第五話:工作と諜報

「話の途中みたいだが、聞きたいことがある! 良いか?」と声を上げる鋒陰ほういん


 鋒陰かれは『撞岩猛己しゅがんもうき』という名に全く動揺していない。


 これに「何だ?」と貴狼きろう鋒陰かれに用件を訊くと、その口から――

「さっきの『撞岩猛己』って誰?」という返答が返ってきた。


 どうやら、鋒陰かれは猛己について知らなかった故に、動揺していなかったようだ。


 こんな鋒陰かれに、微妙に呆れる部屋内の一同。陽玄ようげんも鉄面こそ崩していないが、その内心では――世間が知る猛将を知らんとは……。と微妙に焦ってもいる。



 結局、貴狼が「ふう……」と小さくため息をついてしまうものの、鋒陰に――

「貴殿も――奴の名だけは聞いたことがあろう?」と猛己について語り始める。


「逆を言えば、聞いたことしかないぞ。貴兄きけい!」

撞岩猛己しゅがんもうき――“猛将”とうたわれている『佞邪ねいじゃ救国政府』の開闢かいびゃくの功労者に成りあがった、脳筋よ!

 氏が『しゅ』で、名は『がん』。『猛己もうき』はあざなだな。

 元々は『大河おおかわ』という豪族の当主だったが、分裂する前の『救国政府』に『次席』とやらに迎えられた際に、今の名に改名したらしい……」

「貴兄の話を聞く限りだと、とーっても強そうな奴だな!」

「ああ、しかも規格外にな! 数年前の『救国政府』の決起に奴が加わっていなかったら、僅か数日で楽に鎮圧できたものを……。奴の筋力が知力を上回るとは思わなんだ……」


 この貴狼の忌々しげな発言をきっかけに、月清げっしんが――

「何しろ、大きさが馬二頭分の猪を、一発の鉄拳パンチのみで仕留めたというくらいです!」と続き、これに紫狼しろうが「これ、本当マジの話!」と補足。


 そして、時狼じろうも「モーッ、事実ガチで化け物!!」と感想を添える。



「すっごい奴なんだな~!」と鋒陰は思わず感嘆の声を漏らすが、どこか乾いている。


 きっと、『猛己』という者の圧倒的な力に実感が持てないのだろう。

 あるいは、皆が言うほど大したことはないと考えているのか……。

 そんな鋒陰かれ本心こたえを陽玄は見抜いていたが、あえて口を開かない。



 そして、貴狼も鋒陰の本心こたえを半ば見抜いてはいるものの……。

 鋒陰かれが猛己に恐れを全く抱いていないことを良しとして――

「宰相殿下! 猛己は、今何所いまどこで何をしているか?」と月清に話かける。


 既に京賀国このくには数か月前から反乱政権ぞくの鎮圧に向けて動いている。

 現在いまに至っては、準備が終わり、鎮圧実行命令を全軍に下すだけ。

 そのタイミングを見極めるために貴狼は、月清を通じて敵情の最終確認を行う。


 これに月清は――こんな鋒陰こどもの前で機密を……? と戸惑いを感じたが。

 ――最初から無用な者を連れてくるはずがない! と思って話を始める。


「はい、閣下! 過穀かこく政権を、自領内の大半の兵を以て攻めている最中です!」

「――すると、畔河はんがの方に奴はいないわけだ! そうなると、誰がそこの留守を?」

「猛己の長男である傍矛ぼうむが留守を担っているようです。

 なお猛己の次男である攻巳こうしは父に連れられて、過穀にいるようです」


 ここまでの月清の報告を聴いた貴狼は「はははははっ!」と大笑いして――

「やはりか……! しかも、ここまでとはな……!」と無表情に述べてみせる。


「……」

 貴狼の表情の急変に、何も言えなくなるほどの不気味さを感じた室内の一同。

 そして鋒陰だけが「貴兄はこうなることを予測しておったのか?」と反応する。


 すると、貴狼が得意気にニヤリと口元を緩めて――

「ふっ! 何しろ猛己が――あの忌々しい『佞邪救国政府』という賊共を割ってくれるように仕向けたのは――この俺よ!」と話し始める。その親指で己自信を指して……。


「でも――『畔河政権』とやらの首領の名前って訊く必要あったのか、貴兄?」

「確認のためだ、貴殿! 奴以外にも、賊共を割ってくれそうな奴がいなかった訳じゃない。

 とはいえ、準備や訓練の関係上、猛己の挙兵はもう少し先になると踏んでいたのだがな。

 まぁ、奴が今挙兵するにしないにしろ、今日の軍議は予定通り開くつもりだった!

 既に必要な準備は済んでいる。後は京賀国こちらがどう動くかだ!」



 実は……貴狼は摂政に任じられて以降、京賀国が誇る諜報機関や個人的な密偵を活用して、佞邪救国政府に限らず、他の諸邦への工作活動や諸外国への諜報活動を続けている。


 例えば、他の国が本邦(京賀国)に攻め込まないように、その国の首脳部に対して別の国を攻めるように仕向けたり、同国の地方の有力者に反乱を起こすようにそそのかしたりというもの。佞邪救国政府は後者の例に倣い、その毒牙に掛かってしまったのだ。


 また、追加の例としてはその国の反乱勢力への支援も挙げられる。



 貴狼が今日までに何をしてきたかを、直感で正解に辿り着いた鋒陰は――

流石さすがは、摂政に任じられたことはある!」と舌を巻く。


 ところが、貴狼は自分がしてきた活動ことを誇る様子を見せず――

「しかし、猛己やつの長男の傍矛ぼうむが畔河の留守をしていると聴いた時は、ここまで予測通りだとは思わなんだ! 俺はてっきり猛己やつの次男坊が留守をしても“ありだ”と踏んでいたのだがな……」と意外の念を禁じ得ない心中を吐露した。


「何で貴兄は、そう思ったのだ?」と鋒陰がいてみると、貴狼は――

「詳しいことは後ほど話すが、長男の『傍矛』という奴は“へたれ”でな。

 逆境には絶対に耐えられず、戦に必要な“勇気”があるかさえ怪しい男だ!

 その上、政治や兵法に関する学問にもうとい!」と返答してくれる。



 続いて時狼も「絶対に傍矛あいつの辞書に“勇気”はないな!」と断言。


 この断言に貴狼も「そうだな。そうだったな」と呟く始末。

 これに陽玄が「そんなに相手を低く評して大丈夫か?」と心配するが……。


「そうは言われましても、そのせいで傍矛は猛己ちちの家督を継ぐことを許されぬ身なのです。家督は次男坊に譲られる予定ですから、傍矛はもう家のお荷物でしょうな」


 この貴狼の発言に、陽玄は――何だか、他人ひと事ではない気がする。と思った。

 何しろ、自分自身に“一族の中で有能な者”という自信がないから……。

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