第3話 幻法蝶
返却期限が過ぎた本を取り返すため、僕は図書室を後にし、目的の人物がいるであろう場所へと足を向けていた。
今回僕が本を取り返しに行く相手は、別に怖い人ではないから、厄介な揉め事に発展する恐れはないはずだ。
だが、校内で出回っている噂通りであるならば、些か面倒な相手だと予想される。
――僕は、無事にこの仕事をやり遂げられるだろうか。
若干緊張を覚えながら僕が辿り着いたのは、生徒会室の扉の前だった。
放課後のこの時間、目的の人物はここにいる可能性が高いと踏んで足を運んだ訳だが、生徒会が今日も活動しているとは限らない。
もし活動がなかった場合、目的の人物は恐らく既に帰宅しているだろう。
誰かいますように、と願いながら僕が生徒会室の扉をコンコンとノックすると、幸いな事に、中から「どうぞ」という女子の声が返ってきた。
留守でなかったのは幸いだが、逆に言えば、何もせずに帰る選択肢はこの時点で消失する。
初対面の人物と相対する事に緊張を覚えながらも、僕は、意を決して部屋の扉をガラリと開け、室内に足を踏み入れた。
「失礼します。図書委員の蜜井と言いますが、貸し出ししている本の事でお話があって来ました。」
生徒会室の中では1人の女子が静かに佇んでおり、その彼女は、紛れもなく僕が探していた相手であった。
僕が彼女に声を掛けると、彼女は書類の上を走らせていたペンを止め、こちらに振り向きながらゆっくりと立ち上がる。
彼女は、肩に掛かる程度の長さに揃えた栗色のふんわりボブカットの髪を指でクルクルと弄りながら、パッチリした大きな瞳を僕に向けて、得意気な表情を浮かべた。
「クククッ! 其方の狙いは、この私、
「……。」
これはひどい。
噂通りの、いや、噂以上の変人だ!
しかも困った事に、この変人こそがうちの高校の生徒会長を務める3年生だったりするのだから、本気で笑えない。
彼女の名前は、桃華・ノワール・バタフライ……というのは勿論嘘であり、本名は
外人でもハーフでもない、れっきとした日本人だ。
外見は、そこそこの身長にメリハリの利いたスタイル、ゆるふわ系の髪型と優し気な顔立ちを有する、校内でも屈指と称される程の美少女だ。
しかしながら、今の発言からも分かる通り、高校3年生なのに現在進行形で中二病を患っている変人でもある。
だが、成績は常に学年トップらしく、更に生徒会長としての仕事振りも非常に評価されているという、なかなか優秀な人物だったりするから侮れない。
「どうした? 其方、よもや私に負けるのが恐ろしくて怖気づいているのか?」
いいえ、僕が怖気づいているのは、あなたのその変人ぶりに対してです。
と言ってやりたいところではあるが、僕の目的は、蝶野会長との聖戦とやらに勝つ事ではない。
相手のペースに呑まれる事なく、図書委員としての仕事をやり遂げるために、僕はここに来たのだ。
「蝶野会長が借りている本、返却期限が昨日までだったはずです。今すぐ返してもらえませんか?」
「む、そうであったか。最近は生徒会の仕事が忙しかったものでな、期限をすっかり失念していたようだ。しかし、私から魔導書を取り返したくば、私との聖戦に――」
「ふぅ、分かりました。では、会長が返却期限を過ぎた本を返してくれない、と先生に報告しても良いですか?」
「ま、待て! その手は卑怯だぞ! 返すから! ちゃんと今すぐ返すから、それだけは勘弁を! 何卒!」
今すぐにでも、生徒会長の代替わりの選挙をした方がいいんじゃないだろうか?
本当にこの人がうちの生徒会長で大丈夫なんだろうな……。
見た目は文句無しの美人なのに、色々と残念過ぎる人だ。
「私が借りていた本……魔導書は、この1冊だけだったはずだ。これで問題ないか?」
「はい、大丈夫です。」
僕は、蝶野会長が慌てて鞄から取り出した本を受け取り、本のタイトルが貸し出し表に記入されていた通りの物であるかを確認した。
本のタイトルは「円滑なコミュニケーション力を身に着けるための会話術」だったのだが……さっきまでの蝶野会長とのやり取りを顧みると、この本の内容はどうなっているんだと突っ込みたい気持ちになる。
とはいえ、目的の物は回収できたので、これでここには用無しだ。
特に長居する理由もない、というよりしたくないし、蟻塚の方も心配なので、さっさと図書室に戻るか。
「では、僕は失礼します。」
「えっ? もう行ってしまうのか? せ、せめて、私ともう少し話でも……。」
「僕にはまだ図書委員の仕事がありますから。失礼します。」
「そう、か……。ううっ、私はどうしていつも……」
「?」
蝶野会長が小声で何か呟いているのが気になったが、これ以上関わるとまた面倒な事に巻き込まれそうな気がしたので、僕は足早に生徒会室を後にした。
そして廊下を歩いて図書室に戻る道中、僕は、ふと先程の生徒会室の情景を思い出す。
あの部屋には、蝶野会長以外の生徒会役員の姿は見当たらなかった。
それに、会長の目の前の机には、分厚い雑誌並みの高さまで積まれた書類の山が幾つも築かれていた。
どう考えても、あれは1人で捌ける量の書類ではないと思うのだが、まあ僕が気にしても仕方ない。
僕は余計な思考を頭の中から強引に追い出して気持ちを切り替え、図書室の扉を開けた。
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