2013年【西野ナツキ】27 死者は怖くない存在だと教えることはできる、そう思いました。

 第二の家になる旅館キンモク荘の女将、鶴子さんは私を温かく迎えてくれました。

 田舎の山の上にある旅館でした。

 看板には温泉もあると書かれていました。


「自分の家のように過ごしてくれていいからね」


 鶴子さんは笑って、そう言ってくれました。

「ちなみに、紗雪ちゃん。うちの旅館の名前、どうしてキンモク荘なんだと思う?」


「わかりません」


 あっさりと答えてしまった為に、鶴子さんは困ったような笑みを浮かべた。

 私は少し悩む仕草くらいすべきでした。

 鶴子さんは僅かに視線を逸らしてから言いました。


「庭にキンモクセイがあるの。秋には花を咲かせて、とても綺麗なの、秋のクリスマスツリーって感じかな。だから、楽しみにしていてね」


 鶴子さんの言う通り、庭には立派なキンモクセイがありました。

 そして実際、花をつけたキンモクセイはとても綺麗で、確かにそれは秋に見るクリスマスツリーみたいでした。


 旅館での生活は楽しかったです。

 鶴子さんは本当に良くしてくれましたし、従業員の方々からも可愛がってもらいました。


 旅館は山の上にあるので、中学校に通うのは少し苦労しましたけど、山の中腹くらいから見下ろせる町は四季によってその姿を変えて飽きません。

 そんな日常を壊したのは、私が中学二年の頃に起きた一つの事件でした。


 旅館のある部屋で一人の男性が首を吊って死んだんです。

 旅館に泊まる為に記入された住所も電話番号も出鱈目でした。

 鶴子さんはその男性が亡くなった部屋をクリーニングした後に、お祓いをして、開かずの部屋としました。

 男性の遺体は警察に引き渡しましたが、ひと月が経っても身元は分かっていない、ということでした。


 私に何ができるという訳ではありませんが、従業員の何人かはその男性を気味悪がりました。

 理由は分からないということでした。


 身元も死んだ理由も分からない。

 不明瞭で、どこまでも悪い想像ができてしまう死体があった旅館。

 そのような理由から一人の従業員が辞めました。


 一番若く明るい女性の方で、由香里さんと言いました。

 私に本やCDをよく貸してくれる人でもありました。

 由香里さんが辞めたことをきっかけに、旅館から以前まであった活気というものが消えてしまいました。


 私は死者に怯えた経験はありません。

 それは見えるからで、会えるからです。


 部屋で自殺した男性は名前が分からない以上、私の力でどうにかなる範疇ではありませんでした。

 けど、由香里さんの方は私の力を話すことで、死者は怖くない存在だと教えることはできる、そう思いました。


 少なくとも由香里さんが怯える理由は分からないことのはずでしたから。

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