第5章 未完の物語の行く果てに
第40話 推しトーク
土曜日の出来事が尾を引いたせいで、どんよりとした気持ちで日曜日を潰すハメになった僕は、週明けの校舎に重い足取りで踏み込んだ。
校舎に入ると、僕の気持ちなどお構いなしに、校内の喧騒が僕を出迎える。
いつもより少し遅めに家を出た事もあり、既に大半の生徒が登校しており、彼らは廊下や教室などの至る所で雑談を楽しんでいる様子だ。
それは、僕の前の席に溜まっている奴らも例外ではなかった。
「おー、蜜井、今日は少し遅ぇじゃねぇか。」
「ああ、ちょっとな。おはよう。」
友人達との会話を中断して話し掛けてきた後藤に、僕は軽く挨拶を返す。
すると意外な事に、後藤の席に集まっていた連中の1人が僕に反応を示した。
「なぁ、蜜井ってさ、この前教室に来てた1年の女子と仲良いのか?」
「ん? 蟻塚さんの事か? 同じ図書委員ってだけだぞ? それがどうかしたのか?」
「あー、いや、さっき俺が登校してきた時に、教室の前で見たからさ。もしかして、お前を待ってたんじゃないかって、気になったんだ。」
蟻塚が、僕を?
土曜日に彼女と連絡先を交換した僕は、その日の夜や、昨日の日曜日も、幾度となくメッセージ等のやり取りを交わしている。
しかし、それらのやり取りの中で、今朝教室に押し掛ける話は全く出ていなかったはずだ。
「蟻塚さんとは特に何もないから、気にしないでくれ。もし何かあるなら、メッセージを飛ばしてくるだろうし。」
「え、お前、あんな可愛い子と連絡先を交換したのかよ!」
「蜜井、意外とやるじゃん! ってか、本当に蜂須とは何もなかったんだな!」
「つーかよ、あの超美人な会長も、蜜井と親しい関係だ、って言ってたよな。お前、そのうち誰かに刺されて、ちょっと良いボートで流されるんじゃね?」
「馬鹿な妄想はよしてくれ。僕は誰とも付き合ってないし、鮮血の結末を迎えるつもりはないぞ。」
僕があの3人のいずれかと今以上に懇意な関係になる未来なんて、まるで想像できない。
確かに3人共に美人だし、頭も良いし、性格も……いや、性格は難有りの奴が大半を占めているな。
最近少しマシになってきたとはいえ、蟻塚の毒舌の切れ味は今尚健在だ。
蝶野会長は中二病を患っているし、僅かに垣間見えた素の彼女は、コミュニケーション能力に多大な問題があるように思える。
そして、蜂須は他2人よりまともではあるものの、外見と性格が全く噛み合っておらず、ちぐはぐだ。
一癖も二癖もある彼女達と、僕が上手くやっていけるはずもない。
とはいえ、僕も一般的な男子高校生にカテゴライズされる存在である故、女子に対して興味はちゃんと持っている。
そこを突いた質問が、後藤とつるんでいた奴らの1人から飛んで来た。
「ならよ、あの後輩の子と生徒会長と、そこの蜂須の3人のうち誰か1人を選べるなら、蜜井は誰が良いんだ?」
「随分と答え辛い質問だな……。」
僕の右隣の席に蜂須が今も座っているのに、何て質問をしてくれるんだ。
肝心の本人が机に顔を伏せて眠っているっぽい状態だから、こんな話を振ってきたんだろうけど。
ただ、蜂須が実際に眠っているかどうかは、僕達には分からない。
眠っているように見えるだけで、実は起きている可能性は充分にあり得る。
もし本人が起きていたら、間違いなく僕達の話が聞こえてしまうはずだ。
僕がそのようなリスクを踏んでまで、こんな話に乗る訳がない。
「誰が良いかなんて、考えた事もないから分からないな。」
「えー、マジかよ。俺だったら、さっきの後輩の子を選ぶのに。なんつーか、如何にも清楚なお嬢様、って感じが良いよな!」
「清楚なお嬢様、ね……。」
長い黒髪と癒し系の顔立ちを併せ持つ蟻塚は、外見だけで言えば紛れもなく清楚系美少女と言える。
しかも、一昨日の土曜日に会った時の様子を見るに、彼女が僕に懐いているのは間違いないだろう。
家に招かれ、部屋にも案内されたくらいだしな。
現時点において、僕と一番距離の近い女子が蟻塚である事は明らかだ。
彼女が僕に対して恋愛感情を抱いているのかまでは、さすがに不明であるものの、今後そういう関係になる可能性は充分に考えられる。
毒舌な点は目に余る一方で、蟻塚の外見は割と僕の好みに近いしな。
まあ、ごく普通の男子高校生に過ぎない僕が、何かとハイスペックな彼女に釣り合うかどうかはさておいて、だが。
「でもさぁ、生徒会長も良くね? 変な人だって噂はあるけど、見た目は超可愛いお姉さんって感じだしさ。あと、胸もデカいし!」
さっき蟻塚を推していた奴に対抗するように、今度は蝶野会長を推す意見が飛び出してきた。
蝶野会長も、総合的なスペックだけで言えば、蟻塚に負けない程に優れている人だ。
顔は文句無しに可愛いし、会長推しの奴が発言した通り、制服の上からでも分かるくらいに胸も大きい。
性的な魅力、という点に関しては、僕の周りの女子達の中でも随一だろう。
蝶野会長と言えば、土曜日にショッピングモールに出掛けた折、彼女のお姉さんなる人と遭遇したきり、一度も連絡を取り合っていないな。
連作先を交換して以降、彼女は毎日欠かさずメッセージを飛ばしたり電話を掛けてきたのに、あれから急にピタリと音沙汰がなくなった事は気になる。
今日の放課後に、生徒会室に様子を見に行ってみようか。
「蜂須も外見だけなら、うちのクラスっつーか、2年全体で見ても一番美人じゃね? アタリのきつい性格なのはネックだけどよ。」
今度は蜂須を推す奴まで出てきたか。
こいつら、僕の周りの女子達の話で随分と楽しんでいるな。
というか、すぐそこに蜂須がいるんだから、あまり蜂須の話は出さないで欲しいんだが。
「なぁ、結局のところ、蜂須とはどうなんだよ、蜜井。付き合ってないにしても、割とお前ら仲良いんだろ?」
「まあ……悪くはないな。」
蜂須は、一見すると近寄り難い雰囲気のギャルに見えるが、意外と内面はまともだ。
僕の周りの人間の中でも、性格や立ち振る舞いに関しては、一番好感の持てる人物だと言える。
ここまでに名前の出ている3人の中で、もし僕と付き合う事になった場合に最も上手くいきそうなのは、実は彼女なんじゃないだろうか。
と、僕の妄想が妙な方向へ進み始めたその時だった。
「あんた達、そういうくだらない話はその辺にしときなさいよ……!」
「うぇっ!?」
すぐ隣の方から聞こえてきた、おどろおどろしい声。
目を合わせてはいけない、と思いながらも、怖いもの見たさ故か、僕の視線は無意識に隣へ向いてしまう。
振り返った僕の視線の先にいたのは、金髪を揺らしながら釣り目を一層細め、怒りを讃えた少女の姿であった。
その後、僕達が彼女に散々叱られた事は、最早語るまでもないだろう。
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