第1章 第19話

「あのー、本当にいいんですか?」

闘技場に転送され、後は倒されるだけというところで再度尋ねられる。

『いいよいいよ。気にせず倒しちゃって。』

こういうタイプはなかなか攻撃してこないタイプだな。

以前HPが減らされないまま5分が過ぎて、2人とも負け扱いになった事があった。

この場合、最近はこう言うことにしている。


『このゲームは確かに対人重視のゲームだけど、

 対人が全てって訳でもないからさ。

 まずは初心者エリアをクリアしてしまってから、

 改めてゆっくり楽しむといいよ。

 ここは初心者エリアのくせに、キャラの作り直しで

 ゲームに慣れたプレーヤーも多くて、

 本当の初心者が対人戦クエストをクリアできずに、

 辞めちゃう人が多いからね。』


そして自分を一度斬り付ける。わずかながらHPが減少する。

『だから対人戦をやる気になったら、

 また次のエリアから難しさや楽しさを

 味わってみればいいんじゃないかな。』


自分はゲームとして全く楽しんでいないのに、偉そうによく言ったもんだ。

そしていつも通り斬り付けられるのを待つばかり…と思っていたら。

『弓!?』

弓矢を装備した対戦相手を初めて見たもので、思わず声が出た。

「あ、はい。

 相手と近くで殴り合うの怖いなーと思って…変ですか?」

『あ、ああ、いやいや、ごめん。初めて見たもんだから驚いて。

 良いと思うよ。』


そう言えば大して気にしていなかったが、今までのプレーヤーは片手剣や大剣が多かったな。

たまにメイスや槍が居たが、弓は初めてみた。


ヒュンッ


目に見えないくらいのスピードで矢が飛んできた。

ダメージは低いが、遠くからこんなスピードで攻撃できるものかと感心する。

単調なペースで胸元に飛んでくる矢を見ていて、少しイタズラ心が沸いてしまった。


『command equip shield slot number one end』

音声コマンドで盾を装備し、胸元に構える。


ガキンッ


飛んできた矢が盾で弾かれた。

「わっ」

『ごめんごめん。

 初めて弓矢の人と会ったもんで、ちょっと試したくなってね。

 反撃する訳じゃないから安心して。

 せっかくだから、胸元以外にも色々狙いを散らして射ってみてよ。』

「あ、分かりました。」


相手が弓に矢をつがえ引き絞る。…射った瞬間、胸元に盾を構える。


ヒュンッ


矢が顔の真横を通過した。

矢を構えているのは見えるから、タイミングはなんとなく分かるんだが、

どこを狙っているかまでは分からないもんだな。


相手の動きにじっと目を凝らす。

胸元に構えた盾をそのままにじっと見ていると、構えた瞬間少し視線が下がるのが分かった。

…腰か足か?


今度は大きく左に飛んで避けようと、右足に力を込めた瞬間、

その右足に矢が突き刺さるのが見えた。

…矢が想像以上に早いな。

だが足元を狙っていたのは間違いなかったようだ。


視線を相手に戻すと、もう次の矢が射たれるその瞬間だった。


キィンッ


一瞬、視界が真っ白になる。

「わわっ、大丈夫ですか!?」

今の小気味良い音は聞き覚えがあった。

『大丈夫。

 頭に当たったからクリティカルヒットになっただけだよ。

 続けて。』

相手も慣れてきたのか、弓を射つ間隔が短くなってきたみたいだ。

だけど、真ん中に盾を構えて視線を誘導するのは有効なのかもな。


そうして、さらに20発近い矢を受けついにHPが底を付いた。

『色々試してしまって、時間取らせてすいませんね。』

「い、いやいやいや。

 こちらこそ防いだり避けたりしてもらえたおかげで、

 単純に遠くから矢を射ってるだけじゃダメなんだなーって分かりました。

 それを気付かせてくれるためにやってくれてたんですよね!

 ありがとうございます!」

すごい勢いで深々とお辞儀をすると

「それじゃ次のクエスト行ってきます!

 ちょっと楽しくなってきました!

 ありがとうございました!」

と、走り去ってしまった。



久しぶりに、ままならない現実の苛立ちから解放されて、時を忘れて過ごした気がする。

もともと、何かを調べたり突き詰めることは嫌いではなかったのだ。


ゲームとしてやる気はおきない。進める気はさらさらない。

が、どうせ無理やり付き合わされるなら、少しだけ楽しく感じることがあってもいいかもしれない。


ログアウトすると、早速気付いた事をメモに残す。

■弓矢相手は、盾で射線の誘導が有効かもしれない

■・・・

■・・・



こうして人間観察にかこつけた無抵抗な闘技場生活は、

少しだけやる気を出したものに変わっていった。

時にはまともに斬り合いをしたり、ふと思いついた攻撃や防御、回避方法を試してみたり。

武器同士の有利/不利というのも、実際に試して理解した。

弓や短剣といった珍しい武器を持った相手とは、何度か対戦をお願いすることすらあった。

当然、最後は全てわざと敗けて終わるのだが。

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