
休み時間が訪れても、蜂須はいつも通り、スマホを適当に触ったり、或いは机に突っ伏して寝たりしているだけだ。
さすがに、昨日の今日でいきなり策を打てる訳もないか。
幸いというべきか、今日はペアを組む授業がなかったので、僕と蜂須は特に絡む事なく、昼休みを迎えたのだが。
「おーい、蜜井、1年のすげー可愛い子が呼んでるぞ。」
「え? あ、ああ、分かった。」
僕が今日の昼食である母さんお手製の弁当を開けようとしたところで、クラスメイトの男子がこちらに声を掛けてきた。
僕と接点のある1年の可愛い子……という時点で、誰が訪ねてきたのかは察しが付くが、「彼女」が僕の教室を直接訪ねてきた事は、今までに一度もない。
一体何があったのだろうかと思いつつ、僕が昼食を中断して教室の扉の外へ出ると、予想通り、長い黒髪を靡かせた清楚系女子が、爽やかな笑みと共に僕を出迎える。
「こんにちは、先輩。急に押し掛けてすみません。」
「いや、それは構わないが……。蟻塚さん、何か用件か?」
「ええ。実は、隣のクラスの図書委員の子から、急病でこれから早退するので今日の図書委員の当番を代わって欲しいと頼まれてしまいまして。その代わり、次の図書委員の当番は、その子が先輩と組む事になると思いますので、図書室に向かうついでに先輩にご報告に来ました。」
なるほど、そういう用件か。
僕と蟻塚は連絡先を交換していないので、確実に連絡を取るためには、直接教室を訪ねる他ない。
状況を把握した僕は、蟻塚に頷きを返す。
「事情は分かった。今日が当番になったのなら、図書室まで急いだ方が良さそうだな。」
「はい、元よりそのつもりです。無駄話している暇はありませんし。では、私はこれで。」
蟻塚は軽く一礼した後、足早に図書室へと向かっていった。
どんな話を持ってきたのかと身構えていたが、大して重い話でなくて一安心だな。
そう僕が思ったのも束の間、本当の難題は、次の瞬間に顔を見せた。
「あっれー? 蜜井ぃ、あんたって綾音と付き合ってるんじゃなかったっけ?」
「これは浮気かなぁ。それはさすがに駄目なんじゃな~い?」
「だよね、だよね! ほら、綾音も何か言ってやりなよー!」
「……っ!」
しまった、タイミングが不味かったか!
昼休み中、ギャル連中3人組は、教室の廊下側に近い席で、いつも固まって昼食を食べている。
それ故、僕と蟻塚の今のやり取りは、彼女達にも筒抜けだったようだ。
とはいえ、別に何か色っぽい話をしていた訳でもない。
だから、本来であれば一切問題はないはずなのだ。
しかし、こいつらは蜂須のカーストを落とすために、クラス内でカーストの低い僕を蜂須とくっ付けようとしている節がある。
そのような嫌がらせを受けている状況下で、僕が他の女子と親し気に会話しているところをギャル連中に目撃されたのは、非常に分の悪い展開と言えよう。
だが、更に悪い事に、問題はそれだけに留まらない。
「ってかさー、さっきの1年って、この前うちらに偉そうに絡んできた奴じゃない?」
「あ、確かに! 廊下でぶつかってきた癖に、横に並んで廊下を歩いてたこっちが悪い、って逆ギレしてた子だよね!?」
「うわ、思い出したらまたムカついてきたんだけど。あの時、蜜井がさっきの1年を庇ってたんだっけ。」
「じゃあやっぱり、蜜井とあの1年ってデキてるんだー? うわぁ、綾音可哀そう!」
全く……。
よくもまあ、僕と蟻塚の些細なやり取りを基にそこまで曲解した妄想を練り上げられるものだ、と感心したくなる。
ただ、ここまで問題が大きくなってきた以上、僕もギャル連中の存在を静観する訳にはいかない。
僕がこの件に介入する事を、蜂須には昨日拒絶されたばかりだが、更に蟻塚にまで火の粉が降りかかろうとしている状況なのだ。
蟻塚も、このギャル連中とは先日一悶着あったから、僕と同様に奴らの標的にされてもおかしくはないだろう。
クラスに残って昼食を食べている他の生徒達は、あからさまに視線をこちらに向けて様子を窺っているようだが、誰1人として異論を唱える兆候は見られない。
このままギャル連中に自由に喋らせると、奴らの妄言の一部が真実として定着してしまう可能性も充分にあり得るか。
事なかれ主義の陰キャな僕だが、今回ばかりは、さすがに声を上げる他ない。
「いい加減にしてくれ。僕は、さっきの1年の子や蜂須さんとは付き合ってない。」
「えー、嘘だよねぇ~? 綾音も何か言ってやりなよー?」
ここまで不思議な程に沈黙を貫いている蜂須に、ギャル連中が尚も絡みに行った。
昼食のサンドイッチを齧っていた蜂須は、手に持っていた残りを全て口に放り込むと、ガタンと音を立てて椅子から立ち上がる。
彼女は、元から吊り気味の目を更に細めて、苛立ちを隠そうともせずギャル連中と対峙した。
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