第33話 蟻の巣
蝶野会長は、姉の優華さんに無理やり連行される形で、ショッピングモールを後にした。
さすがにこうなってしまっては、この後何処かへ行こうという空気にはならず、僕達は自然と解散する運びとなったのだが……。
「荷物持ちを手伝ってくださって、ありがとうございます、先輩。」
「あ、ああ……。」
結局、僕は蟻塚に付き合う形でレジ袋を持たされ、彼女の家まで見送りをさせられるハメになった。
荷物持ちを強硬に断る事も出来たのだが、蝶野会長の一件もあり、僕は何となく1人でそのまま帰る気分になれなかったのだ。
ちなみに、蜂須は既に帰宅してしまったので、今ここにいるのは僕と蟻塚の2人だけしかいない。
ただ、蜂須も会長の件には思う所があるのか、帰り際には沈んだ表情を浮かべていた。
蜂須の発案で集まった結果、会長が優華さんに責め立てられて強制的に連れ戻される結末を迎えてしまった事に、彼女なりに責任を感じているのかもしれないな。
「先輩、さっきからずっと暗い顔をしていますね。ただでさえ地味で影が薄いのに、余計に冴えない人に見えてしまいますよ?」
「君はこういう時でも平常運転なんだな……。」
いっそここまで来ると呆れを通り越して尊敬すら覚えるよ、本当に。
ただ、蟻塚がそんな奴だと分かっていながら、大人しく荷物持ちをさせられている自分も大概だとは思うけど。
「これでも、私なりに先輩を元気付けているつもりなんですよ? 変に沈んだ振る舞いをするよりも、いつも通りを心掛けるのが一番です。」
「もっともらしい事を言っているが、単に毒を吐きたいだけじゃないのか?」
「ふふっ。さすがは私の先輩ですね。他のくだらない人達とは、やっぱり違う。私の事、ちゃんと中身まで見てくれていますよね。」
にっこりと微笑む蟻塚だが、細められたその瞳は、何故か笑っていないように僕には見えた。
背筋がゾクリとする悪寒を感じるのは、僕の気のせいだろうか。
思わず僕が身震いすると、蟻塚は不気味に口元を歪める。
「あ、そうだ。さっき喫茶店にいた時に、先輩は生徒会長とメッセージのやり取りをしていましたよね? いつの間に連絡先を交換したんですか?」
「つい先日だ。というか、連絡先を交換してなかったら、そもそも今日こうして待ち合わせなんて出来ないだろ。」
「言われてみれば、確かにそうですね。友人と遊びに行くという経験が一度もないので、今まで気付きませんでした。」
今日集まった面子は、僕を含めて基本的にぼっちキャラだからな……。
唯一、それなりにギャルの友人達がいた蜂須も、彼女達と揉めたせいで今や孤立している有様だ。
類は友を呼ぶ、という言葉があるが、こればかりはあまり嬉しくないなぁ。
「話を戻しますけど、先輩、私と連絡先を交換しましょう。」
「えぇ……。蟻塚さんとも交換するのか?」
「嫌そうな顔をしていますね?」
「メッセージでも毒を飛ばしてくる様が想像できるからな。」
「心配はいりませんよ。さすがの私も、そこまで失礼な事はしません。」
いやいや、今までかなり失礼な暴言を吐きまくってるからな、君?
僕じゃなきゃブチギレていてもおかしくない、というか、ギャル連中が蟻塚にキレたの原因の1つもまさにそれだし。
この子は、未だに自分の悪癖を直すつもりがないんだろうか。
「言っておくけど、もう人に毒を吐いたりするのは止めてくれよ。取り返しのつかない事になってから後悔しても、遅いんだからな。」
「はい、私もそのくらいは理解しています。これからは先輩だけにしかやりませんから、大丈夫ですよ。」
「いやいや、僕に対しては止めないのかっ!?」
「先輩は、私の事を受け止めてくれる優しい人だと思いましたので。」
「僕の何処をどう見たらそんな感想が出てくるんだよ……。」
何なの、その取って付けたような謎の信頼感は。
僕を持ち上げて、毒を吐くのを許容させようとしてない?
今までが今までだけに、疑念しか沸かないんだが。
「とにかく! 私と、連絡先を交換しましょう!」
「そう言われても、そもそも今僕はレジ袋を抱えて手が塞がって……あ、おい!」
僕の返事を待たずして、何と蟻塚は僕のポケットを弄り、勝手にスマホを取ってしまった。
そして、彼女はもう片方の手に携えた自分のスマホも操作し始める。
どうやら、蟻塚は僕の意思に関係なく、強引に連絡先を交換させてしまうつもりらしいな。
無理やりスマホを奪い返す手もあるけど、どうしたものか……。
まあ、ここで阻止したところで、同じ学校に通う生徒である以上、いつまでも逃げ切れるものでもない。
それに、図書委員の当番では蟻塚とペアなので、連絡先を交換しておく方が何かと便利であるのも確かだ。
先日のように臨時で当番を交代する場合の連絡なども、直接教室を訪ねる事なく済ませられる。
そう考えると連絡先の交換は悪い事ではない、と言うより、むしろ交換しておくべきなのだろう。
ただ、一抹の胸騒ぎがする感覚だけは、どうにも拭えないままだが。
「はい、登録終わりましたよ。私のスマホに家族以外の連絡先が登録されるのは、これが初めてです。」
「会長と同じような事を言うなよ……。」
そういう台詞は反応に困るんだから、安易に連発しないでくれ。
聞いてるこっちも辛くなってくるんだよ。
まあ、僕も似たような境遇だけど。
「あ、着きましたよ。ここが、私の家です。」
連絡先を交換してから程なくして、蟻塚が足を止める。
彼女の視線の先にある建物に僕も目を向けると、大きなタワーマンションが視界に入ってきた。
「ここが、蟻塚さんの家なのか?」
「はい。ここの最上階ですね。」
「え、最上階!? タワマンの、最上階!?」
もしかして、蟻塚って結構なお嬢様だったりするのか!?
毒を吐くところを除けば、確かに育ちが良さそうな雰囲気はあったが……。
しかし、そんなに家が裕福なのに、ショッピングモールで惣菜を大量に買い漁っている、って明らかに奇妙だよな。
ここで家に踏み込めば、その不自然さの理由の一端を知る事が出来るかもしれない。
ほんのりと生じつつあった好奇心に押されるようにして、僕はタワーマンションのエントランスへ歩を進めた。
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