第41話 生徒会

 放課後、僕は数日振りに生徒会室へ足を向ける事にした。

 一昨日の土曜日、蝶野会長と別れる間際に起きた出来事に、少々引っ掛かる物を感じたからだ。


 事なかれ主義の僕は、基本的に自分から誰かのトラブルに首を突っ込む真似をしない。

 しかしながら、先日僕達と一悶着を起こしたばかりのギャル連中が、再び動き出す可能性は充分にある。

 その際に、蝶野会長の助力を得られなければ、僕は窮地に追い込まれるかもしれないのだ。


 いざという時、蝶野会長に万全の状態で動いてもらうためにも、せめて彼女の事情はある程度把握しておくべきだと僕は考えた。

 もちろん、今まで何かとお世話になったお礼も兼ねての話ではあるが。


「失礼します。誰かいますか?」

「どうぞ。」


 生徒会室の扉をノックすると、部屋の中から応答があった。

 だが、返ってきた声は、明らかに蝶野会長とは異なる女子の物だ。

 生徒会室で会長以外の生徒を今まで見掛けた事がなかったのだが、今日は珍しく、他の生徒会役員も顔を出しているのだろうか。


 若干の緊張を覚えながらも、僕は生徒会室の扉を開けて、中に踏み込む。

 すると、部屋に備え付けられた机で作業中だったらしい数人の生徒の視線が、一斉に僕に向けられる。


 生徒会室にいる生徒達の中に、蝶野会長の姿は見当たらない。

 いつもは会長1人だけがこの部屋にいるのに、今日は逆か。

 珍しい事もあるものだな。


「何か御用かしら?」


 僕に真っ先に声を掛けてきたのは、いつも蝶野会長が座っている席の隣で書類の山と格闘中の、眼鏡を掛けた真面目そうな女子生徒だった。

 彼女の顔には、僕も見覚えがある。

 僕とクラスは違うが同じ2年生の子で、生徒会の副会長を務める、沢谷さわたにだったか。


「蝶野会長に用があったんだが、会長は今日は来てないのか?」

「ああ……。会長は、暫く来れないそうよ。全く、お陰で私達まで仕事に駆り出されるハメになってね。ホント、散々だわ。」

「まるで、生徒会の仕事をいつも会長に任せきりにしているような言い回しだな。」


 蝶野会長以外の生徒会役員がこの部屋にいるところを、僕は見た事がない。

 沢谷の今の発言も併せて考えると、彼女達は、日常的に生徒会の業務を蝶野会長1人に押し付けていたんじゃなかろうか。

 その点を突いてみると、沢谷は露骨にムッとした表情で睨みつけてきた。


「生徒会の部外者である君には関係のない事よ。そもそも、あの人が自分から『それでも良い』って言ってきたんだし。私達は何も悪くないわ。」


 悪びれる様子もなく、沢谷は傲然とした態度でそう言い切る。

 沢谷以外の生徒会役員達も、彼女と同意見のようで、否定意見を出してくる気配は見られなかった。


 こいつらは、全員あからさまに内申点目当てで生徒会に入ったんだろうな。

 まあ、僕も図書委員になった動機が内申点目当てなので、その点については偉そうな事は言えないが。

 ただ、僕は誰かに業務を押し付けたりはせず、自分の仕事はきっちりと全うしているつもりだ。

 しかし、こいつらからは、最低限の義務をこなそうという気概すら一切感じられない。


 コミュニケーション能力に難有りの蝶野会長は、友人を欲しがっていた。

 僕が蝶野会長と親交を持つに至ったのも、彼女の熱意に押されたが故だ。

 あくまで僕の推測に過ぎないが、会長は友人欲しさのあまり、彼女達に良い顔をして、全ての仕事を1人で引き受けていたのではないだろうか。

 しかし、会長の想いとは裏腹に、他の生徒会役員達は会長と友人になる事はなかった。

 それどころか、会長の想いを利用して、彼女達は今まで散々楽をしてきたのではないか。


 もしこの推測が当たっているのだとしたら、さすがにこれはあんまりだ。

 部外者の立場であるとはいえ、一言くらい苦言を呈さずにはいられなかった。


「会長が君達に何を言ったのかは知らないけど、生徒会役員として、仕事をするのは当たり前だろ?」

「分かってるわよ。だから、仕方なくこうして生徒会室に来て仕事をしてるんでしょ。全く、もう! ただでさえ忙しいっていうのに、部外者に説教されるなんて御免よ。他に用がないなら、さっさと帰ってくれない?」

「ああ、言われなくてもそうさせてもらうよ。じゃあな。」


 こいつらとこれ以上一緒にいても、気分が悪くなるだけだ。

 僕は踵を返して生徒会室を後にし、真っ直ぐに帰宅する事にした。


 帰宅後、蝶野会長の一件がどうしても気になって仕方なかった僕は、彼女に直接連絡を取ろうと考え、彼女にメッセージを飛ばす。

 だが、いつもと違ってすぐに返事が来る気配がない。

 これは、いよいよ只事じゃなさそうだな。


「仕方ないか……。」


 返事は諦めて、僕は暇潰しに漫画でも読もうと思い、本棚に手を伸ばす。

 どれを読もうか少しだけ迷った末、僕が手に取ったのは、少年漫画雑誌「週刊少年マガジャン」で連載中の人気漫画「漆黒の魔法戦記」だった。


「そういえば、これ、明日に最新刊が出るんだっけ。」


 漆黒の魔法戦記は、かれこれ10年近く連載を続けている長期連載作品であり、アニメ化された事もある程の人気作だ。

 蝶野会長が以前図書委員の仕事の手伝いに来てくれた時にも思った事だが、一言で言い表すなら「如何にも会長が好きそうなタイプのファンタジー系バトル漫画」というやつだな。


 この作品は、数年前、原作漫画のストーリーがいよいよクライマックスを迎えようとしていた人気絶頂のタイミングで、作者が重い病気を患い、つい最近まで連載がストップしていた。

 作者の病気が完治した事に伴い、数カ月前から原作漫画の週刊連載が再開され、明日、数年ぶりに発刊される単行本の最新刊にて、本作の完結までのお話が収録される事が発表されている。

 最終巻の発売前に、僕はこの漫画の中身をおさらいしておこうと思い、久し振りに1巻から順にページを捲っていった。


「本当に行くつもりなのですか、カイル。私は、貴方と一緒に……」

「すまないな。だが、俺は行かねばならないのだ。大魔導士としての使命を果たし、この国を救うために。」

「ですが! 貴方にもしもの事があったら、私はっ!」

「ククク! 案ずるな。俺を誰だと思っている? 幼馴染の其方が、一番よく知っている事だろう?」

「カイル……。決意は固いのですね?」

「熟考の末に出した結論だ。それに、俺達の未来を創るためにも、ここで退く訳にはいかないのだよ。」

「分かりました。でも、無事に帰ってきてくださいね?」

「ああ。当然だとも、サラ。この大魔導士、カイル・ノワールに不可能などない!」


 漆黒の魔法戦記の物語は、幼い頃から天才的な魔法の才能を誇っていた貴族の主人公カイルが、幼馴染兼婚約者であるサラという少女に別れを告げ、王都にある魔導軍隊に入るべく生まれ育った街を旅立つシーンの一幕から始まる。


 この後、訓練を経て魔導軍隊に入隊したカイルは、程なくして頭角を現し、母国を侵略してきた大国との決戦で次々と戦果を打ち立てていく。

 カイルの凄まじい戦績に焦りを募らせた敵国は、彼を討ち取るべく様々な策を講じるも、カイルは軍で出会った仲間達と絆を深めていき、味方から幾多の戦死者を出しながらも、押し寄せる苦難を乗り越えていった。

 いよいよ後がなくなった敵国は、カイルの弱みを探り、彼が街に残してきたサラの存在を知るや否や彼女を捕らえ、囮として利用する事でカイルを討たんと動き出す。


 ――と、ここまでが、作者が病気で休載する直前までの漆黒の魔法戦記のストーリーだ。

 僕は漫画は単行本で読む方が好みで、週刊雑誌の方は追わないタイプなので、連載が最終話を迎えた時も、すぐにネタバレ等を見ようとはしなかった。


 明日の最終巻で、果たしてこの物語はどんな結末を迎えるのだろう?


 そんなワクワクする気持ちを堪えながら、この日の夜遅く、僕はベッドに潜った。

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