第5話 球技大会、開幕
「宣誓。私達は、この青空の下、スポーツマンシップに則り、信頼する仲間達と協力し合い、正々堂々と戦う事を誓います!」
午後の始まりを告げる本鈴が鳴った後、校長の話、蝶野会長による選手宣誓を経て、球技大会は始まった。
あの会長、真面目な場では普通に喋れるんだな……などと思っている暇もなく、僕はすぐさま自分の持ち場への移動を開始する。
球技大会の試合の形式はクラス対抗のトーナメント形式で、各学年毎に優勝を競い合うというルールだ。
種目はサッカー・バスケ・ドッジボールの3種目に分かれているため、クラスの生徒は3分割され、それぞれ自分が割り当てられた種目に出場する事となる。
また、編成は男女混合で組まれ、計11~12名で1チームだ。
後藤はサッカー部だからという理由で当然のようにサッカーのチームに入っているが、僕は運動が苦手なため、3種目の中で一番足を引っ張らずに済みそうなドッジボールを選んでいる。
ドッジボールなら、とりあえずボールから逃げ回っていれば大体何とかなるだろう。
サッカーやバスケも漫然と走っていればどうにかなりそうな気はするが、万が一、自分の所にパスが回された場合の事を考えるとやりたくはなかった。
そんな消極的な考えでドッジボールのチームを選んだ訳だが、チームメンバーと合流した直後、僕は自分の見通しが甘かった事を思い知らされる。
「いい? あんた達、絶対に勝つわよ! まじ……まともにやらないと怒るから!」
はぁ……こういう意識高い系の奴、クラスに1人や2人はいるものだよな。
勝敗が別に成績や内申に繋がる訳でもない行事で、全力で勝ちに行こうと皆に呼び掛ける奴。
昔、クラス対抗の歌唱コンクールで「蜜井くん、声が小さい!」と三つ編み眼鏡のクラス委員長に怒られた時の事を思い出して、僕はげんなりしていた。
もっとも、今この意識高い発言をしたのは、委員長とは程遠いギャル系の外見の蜂須だった訳だが。
彼女も、僕と同じくドッジボールの種目に出るメンバーだ。
ドッジボールに出場するその他の女子メンバーは、蜂須とよくつるんでいるギャル連中で固められている。
何でうちの女子メンバーが、よりにもよってこいつらなんだ。
僕が早々にボールを当てられて退場なんかしたら、「足を引っ張りやがって」とこいつらに睨まれるかもしれない……と、僕が僅かに不安を覚えたその時。
「えー、別にそんな一生懸命やる必要なくなーい、綾音ぇ?」
「だよねー。さっさと負けたら、あとの時間は暇になるんだから、好き勝手にお喋りとか出来るしぃ、そっちの方が断然いいってゆーか? そんなカンジ、だよねぇ。」
「あんた達、何言ってるのよ! 球技大会だって、一応授業の一環でしょ? ちゃんと一生懸命にやるべき行事じゃないの!?」
「そんな事思ってるの、綾音だけだと思うよ。ほら、男子達だってあんまりやる気なさそうだし。」
「そーそー。綾音ってば、見た目とキャラ合ってなさ過ぎじゃない? そうゆう恰好しといて今のセリフは、ガチで意味分かんな過ぎるよねぇ。」
おや、意外だな。
蜂須を除くギャル連中は、見た目通りの不真面目な性格の持ち主ばかりみたいだ。
僕は、てっきり「不良ギャルなのは外見だけ」という奴らの集まりだと思っていたのだが、どうやらそうではなかったらしい。
ドッジボールの男子メンバーも、お喋りに夢中になっていたり、そこらにしゃがみ込んでいたりと、僕を含めてやる気がなさそうに見える面子ばかりだ。
おそらく、ここにいるうちのメンバーの中で、真剣に頑張ろうとしているのは蜂須1人だけだろう。
彼女もそれを悟ったらしく、ムッとした表情を浮かべて、声を張り上げた。
「とにかく! ちゃんとやりなさい! そこの男子達もよ! いいわね!? あたしは審判の子に『うちのチームは全員揃ってる』って伝えてくるから、いつでも試合を始められるように、あんた達は自分の陣地に移動しておきなさいよ!」
他がやる気のないメンバーばかりであるためか、蜂須は必然的にうちのチームのリーダー的ポジションに就いてしまっている。
彼女が勝手にチームリーダーの座に就いた事について異論を唱えるメンバーは、この中にはいない。
むしろ、この場にいる連中は、面倒なリーダーの仕事を蜂須が引き受けてくれて有難い、と安堵しているだろう。
しかし、それは決して「蜂須の言動に不満がない」という事とイコールではない。
蜂須の言動に対して思うところがある者は、この場に少なからずいたようだ。
「ウザッ! 綾音、1人で何張り切ってるワケ?」
「自分は真面目にやってますぅー、的なアピールを先生にしてるんでしょ、どうせ。ホント、あいつのああいうトコロ苦手。」
「中途半端に優等生ぶってるの、マジでムカつくよねー。意味分かんな過ぎて逆にウケるー!」
蜂須が少し離れた途端、ギャル連中はここぞとばかりに蜂須の悪口を叩いている。
今まで仲良く喋っていたのがまるで嘘のような急変ぶりだ。
でも、これがクラスカースト最上位の恐ろしいところなのだろう。
――少しでも自分達の輪から外れた奴の事は、徹底的に貶める。
そうする事で、彼女達は、自分達が他の奴らよりも高みに立っているのだという意識を強めているのだ。
やはり、カースト最上位の集団はおっかない奴らばかりだ。
奴らとは関わり合いにならないに限るな。
「向こうも準備できたみたいだし、始まるわよ。全力でやってよね!」
「はい、はーい。」
こちらに戻ってきた蜂須の言葉に、皆は投げやりな返事をするだけだった。
蜂須はこちらの返答にあまり納得がいっていなさそうな顔をしていたが、審判が「試合開始!」と宣言したため、それ以上何も言わずに相手チームへ向き直る。
この時の僕は、今回の球技大会を端緒として僕の身の周りで様々なトラブルが巻き起こる事を、欠片も予想していなかったのだった。
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