第7話 ギャルと陰キャ
保健室に入るなり、僕と目が合った蜂須。
教室では席が隣同士という間柄でありながら、彼女は僕と普段話す事のない人間だ。
しかし、この場に僕達2人以外の人間がいないせいか、何と彼女の方から僕に話し掛けてきた。
「その膝……あんたも怪我したの?」
「ボールを避けようとした拍子に、擦り剥いた。えっと、保険医の先生は何処か知ってる?」
「今日は風邪でお休みみたいよ。さっき職員室の先生に聞いてきたけど、勝手に包帯とか絆創膏を使っても良いって言われたから、何とか、自分、で……っ!」
僕に説明しながら、蜂須は右手の指に包帯を巻こうとしているようだが、上手く巻けずに四苦八苦している。
今日の数学の授業中、先生に当てられた蜂須は右手でチョークを持って黒板に答えを書いていたから、利き手は右なのだろう。
片手で、しかも利き手が使えない状態なのに自分で利き手の指にきちんと包帯を巻くのは、それなりに難しいはずだ。
とはいえ、そこまで苦戦するほどか、と言われるとそうでもないと思うのだが……。
もしかすると、蜂須は手先が不器用なタイプなのかもしれないな。
「あのー、包帯巻くの、手伝おう……か?」
出来れば関わり合いになりたくはないけど、かと言って自分の怪我だけさっさと手当して保健室を出るのも気が引けるし、後で八つ当たりでもされたら怖い。
なので、僕は恐る恐る蜂須に手伝いを申し出た。
すると、蜂須は一瞬だけ眉間に皺を寄せ、考え込むような仕草を見せた後、左手に持っていた包帯をこちらに差し出してきた。
「このままじゃ埒が明かないし、お願いするわ。あたしが怪我してるの、右手のこの指だからね!」
「分かった。」
自分から言い出したものの、女子の指を手当するのって緊張するな。
それに、こうして改めて見ると、女子の指のか細さに驚かされる。
僕みたいな男子高校生としては平均的な体格の奴の指よりも、更に一回り以上も細い蜂須の指は、うっかり力を込めて握るとポキリと折れてしまいそうな程に華奢だ。
怖いイメージのあるギャルでも、指はこんなに繊細な物なのか。
「うーん、こんなところか? 蜂須さん、どう?」
蜂須の指に包帯を巻き、テープでしっかりと固定してから、僕は彼女に指の具合を尋ねた。
蜂須は指を何度か軽く曲げ、包帯の上から患部を左手の指で軽く揉んだりして、納得したように頷く。
「まあ、悪くないわね。ええと……ありがとう。」
「ど、どういたしまして……。」
「……。」
「……。」
何だ、この沈黙は。
そもそも、僕はともかくとして、何故蜂須まで神妙な顔をして黙り込んでるんだ?
大して仲の良くない奴が2人きりになったらこういう空気になるって事は、僕も経験談から一応知っているけど、蜂須はここで沈黙するようなキャラじゃないと思う。
だが、このままではどうしようもないので、僕は一言も発さずに椅子から立ち上がり、今度は自分の怪我を手当するために消毒液を探す事にした。
「えーと、消毒液は……」
「消毒液は、そこの棚の上の段。絆創膏は下の段よ。」
「あ、ありがとう。」
蜂須に教えられた場所に目当ての物があるのを見つけ、僕はそれらを手に取った。
そして、再び丸椅子に座り、自分の怪我の手当をしようとしたのだが。
「あの、蜂須さんは、グラウンドに戻らないの?」
怪我の手当が済んだはずの蜂須が、椅子に座ったまま動こうとしない。
そればかりか、さっきから僕の方を真っ直ぐに凝視している。
何だろう、と僕が首を傾げると、蜂須は左手をこちらに向けて伸ばしてきた。
「あたしが手伝ってあげるわ。してもらってばかりじゃ悪いし。」
「え、でも……」
「いいから、さっさと寄越しなさい。消毒液を塗るくらいなら、今のあたしでも出来るわ。」
「は、はい。じゃあ、お願い、します。」
どうして、こんな流れになってしまったんだろう?
カースト最上位の
なのに、まさか怪我の処置を互いに施す流れになるとはな。
それはそうとして、さっきから思っていたんだが、痛い。
蜂須の手つきに全く容赦がないので、消毒液が傷口に染みてヒリヒリするのだ。
しかし、地味な陰キャの僕が、カースト最上位の彼女に物申せる訳がない。
怪我で擦り剥いた時よりも、むしろ今の方が痛いくらいだったが、僕は心を無にして蜂須が手を止めるのを待った。
「よし、これで終わり……って、あんた、何変な顔してるのよ?」
「い、いや、別に。心を無にしてただけです。」
「無? 無って一体――」
うごごご!
やばい、思わず口を滑らせてしまった!
手当してもらっておきながら文句を言ったりなんかしたら、本気で殺されるかもしれない!
どうにかして話を誤魔化さなければ!
「と、とりあえず、ありがとう! 絆創膏は自分で貼るから、蜂須さんは先にグラウンドに戻ったら?」
「そうね、そうするわ。あいつらにうるさく言った手前、あたしが長時間抜けると示しがつかないからね。あんたも、絆創膏を貼ったらすぐに戻って来なさいよ!」
蜂須は、いつもの険しい表情ではなく、口角を吊り上げてニカッとした笑顔を浮かべ、踵を返し、保健室の外に出ていく。
あんな快活な笑い方をしている彼女の顔を、僕は今までに見た事がなかった。
ああして笑っていると、蜂須も普通の女の子に見えるな……。
いや、恰好はともかく、蜂須の顔の造り自体は非常に整っているので、笑うと可愛く見えるのは別におかしな事ではない。
ただ、僕は今まで蜂須を「怖い女子」として認識していたから、普通に可愛い笑顔を見せられると反応に困るのが正直なところだ。
「僕も、そろそろ戻るか。」
蜂須の事はさておき、僕も早くグラウンドに戻らないとな。
絆創膏も貼り終えたし、もうここでやる事はない。
僕は丸椅子から立ち上がると、未だヒリヒリする膝の痛みを堪えながらグラウンドに向かった。
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