第3話 山の主
気がつくとシルビアと名乗った男の周囲には、マリアを追いかけてきた刺客達の死体が折り重なっていた。
その戦闘はあっと言う間の出来事で・・・否、戦闘というにはあまりにも一方的な蹂躙だった。
シルビアは、周囲を囲んでいる男達に頼ることもせず、一人で刺客達を蹂躙した。その動きは荒々しく、刺客達のように訓練をつんだ人間のスマートな動きでは無かったが、ただ純粋にその膂力が人並み外れていた。
刺客達の攻撃はシルビアに対してまるでダメージを与えられず、シルビアの攻撃は一撃でも当たれば相手を絶命できる・・・そんな理不尽な蹂躙。
気がつくと、地面にへたり込んでいたマリアの側まで歩み寄っていたシルビア。ゆっくりとかがみ込み、彼女と視線を合わせる。
「・・・で? アンタは何?」
分厚い化粧の上に飛び散った返り血。闇を称えた静かな瞳が、マリアに言い様のない恐怖を与える。
「わ・・・私はマリア・・・マリア・ペンズハート第三王女です。今回は助けていただいてありがとうございます」
「第三王女? アンタ王族の人間だったのね・・・ああ、面倒くさい。王族の人間と関わりを持つとろくな事にならないわ」
けだるげにそう言ったシルビアは、がしがしと頭をかきむしった。そんな彼に、周囲で太鼓を叩いていた男達の一人が近づいてくる。
「それで、この女をどうしますか兄貴」
次の瞬間、近づいてきた男がシルビアによって蹴り飛ばされた。いくらか手加減はされているうようで、蹴飛ばされた男は絶命することは無く、吹き出した鼻血を両手で押さえてうずくまる。
「姉御と呼びな小僧。次は無いよ」
「・・・へい姉御、すいやせん」
そしてシルビアは鼻を大きくならすと、マリアに向き直る。
「そういうわけで・・・本来なら助けてやった礼に色々ふんだくるつもりだったんだけど・・・生憎とアタシは王族と関わり合いたくないのよね。特別にタダで助けてあげるから、すぐにどっかに消えてくれる?」
どうやら自分は助かるらしいと、マリアはホッと胸をなで下ろす。しかしすぐに思い出す。崩壊した祖国・・・人々の悲鳴を・・・。
自分に退路などない、ならば取るべき手段は一つだけ。
「・・・・・・一体何のつもりかしら王女様?」
深々と、シルビアに向かって頭を下げているマリアに、彼は不審げに眉をひそめた。
「森の王・・・シルビア様。先ほどの戦闘、実に見事でした。どうか・・・・・・どうかそのお力で、我が祖国を救ってはくれませんか?」
先ほど、刺客達を問答無用で殺したところを見るに、彼は決して慈悲深い存在では無いだろう。
せっかく助かった命が、この行動で失う羽目になる可能性だってある。
しかしマリアに逃げ場なんてない・・・こうするより他に道はないのだ。
「・・・初対面の、しかもこんな怪しいヤツ相手に国を救ってくれですって? アンタ正気?」
「・・・目の前で全てを奪われたのです。もうまともではいられません」
マリアの言葉に、シルビアはジッと彼女の目を覗き込む。まるでその瞳は、マリアのすべてを見透かそうとしているようで・・・それでも目をそらしはしなかった。
「・・・ふぅん」
何かを納得したかのように頷くシルビア。
立ちあがるとくるりと身を翻す。
やはり駄目だったかとマリアが項垂れた時、シルビアの太い声が耳に届いた。
「いいわ、アンタのその願いをかなえましょう」
予想外のその言葉に、マリアはハッと顔を上げる。ニヤリと男臭い笑みを浮かべたシルビアが、芝居がかった動作でその両手を広げた。
「その代わり、報酬として国をいただくとするわね」
ああ、自分はとんでもない人物に声をかけてしまったのかもしれない。
賽は投げられた。
こぼれたミルクはもう、戻らない。
だが後悔などしない。マリアは深く頷いた。
「いいでしょう。この第三王女マリア・ペンズハート、祖国を救うために売国奴へと身を落とします」
◇
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