第5話 壁を壊そうとしてくるサイドポニー
山本さんの顔は覚えている。私をカラオケに誘ってきた子だから。緩く巻かれた髪の毛を、下の方でサイドポニーにしている。アイドルのような前髪をしっかりキープして、私と一緒の制服の上には、(おそらく校則違反の)ベージュのオーバーサイズなカーディガンを羽織っている。中高生向けの有名雑誌の中から出てきたような出で立ちは、それだけでも少し目立つ。くりくりした目は、チャームポイント。
「さっきは声かけてくれてありがとう。来週、よろしくお願いしますね?」
「あ、私が誘ったって覚えててくれたのー? 嬉しい」
ガリ勉の記憶力は、人の顔に対してもちゃんと効力を発生する。
「そういえば、山本さんはどうしてここに?」
「……」
笑顔のまま、彼女は何も答えない。訊かれたくなかったのだろうか。公園に、一体どんなやましい用事が。
「菅原さんこそ、なんでこんなところで教科書読んでたの?」
自分は自分で、あまり見られたくないシーンをバッチリ押さえられていたらしい。
「乱丁・落丁チェック」
「そんなの、真面目にやる人いたんだ! 配られたときにパラパラするだけの行事だと思ってた」
あはは、と笑うその表情に、特段の嫌らしさは感じなかった。真面目とか、努力家とか、そういう人種をバカにするやつは多いけれど、この子はそういうタイプなのかどうか。油断してはいけない。
「……こんなところでってのも何だし、私、そろそろ帰ります」
「まだ落丁チェック残ってるの?」
「うん」
そろそろ父たちの諍いも収まっている頃だろう。この妙な状況から逃げ出したかった。鞄のファスナーを閉め、私は立ち上がった。
「じゃあ、今日はありがとうございます。ではまた」
「えっと」
居心地悪そうに私を呼び止める。
「……何でしょう?」
「明日も話しかけてもいい?」
それって、許可取るべきこと? 個人の自由では。
「もちろん」
「じゃあ、下の名前で呼んでもいい?」
「別に、OKですよ」
「じゃあ、そのついでに私のことも下の名前で呼んでもらってもいい?」
「えっと、『美琴』さんでいいんですよね」
「そうそう。呼び捨てかちゃん付けかでお願いできる?」
「私……結構人のこと呼び捨てにしちゃうタイプなんだけど、それでも大丈夫なら」
「OK! あと、敬語はなしね」
私より幾分背が高く、どちらかといえば大人っぽいはずなのに、あどけなく笑うんだな、と感じた。
「引き留めて悪いね。また明日」
そう言って美琴は私に向かって手を振る。小さく手を振り返しながら、私は中学一年生の頃のことを思い出していた。
前の学校の親友であった涼子も、向こうから話しかけてくれた。きっかけは忘れてしまったけれど、人と深い関わりを持つのが幾分苦手な私を少しだけ変えてくれた人だった。
だから、美琴にもつい、心を許してしまいそうになる。こういう、私の壁を壊そうとしてくる人は、怖いけれど魅力的で、気を抜けば何処までも行ってしまう気がする。気を付けなければ。
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