第1章 ファースト・コンタクト
第1話 女王蜂
高校1年生の頃、この僕「蜜井義弘」は、外見にも能力にも特筆すべき点のない、事なかれ主義の地味な陰キャとして学校生活を送ってきた。
そんな僕が「彼女」と初めて会話を交わしたのは、僕が2年生に進級してから、早2週間が過ぎたある日の事だ。
内向的な性格が原因で友達を作るのが得意でない僕だが、新しいクラスにようやく慣れてきたお陰なのか、クラス内で軽く話をする程度には仲の良い級友が出来つつあった。
教室に登校してきた僕が椅子に座ると、その級友の1人である、前の席に座っていた男子がこちらに振り返る。
「おっはー、蜜井。丁度いいところに!」
「ああ、おはよう、後藤。何かあったのか?」
僕に話し掛けてきた男子の名前は、
後藤は、短めの髪をツンツンに逆立てた、やや大柄な体格をした男子で、サッカー部に所属している。
性格は明るいムードメーカーといった感じで、更にクラスのほぼ全員と仲が良いという、コミュニケーション力の塊のような奴だ。
僕は、たまたま席が前後であった事もあり、後藤とはそれなりに喋る機会が多い。
「蜜井って、今日提出のプリント、やってきてるか?」
「世界史の宿題で出てたやつか? もちろん、やってきてるけど。」
「おーっ、じゃあそれ今から見せてくんね? オレさぁ、そのプリント、ずっとここの机の中に入れっ放しにしてたの、丁度今見つけてさぁ。宿題全然やってねーから、マジで超ヤベーんだわ! 頼むよ!」
「はぁ、世界史の授業までには返してくれよ?」
「ありがとう! 助かるぜ、心の友よぉー!」
後藤は、何処ぞのガキ大将みたいな感謝のセリフを吐いた後、僕が鞄から出したプリントをひったくって自分の机に向かい始めた。
やれやれ、朝から騒がしい奴だな、全く……ん?
心なしか、隣の方から視線が……って、おわっ!?
「あんた達、朝からうるさい。」
「え、あ、うん。ごめんなさい、
僕の右隣の席には、水色のカーディガンを腰にグルグルと巻き、シャツの第一ボタンを外した、金髪サイドポニーの女子生徒が座っている。
この蜂須
背は然程高くないが、全体的にスレンダーな体つきをしており、丈が短めのスカートから覗く白い太ももは目のやり場に困る。
また、蜂須はスタイルが良いだけでなく、顔立ちもかなり整っていて、くっきりした釣り目が印象的な美人なのだが、外見通り非常に気が強い。
クラスカーストで最上位に位置する彼女は、僕のような陰キャ系の男子にとっては相性最悪の天敵と言えるだろう。
そのため、同じクラスで隣の席同士という関係性ながらも、僕が彼女と喋るのはこれが初めてだった。
喋ったというよりは、怒られた、という方が正しいかもしれないけど。
それはさておき、カースト最上位様の怒りを買った以上、僕は頭を下げるべきだと考え、すぐに謝った。
ここで不用意に相手の機嫌を損ねると、僕の平穏な学生生活に支障が出る事は容易に想像できるので、これが一番懸命な判断であるはずだ。
だが、僕と同じく怒られた後藤は、謝罪の言葉を口にする事なく、逆に蜂須に食って掛かる。
「別にそんなにうるさくしてねーからいーだろ、蜂須。」
「後藤は少しくらい反省しなさいよ。大体、その世界史の宿題って、1週間前に出たやつじゃないの。今更焦ってやるものでもないでしょうが。サッカーばかりにかまけてないで、少しは勉強もやりなさいよね。」
「不良ギャルみてーな恰好したお前にそんな事言われる筋合いはねーよ! ったく、見た目の割に勉強が出来るからって偉そうに……!」
後藤が今漏らした通り、蜂須はその外見に似合わず意外と成績優秀な事でも有名だ。
1年の頃のテストの成績では、総合順位が3位より下になった事がないという噂すらある。
加えて、授業態度なども真面目なので、外見こそ不良ギャルではあるものの先生達からの評判は意外とそこまで悪くない。
まあ、それでも一部の先生からは授業の度に「もう少しまともな恰好をしろ」と言われているみたいだが。
「なあ、蜜井。オレ、そんなに悪くねーよな?」
「蜜井はあたしにちゃんと謝ったんだから、あんたと違って反省してるわよ。そうよね?」
君達、何故そこで話をこちらに振るのかな?
2人で勝手に喧嘩しておいてくれないか……なんて言っても、無駄だよな、多分。
さて、どう返事をしたものか。
と言っても、この状況だと僕に選択肢はないも同然だ。
「僕は、一応謝ったから……。」
「おーい、蜜井ぃ! お前、裏切るのかよぉ!?」
悪いな、後藤。
でも、一度謝罪の言葉を口にしておきながら「オレは悪くねぇ!」なんて言える訳がない。
増して、相手はクラスカースト最上位のギャルなんだから。
お前は僕よりも遥かに人気者なんだから、蜂須に睨まれても何とかなるだろ?
「ほら、見なさい! 蜜井はあんたみたいなサッカー馬鹿と違うのよ!」
「くそぉっ、言いたい放題言いやがって!」
「喧嘩はそのくらいにして、早くプリントの続きをやった方がいいんじゃないか、後藤。午後の授業までに終わらせないと不味いだろ?」
「うお、そうだった! 早くやらねーと!」
ふぅ、どうにか収まったか。
クラスカースト最上位同士の争いに、僕を巻き込まないで欲しいところだ。
静かに学生生活を過ごせれば、僕はそれで良いのだから。
そんな祈りが通じたのか、この後は特に問題が起きる事もなく時間は進み、やがて昼休みを迎えた。
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