Bitter Moon I

第6話

 頭が割れそうな痛みで目が覚めた。飛び起きると全力疾走した後みたいに心臓が跳ねている。また、錐をねじ込まれるように頭が痛んだ。

「つっ……」

 思わず手をやると、ぐるりと頭を取り巻く布地に触れた。包帯が巻かれている。ということは、自分はケガをしたのだろう。

 きっと頭痛はそのせいだ。どうしてケガをしたのか思い出せないけど。

 頭を押さえながら辺りを見回してみる。

 窓はないが暗くはなかった。白い布地を透かして陽射しが見える。寝ていたのは柳でできた簡易寝台だ。移動用の幕舎らしい。置いてあるのは大きめの長櫃がふたつにテーブル、椅子が二脚だけ。狭苦しい感じはしない。

 出入口の重なった幕が揺れ、誰かが入ってくる。それは銀色に光る甲冑姿の若い男だった。たぶんまだ二十代の半ばくらいだろう。甲冑の上に深い緋色のマントを羽織っている。

「……目が覚めたか」

 低く呟き、男はこちらをじっと見つめた。眼の色はよくわからないが、蒼いような気がする。髪は金髪だ。豊かに波うち、襟足を覆っている。背が高く、堂々とした体躯はいかにも武人らしい。冷やかに整った美貌が凄味を添えていた。

「誰……?」

 好奇心と恐れが入り交じり、かすれた声で尋ねる。男は軽く眉をひそめ、憮然と応じた。

「それを訊きたいのはこちらの方なのだが。おまえは誰なのだ?」

「わたし……?」

 とまどって目を瞬き、愕然とした。思い出せない。自分の名前が出てこない。

「わたし……、わたしは……誰……?」

「冗談につきあう気分ではないのだが」

 不機嫌そうに男が腕を組む。冗談だったらどんなによかったか。必死に思い出そうとすると、頭がズキズキと痛んだ。思わず両手で頭を押さえ込む。

 不意に大きな掌が額に触れ、ぎょっとして顔を上げた。いつのまにか男がすぐ側にいた。包帯越しに触れる手はひんやりとしていた。それが不思議に心地よくて、何だかホッとした。

「ひどく頭を打ったからな。ずいぶん血が出て、てっきり死んだと思った」

 淡々とした口調だった。男はまたかすかに眉根を寄せた。

「……少し熱があるようだな。休んでいろ、後で薬湯を持って来させる」

 目配せされ、おとなしく横たわる。横になると頭痛はいくらか和らいだ。

 男はしばらく考え込むような面持ちで眺めていたが、おとなしくしてろと言い置いて出ていった。

 うとうとしているうちに傷の痛みは間遠になり、泥のような眠りにふたたび引きずり込まれた。

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