第7話 最強ソロプレイヤーと星の女神

 悠奈の体温が颯斗の鼻先から伝わってくる。ほんのりと暖かく優しい感じがする。吸い寄せられるように少しづつ悠奈へと顔を寄せていく。悠奈はそっと颯斗の頬に手を添えじっと颯斗を見つめたまま動かない。颯斗はゆっくりと目を閉じる。


「ほぅ。お前はこの娘の事が好きなのだな」


 慌てて目を開けると好奇心に目を輝かせ颯斗の顔を間近で覗き込む悠奈の顔がある。

 声や雰囲気や見た目は悠奈なのだが行動は完全に子供で見るからにワクワクしているのが分かる。


「アスリなのか?」


「今頃気がついたのか?あのまま流れに身を任せても良かったのだが」


「お前はバカなのか?」


「バカとはなんじゃ。神にむかい不敬だと思わんのか!」


「その体は悠奈の体だ!お前じゃないだろ」


 アスリは何か考え込む素振りをしていたが何か閃いたみたいでニヤニヤしている。


「颯斗の言う通りだ。なら私の」


 話を遮るように颯斗はアスリの頭を拳で挟み込みグリグリと動かす。痛いようで「暴力反対」とか「幼女虐待」と叫んでいる。誰かに聞かれ変な誤解を生むのも面倒だと思いアスリを開放してやることにした。


「人聞きがわるいだろうが。それで何の用だ」


「目覚めたらと詳しく話すと言ったが覚えておらんのか?」


 悠奈の魂が消滅しようとしたときアスリの魂を悠奈の魂と同化することで消滅することを抑え繋ぎ留めた。そして悠奈の命は消えずに今に至る。だが完全に助かったわけではない。アスリが同化を解除すれば悠奈の魂は再び消滅を再開してしまうし解除しなくても時間と共にアスリの魂に悠奈の魂は飲み込まれ消滅してしまうらしい。


「覚えているけど時間がかかると思ってたんだよ」


 ジト目で見てくるアスリに若干苛立ちを感じるが見た目が悠奈だけに何とも複雑な心境になってしまう。早く消滅を止めて悠奈を助けると心の中で雄叫びを上げる。アスリはやれやれといった表情で溜息をつきそのまま話し始めた。


「少し話したけど神界遊戯は千年に一度開催される神々の遊びで最高神様に選ばれた三十名の神だけが参加することを許されるの。選ばれた神は自分の代行者を地上に暮らす者から選び参加する意思を確認して決戦の世界へ転移させる。そこで一つ聞きたいんだけど颯斗は誰に参加意思を確認されて誰に転移してもらったの? 本来なら私が確認して転移させるんだよ」


「誰って誰も居なかったな。声と文字が浮かび上がってきて。それに転移や神界遊戯の話なんて聞かされていない」


 鉄斎の工房を出てからの事をアスリに説明していく。その表情は徐々に険しく変わっていく。口数も減り今では沈黙したまま何かを考え込んでいる。


「今回の神界遊戯は今まで開催された内容とかなり違ってるって話を友達の女神に聞いたけど、どうなってるんだろ」


「違うって何が?」


「本来は選ばれた神が代行者を決め育て意思確認をしてから転移させるの。だけど私は颯斗と会ったことも無いし代行者と決めてもいない。それに私が転移させていないのにこの世界にいる。だけど颯斗は間違いなく私の代行者だし」


 アスリは今まで開催された神界遊戯と相違点が多いと頭を抱えて悩んでいる。ただ颯斗にとっては誰に転移させられようが神界遊戯に参加させられていることに変わりはなく間違えていたから元の世界へ帰すという楽観的な考えには至っていない。


「それに私みたいな女神が最高神様に選ばれるなんて前例がないの」


 最高神が選ぶ三十人の神は四大神、上級神、下級神の中から選ばれるらしくアスリは女神で下級神になる前の神見習いという立場らしい。代行者は最高神が決めた世界で最高神が作り出した選別場を使い代行者を決めるようなのだが選別場に神力の弱い者は入れないそうだ。


「例外的に選ばれたアスリは代行者を選ばなかったのかよ?」


「・・・れ・・ったの」


 小さい声で何か言っているみたいでよく聞こえない。アスリが選別場で代行者を選んでいたらこの世界に飛ばされることはなかったのかもしれないと思うと何とも言えない気持ちになる。


「選別場に入れなかったの! 悪い? ダメ女神でごめんなさいね」


 頬を膨らまし後ろを向くと小声で何か言っている。時折「バカ」とか聞こえてくるので颯斗に対して文句を言っているのだろう。


「女神って神見習いなんだろ?なら入れなくても仕方ないんじゃないのか?」


 分かり易い性格と言うか子供のようで仕方ないという言葉で逃げ道が出来たのか笑顔に戻っている。


「そうでしょ? そうだよね! だって私は女神と言っても生まれてまだ四百年の子供なの。これから何もかも成長していくの」


 アスリが言うには人間だと七歳ぐらいらしい。所々子供じみた行動をするので七歳というのも間違いではないのかもしれない。


「私が選んで転移させてないのが分かったでしょ? 誰が選んで転移させたのかは神玉を手に入れてから調べるとして・・・あのサティナって何者なの?この世界の種族?」


 神らしく心を読むとか全て知っているという流れにならないかと思いもしたがアスリにそれらを望むのは酷な話だろうし拗ねられても困ると思い胸にしまい込む。


「さっき話しただろ?光の先に進めって。その時に願いを一つ叶えるって言われたから仲間が欲しいって願って現れたのがサティナのような守護者達」


「守護者達って聞こえたけど・・・気のせいよね。気のせいだと言って」


「言ったけど。九人の守護者って」


「もしかしてブリカを倒した武器も?」


「守護者には全員渡してあるけど。どうかしたのか?」


「あんたこそバカなの? 神を倒せる武器が簡単に手に出来る訳ないじゃない」


 武器を作ったのは鉄斎で颯斗は依頼し素材を提供しただけでこの世界に来るまでどんな武器なのかも知らなかった。サティナの武器はブリカを倒すとき一瞬だけ目にしたのみでどんなスキルが付与されているのか颯斗には分からない。アスリに武器を手にした経緯を説明すると「もしかして鉄斎というのは創造系の神」とか呟いている。


「ほんと意味わからない。話を聞けば聞くだけ私の常識が崩れていく」


「神玉の事も聞きたいんだけど」


「子供に考える暇さえ与えないなんて鬼畜ね」


 颯斗は酷い言われようだと溜息を吐く。詳しい話というから聞いているだけなのに鬼畜呼ばわり。言い返したい気持ちをぐっと抑える。言い返した途端、泣き喚かれ面倒ごとにしかならないのが目に見えているからだ。


「神玉は参加する神が一つだけ持っている参加証明みたいなものかしら。敗北した神は神玉の所有権を失い神界遊戯から脱落する。勝者はその神が持つ神玉の所有権を得る。そして十の神玉を手にすると最高神様が一つだけ願いを叶えてくださる。本来なら戦力増強したりするんだけど時間的にもこの子を救う最後のチャンスになると思う」


「倒すって簡単に言うけど勝てるのか?」


「私には無理。子供なんですけど」


 胸を張り自信たっぷりに言い切るアスリを見て颯斗は絶句する。神を倒し集めなければならない神玉を神であるアスリは他の神を倒せないと言っている。倒せないのなら集められない。それは悠奈を助けられないことに直結する。


「慌てるな!私が勝てないと言っただけで勝つ方法はある」


「勝つ方法って何だよ?」


 十個の神玉を集めることができれば最高神の力で魂の消滅を止めることができるのは間違いないのだろう。だが神に勝つ方法があると自信満々で言い切るアスリを見ていると悪い予感しかしてこない。


「颯斗が私の代理で戦う。うん。これで解決だね」


 想像していたことと全く同じ答えが返ってくると怒りを通り越し呆れてしまうのか怒る気力がなくなっている。


「神界で戦うのなら勝ち目はないけど神界遊戯に参加しているのなら話は違ってくるの。参加した神は力の制限を受け最大値の十分の一の力しか出せない。少なくても制限を受けていない低級神を倒したサティナなら勝てる可能性があると思う」


 ブリカとの戦いではサティナはブリカを圧倒していたし本気で戦っていなかった。そして低級神の序列においてブリカは下位だったことを考慮しハンデがあったとしても楽観視できない。


「最後に一つだけ聞きたい。死んだらどうなる?」


「死は死でしかなく完全なる無。当然だが生き返ったり元の世界へ帰ることもできない。元の世界へ帰りたいのなら勝ち抜くしかない。そうすれば可能性も少しは生まれてくるかもしれない。・・・悠奈が目覚めそうだから話はまた今度だね」



 そう言うと悠奈は全身の力が抜けたのか颯斗の胸元にもたれかかってくる。最後に気を利かせたのかと思ったのもつかの間、颯斗の頬に衝撃が走る。目を覚ました悠奈がシーツで胸元を隠し涙目になって颯斗を睨んでいる。


「誤解だって。これには理由があるんだよ」


「な、なな、何ですか?何故、颯斗君とベッドの上で二人っきりでいるの?」


 近くにある枕を振り回してくる悠奈の攻撃に耐えながら言い訳の言葉を探すが自然な理由が思いつかない。アスリの事や魂が消滅することすらまだ話せずにいた。ブリカの話から推測すると悠奈のお姉さんは亡くなっている可能性が高い。これらの事をどのように説明したらいいのか颯斗には言葉も経験も足りていないのだ。


「部屋の前で倒れていたのを見つけて連れてきて寝かせようとしたところだったんだ」


 かなり苦しい言い訳だがこれ以上の言い訳が思いつかない。悠奈の枕攻撃は治まっているがジト目で颯斗を見ている。


「それよりもこの世界や悠奈の体について大切な話があるんだ」


「大切な話? そうやって胡麻化そうとしてるんでしょ?」


「本当に大切な話なんだ」


 颯斗の真剣な表情に何か感じ取ったのか悠奈も先程までと違い真剣な表情になっている。その表情から明るくふるまっているが全てを受け入れようとしていることを悟る。当初はその場しのぎに話せることを選んで伝えようと考えたが真直ぐに颯斗を見つめる悠奈の決意に満ちた瞳を見た今となっては全てを話すべきだと思う。


「話して。全部聞きたい」


 その後アスリから聞いた話を全て話した。驚き必死に涙を堪え話を聞いている。話を全て聞くと瞳に一杯涙をため颯斗に微笑みかける。


「ちゃんと話してくれてありがとう。あのね・・・少しだけ目を閉じてて欲しいの」


「わかった」


 何故そんな願いを言ったのか何となく理解できた颯斗は目を閉じる。溢れそうになる涙や思いを止めることができなくなった悠奈は目を閉じた颯斗をじっと見つめ静かに語りかける。


「もう一つだけ・・・お願い・きいて・・い」


 もう言葉にならない程に深い悲しみが颯斗の心に流れ込んでくる。颯斗も胸の奥から熱いものがこみ上げてくるのがわかる。颯斗は目を閉じても感じる悠奈の優しい光に向かい手を伸ばすと光を優しく抱きしめた。




 そのまま眠ってしまったようで扉窓から差し込む日の光に照らされ颯斗は目を覚ました。傍らには颯斗の上着を握り泣きはらした悠奈が眠っている。動くと起こしてしまいそうで身動きが取れないがもう暫くこのままでいるのも悪くないと目を閉じ前日の事を考える。アスリに話を聞き悠奈を助ける方法を再確認することが出来た。神を倒すことは難題だが可能性がゼロという訳でもない。目的がはっきりした事で必ず必要になることがある。自分達だけではなく国としても力をつけていかなければならないという事。ただ勝ち残るだけならば神の力を制限する必要性がないと颯斗は考えているが推測の域を出ない。



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