第3話 不運ボーイとの不運な出会い

 かわいそうな彼の名前は、浜辺 耀太ようたといった。同じ中学の3年生、吹奏楽部所属。


「じゃあ、菅原さんは転校初日ってこと? そんな大事な日にエラい目に逢わせてごめんね」


 浜辺くんの背中の上で黙って首を振った。捻った足が痛すぎて、口を開けば涙が出てしまう気がした。


「あ、いつもあんなことされてる訳じゃないからな? ただ、最近あいつら、俺のことが気に入らなかったらしくて、あんなことに……ごめん」

「大丈夫」


 他人のケンカに首を突っ込んだのは、私の意思だ。謝られる筋合いはない。怒っているように聞こえたとしたら、逆に申し訳ない。泣くまいと必死なだけだ。


 それにしても、先程のケンカの顛末はあまりにショボかった。なにも考えずに飛び出していき、浜辺くんをいじめていた相手に飛び蹴りを食らわせたはいいが、着地に失敗して足を捻った。その場に倒れたまま、うんうん唸りはじめた私を見て、彼らはやべえことになったぞと逃げ出した。気が弱いやつらで良かった。ガチモンのヤンキーだったら、殺されていたぞ。


「ありがとね。……あのさ、何で俺のこと助けてくれたの」

「気分」


 だせえ、クールぶってる女っぽくて超だせえ。ただ、今はあんまり喋りたくないんだよ……


「そっか。ありがとう」


 浜辺くんは大人しく引き下がる。ちょっと神経質そうだけど整った顔立ちに、高めの身長。しっかりとお礼が言える性格。なんとなく、人気者なんだろうな、と感じた。鼻につくと感じる人がいるのも無理はない。出る杭は打たれる。




 転校初日、最初に訪れた場所が保健室ってのは、なかなかロックだと思う。眼鏡をかけ、白衣を羽織った細身の男性が、丸椅子に腰かけていた。どうでもいいけど、イケメンだった。


「今日から保健室登校の子?」

「いいえ、怪我人の転校生です」


 浜辺くんの背中から降りつつ、私はそう答えた。校内で見慣れない顔が保健室に現れたら、そりゃあ先生も勘違いするよな。



「折れてるかもしれないんですけど、どうしましょう」

「うん、どうみても折れてないね」


 私の言葉を一蹴する先生の手元を一生懸命見つめる浜辺くん。ちょっと安心したのか、張りつめていた表情が和らいだ。



 簡単な応急処置を終える頃には、大分痛みもマシになってきた。


「このあとどうする? ここで休んでいって、良くなったら帰っちゃってもいいと思うけど」

「本当は最初に職員室に来いって言われたんですよ。転入するクラスを教えてもらって、それから挨拶に行くはずで……」


 転校生っぽいイベントに、憧れがあった。それなのに私と来たら一体何を。


「そっかあ。じゃあ、落ち着いたら行っておいで。大したことはない怪我だけれど、無理はしないように」


 先生の言葉にこくんと頷いた。なぜか隣で浜辺くんも頷いた。





「はじめまして。――東京から転校してきました、菅原 美波です。趣味は月9ドラマを観ることです。よろしくお願い致します」


 そのきっかり1時間後に、涼しい顔をして、地味すぎず尖りすぎない転校生挨拶をしていた私のバイタリティーは、そこそこのもんだと思う。偏差値70の中学受験を乗り越えた女の意地を舐めてはいけない。ちっちゃくて可愛い、という女子生徒のささやき声が耳に入ったが、たぶん、見かけ倒しだと思った方がいいぞ。


 クラスはB組、浜辺くんと一緒。私が挨拶をしている間中、口をあんぐり開けていたのが滑稽だった。

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