第三話:三匹の一匹狼

 ――何で、一臣下が『摂政』に? と疑問を覚えた鋒陰ほういんは早速……。

「確か、この国の宰相は公の叔父君おじぎみではあるはずだろう。

 普通、『摂政』と言ったら、主君の親族や外戚――そうでなくとも、有力な貴族が就くはずだろう。何故、宰相が摂政を兼ねずに、貴族ですらない貴兄きけい(貴狼)が摂政に?」といてみることにした。


「私は今でも『摂政は宰相殿下が兼ねるべき!』と考えている。

 しかし、上公殿下(陽玄の母)と太公婿たいこうせい殿下(陽玄の父)の御両名が直々に、この私を御使命あそばしたのだ! 断る訳にはいかんかった……」


 この貴狼きろうの返答に、紫狼しろうが――

今上きんじょう(当代)の公殿下(陽玄)が降誕あらせられて間もなく、公位を御継ぎになられた時ですな」と、捕捉する。


 この捕捉に、貴狼は静かに「うむ」とうなずいて応じ――

「もちろん、その時は『臣より宰相殿下が摂政の任に相応しい!』と御両名に申しつかまつったが、当の宰相殿下も私を摂政に推したのだ。

 さらに公族の御方々や外戚の方々に至っては、誰一人として反対なさらなかったのだ。

 それどころか満場一致で可決あそばす始末。

 そうなっては尚更なおさら、断れるはずもなかった……」


 これに鋒陰は「ふ~ん。この国の人事は血統に左右されないのだなぁ……」と感心する。


「全くとは言い切れんがな。師殿。基本、この国は“個人の能力”で職が決まる!」


「でも、何故なにゆえに貴兄が指名されたのだ?」

「当時、私が平民でありながらも『宮宰きゅうさい(侍従長)』の地位にあり、信頼が最も厚い臣下故だと考えているが……。まぁ、真の目的は失政時の保険やもしれぬな……。

 失政を犯しても、私には責任が及ぶ親族など――ほぼ皆無かいむだからな!」



 この貴狼の返答に、時狼じろうが嬉々として「うんうん!」と首を縦に振る。

 ――自分はその失政に無関係だ! と言わんばかりの……むかつく顔である。


 これをちらりと見た、貴狼が――“時狼こいつ”だけは何が何でもは巻き込んでやろうかな……。と彼にドス黒い感情が湧いてしまうのも無理はない。



「ふうむ……。結局は『生贄スケープゴート』ってことか……。

 それはいいとして……公位が貴兄に“簒奪さんだつ(君主の地位を奪取すること)”される恐れとかは大丈夫なのか?」


 この鋒陰の疑問に、紫狼が一瞬で血相を変えて――

「いくら公の師とはいえ、今の言葉はあまりにも失礼では!?」となじる。


 これに、時狼も「うん! うん!」と激しく首を縦に振って続く。

 いきなり人を疑うような質問をしたら。まぁ、こうなる訳だ……。


 しかし、当の疑われた貴狼は「構わん! 紫狼、時狼!」と義弟二人を制してしまう。


 そして、「拒絶しないのだな」と意外に思う鋒陰に対し、貴狼は――

「前世でも、今世でも、摂政が王位を簒奪した事例が無い訳ではない。

 確かに今の鋒陰殿の発言は無礼とはいえ、決して理に適っていない訳ではない。

 むしろ、師である以上、この点を少しでも考えてくれないと頼りない!」と応える。


「考えてはいけないことを、考えて欲しい訳なのだな。貴兄は」

「そういう任務ことだ。

 それと先程の質問の答えだが――“簒奪”のことは一切心配無用!!

 私は、自身が君主には不相応な人物と心得ている故に……」


 この貴狼の返答を訊いた鋒陰は頭を下げて――

「貴兄の返答を聴いて、安堵した。先の非礼は詫びる」と貴狼に謝した。


 このように素直に謝した鋒陰に、貴狼は「構わん」と応じた直後に――

「何せ、私には位を譲る子はおろか、今でも女性との縁さえない……」とうつむいたまま、どこか悲しげに、独り言の如く続けてみせた。

 そして、の口から「へっ、へっ、へっ……」と乾いた笑いが漏れ出す。

 それは他人が聞いたら笑って返せないような、笑い。


 実際に鋒陰は「へっ、へへ……」と苦笑い。その顔は心苦しさによって歪んでいる。


「……」

 陽玄に至っては、顔から血の気が引いたまま、只々ただただ絶句しているだけ。


 これに時狼も俯いたまま、「私めも――」と続けようとするが、紫狼が小声で「言わんでいい」と、発言の身を遮った。ただし、当の紫狼も俯いたままだ……。



 貴狼、紫狼、時狼の三匹の“一匹狼”達。つまり、彼ら皆――本当マジの独身。

 彼らは、皆一様に俯いたままの姿勢を崩さない。

 加えて、目には見えないが、とても暗い影が彼らに差さっている……。

 その光景は約二十秒と短時間のものであったが、部屋内の異様な空気のおかげか、およそ一分程と、通常より三倍長く感じられたそうな……。



 ――か、完全に地雷、踏んじゃった……!! と部屋内の異様な空気にさわられてしまい、焦りに焦ってしまう鋒陰。

 陽玄ようげんに至っては――何をしてくれる!! と非難の視線を鋒陰にむけている!

 その視線に気づいた鋒陰はますます焦る羽目になる……。


 ――このままじゃ、他の地雷に連鎖、しちゃう……!

 そう思った鋒陰かれは「ほっ、本当ににににに……、ししし……失礼しましたぁ……!!」と真面まともに舌が回らないまま、改めて貴狼に頭を下げたそうな……。


 そして当の貴狼は「別にいい……」と生気が感じられないまま応えたそうな……。

 その時の貴狼の顔は後世の諸々の歴史媒体に「亡霊のごとし」と伝わっている。



 これら一連の流れを、やや苦々しく見届けた陽玄。

 ――哀れ、どうしたものか……。と貴狼と紫狼、そして時狼の三匹の“一匹狼ひとりみ”共に頭を悩ませて、「ふう」と小さくめ息をいた。


 そうして頭を悩ませた陽玄かれ導き出した結論こたえが……。

 ――そんなどうでもいいことに費やす暇もないし、別にいいか!

 これに陽玄は自らの頭を切り替えて――善政をかん! と気を引き締め直す。


 鋒陰もそんな陽玄の心中を察してか、その目は――それが大正解! と語っていた。

 とはいえ、その顔の下半分は今も苦笑いのまま歪んでいるが……。

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