第8話 毒舌と中二病

 保健室での手当てを終えて、僕はグラウンドに戻ってきた。

 時刻は既に午後2時を過ぎていて、燦燦とした陽光が校庭に降り注いでいる。

 まだ4月下旬のはずなのに、今日は風がほとんど吹いていない事もあって、じっとしているだけでも額に汗が滲んできそうなくらいに体は火照っていた。


 怪我をした膝はまだ痛むが、いつまでも立ち止まっている訳にはいかない。

 グラウンドの至る所で、わあわあという歓声と土煙が舞う中を、僕はゆっくりと歩く。

 他のクラスが試合をしているエリアを通り抜け、右往左往しながら自分のチームの居場所を探していると――。


「先輩? ここは1年生のエリアなんですけど、どうしてここにいるんですか?」

「あ、蟻塚さんか。いや、自分のクラスが何処にいるか探してて……。」


 さっきまで試合をしていたはずの場所に、自分のクラスのメンバーは既にいなかった。

 おそらく、僕が戻ってくるまでの間に試合が終わってしまったから、何処かへ移動したのだろう。

 うわっ……僕のクラス、負けるの早過ぎ……?


「先輩は、自分のクラスが何処で試合をしていたかも覚えていないんですか。ミジンコ並みの記憶力ですね。」

「ミジンコの記憶力がどの程度あるか、蟻塚さんは知っているのか?」

「いえ、知りませんけど。でも、どうせ大した事ないでしょう? 先輩と同じように。」


 長い黒髪を風に靡かせ、蟻塚は涼しい顔で毒を吐いてくる。

 この女、最初に格下認定した相手には何を言っても良い、とでも思っているのだろうか?


 あちこちでトラブルを起こしそうな性格だが、高校1年生なのに未だこの性格が矯正されていないところを見るに、性格が原因で痛い目に遭った事はほとんどないのだと察せられる。

 陰キャらしく静かに平穏に、がモットーの僕とは真逆の生き方をしてるな、この女。


 一言ガツンと言ってやりたい気持ちは一応あるが、それは自ら掲げたモットーに反する行為なので、僕は敢えて何も注意などはしなかった。

 というか、体操服姿の女子は目のやり場に困るので、さっさと何処かへ行ってもらいたい。

 白い太ももやほっそりした二の腕が眩しいし、胸元がパツパツだし……って、こいつ、意外とそこそこある方なんだな。

 蜂須は大して――いや、これ以上は良くない。


 それに、あまりのんびりしていたら、蜂須に「何でこんなに遅いのよ!」と怒られそうだ。

 さっさと自分のクラスに合流しなければ。


「僕はそろそろ自分の持ち場に行くから、これで。」

「ま、いいですけど。じゃあ、今度の図書委員の当番の時に、私の球技大会での活躍ぶりを聞かせてあげますね。先輩と違って、私は大活躍できる自信がありますので。」

「はいはい。じゃあな。」


 こいつはどうして上級生相手に平然とマウントを取りに来るのだろうか。

 前に友達がいない、って言ってたけど、原因はそういうところだぞ!

 心の中で抗議しながら、僕はこの場から速やかに立ち去った。


 それから、僕は他のクラスが試合をしている場所を避けながら、周りをキョロキョロと見渡す。

 だが、視界の範囲内に見知った顔はない。

 もしかして、皆はグラウンドにはいないのか?


「誰かに聞くのが良さそうだな。」


 僕のクラスの行方を知っているとしたら、球技大会の運営を管理している先生や生徒会辺りか。

 あまり気は進まないが、尋ねてみる他ないだろう。


 そう考えた僕は、グラウンドの校舎側の端に陣取っている運営に足を運ぶ。

 先生や生徒会の面々はグラウンドの何処かへ出払っているのか、運営の天幕には女子生徒が1人だけしか残っておらず、僕に気付いた彼女はキリッと得意気な表情を作った。


「其方は、確か蜜井義弘くんだったな。このような場所で再び会う事になろうとは……ククク! どうやら、我々の間にはただならぬ因縁があるようだ!」


 いや、ありませんから。

 ただ顔を合わせただけの場面なのに、そんな事でいちいち因縁をつけないでもらいたい。

 そもそも、校内で見知った生徒と再会するのは別に普通の事だと思うんだけど。

 桃華・ノワール・バタフライこと蝶野桃華生徒会長は、本日も平常運転のようだ。


 っていうか、今の会話、他に1つ気になるポイントがあったんだが――。


「会長は、どうして僕のフルネームを知ってるんですか? 僕は『図書委員の蜜井』としか名乗っていなかったはずですけど。」

「ああ、その事か。私は生徒会長である故、自分と接点の出来た生徒の情報は可能な限り覚えるようにしているのだ。君の情報も、図書委員の顧問の教師や過去の資料から得ただけだよ。」


 怖っ!

 この人、怖っ!


 たった一度顔を合わせてちょっと喋っただけなのに、一体何処まで僕の情報を調べてるんだ!?

 平然とストーカー行為をやらかすのは本当に止めて頂きたい。

 あんた一応生徒会長だろ……。


「わざわざそこまでしなくてもいいんじゃないですか? 情報を覚えたところで、無駄になる事だって多いでしょう?」

「私としては、相手と少しでも親しくなれる切っ掛けを作ろうと思ってやっている事なのだがな。何故かいつも怖がられるのだ……。」

「それは当たり前ですよ。僕は、そういうの控えた方が良いと思いますけど。」

「む、そうなのか。だが、共通の話題などがないと、話は弾まないだろう? 話を弾ませるには、事前の情報収集は必須だ。」

「普通の人は、事前の準備なんてしなくても自然に会話出来るんですよ。もっとも、僕も友達は少ない方ですから、あまり偉そうな事は言えないですが。」

「ふむ……。しかし、現に其方は私と問題なく会話できているように見えるぞ。私が其方の真名フルネームを知らなければ、ここまで会話は続かなかったはずだ。」

「うぐっ、まあ、確かに。」


 蝶野会長が僕のフルネームを知らなかった場合、僕は彼女から自分のクラスの場所を聞き出して早々にここを去っていただろう。

 甚だ不本意な話ではあるが、彼女のストーカー行為、もとい情報収集は僕に対して一定の成果を上げているらしい。


 とはいえ、これはあくまでもレアケースだ。

 大抵の人は、きっと彼女を不気味に感じて離れていくに違いない。

 その証拠に、蝶野会長は以前「円滑なコミュニケーション力を身に着けるための会話術」なる本を借りていた。

 対人関係が良好なのなら、あんな本を借りるはずがないし、そもそも中二病だってとっくに矯正されているだろうというのが僕の見解だ。


「とにかく、今回の事は一旦脇に置いておくとして。僕はここに雑談しに来た訳ではなく、聞きたい事があったから訪ねたんです。」

「ククク、良かろう。生徒会長にして大魔導士である、この桃華・ノワール・バタフライが汝の悩みを解決してみせよう!」


 片手を挙げて額の前でチョキを作った蝶野会長が、僕に向かってパチンとウインクを決める。

 言動こそアレだが、外見はゆるふわ美人なので、こんな適当な決めポーズでもなかなか様になっている辺りは割と素直に凄い。

 ただ、腕を大きく振る際に体操服の胸元がブルンと揺れていたところは、女子として気にすべきじゃないかと思うけど。


 さっきの蟻塚の時以上に目のやり場に困った僕は、蝶野会長から少しだけ目線をずらして、本題を切り出した。

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