第6話 捨てられた村と聖女
兄妹に手を引かれ歩く悠奈の後姿を見ながらパムレへと続く道を颯斗は歩いていく。道脇には畑のような耕された場所も見えるが雑草にしか見えない植物がまばらに生えているだけで何か栽培しているようには見えない。森には結界に使われているような大樹など大小様々な木々が立ち並んでいるが村に近づくにつれ枯れ木が目立つようになってくる。
「これは酷いですわね」
サティナが辺りを見渡しながらぽつりと呟いた。素人目にも土地は痩せ人が暮らす環境でないことが一目でわかる。颯斗とサティナに話しかけるグルセの表情は悲しげで無理やり笑顔を作っているような感じがする。
「驚かれたでしょ? これでも俺が子供の頃は森には動物が住み自然豊かで豊作続きだった年もあるんですよ。最近じゃ育つ前に苗は枯れるし種は腐る。動物もいなくなってこの有様です」
「村はどこかの国に属していないのですか?」
「そのあたりの話は村長に聞いてくれ」
国の話を聞いてみたが部外者に話し辛いのか急に黙り込んでしまった。村の内情なのだから部外者には話し辛いのかもしれない。そんな話をしていると村の入り口が見えてきた。村を囲むように高さ一メートルほどの木製の柵で囲まれている。魔物が襲ってくれば簡単に突破されてしまいそうな作りだがグルセの話だと四大樹の加護により魔物は村に近づくことができなかったこともあり簡素な作りの柵なのだそうだ。村に到着するとグルセに連れられ村の奥にある古びた家に案内される。村長といっても辺境の貧しい村の村長など苦労するのは明らかで好き好んでやるものは居なかったそうだが快く引き受けたのがグルセの父で村長のグーリットなのだそうだ。
「この度は魔物から村と村の者を助けていただきありがとうございます。ご覧の通り貧しい村ですので満足いくお礼はできないかもしれませんが」
そういって布袋を取り出しテーブルの上に差し出した。
「これはいったい?」
「村中から集めました。少額で申し訳ないのですがお受け取りください」
作物も育たず動物も居ないのなら狩りもできない。そんな村中から集めたとしても大した金額ではないだろう。しかしこのお金がなければ食べることもできず命を落とす者もいるかもしれない。金額以上に感謝の気持ちが込められているのは間違いない。
「申し訳ないのですが受け取ることはできません。私の知人を助けることが出来たのもグルセや村の皆さんが戦い時間を作ってくれたからです。感謝こそすれどお礼を受け取る道理がありませんので」
「しかし・・・」
お礼を受け取らないどころか感謝を述べる颯斗に困惑するグーリットにサティナが微笑みながら話しかける。
「颯斗様は慈愛溢れるお方なのです。どうしてもとおっしゃるのならお話を聞かせてもらえないでしょうか?」
「話というのはどのような?」
グーリットも聖女様の頼みなら仕方ないといった表情をしている。颯斗はサティナ教でもできるんじゃないかと思いながらサティナとグーリットの会話を聞くことにする。
「この村はどこの国の領地なのでしょうか? それと周辺にある国について教えてほしいのです」
そんな質問をすれば怪しまれると思ったが少し考える素振りはあったものの簡単に話を聞けることになった。
「サティナ様がお知りになりたのならば喜んで話しましょう」
聖女サティナ誕生の瞬間かもしれないと思うほどの雰囲気と存在感がある。窓から差し込む光が照らすように当たりキラキラと光る宝石のような小さな光が降り注いでいるように見える。
(これ間違いなく降り注いでる!!)
意図的に光を当てているようにしかみえない。颯斗は驚きを隠しながらサティナの方を見ると颯斗と視線を合わせると微笑んだ。
(確信犯だ)
サティナを照らし降り注ぐ光をどうやって作りだしているのかわからない。スキルだとしたらなんて無駄なスキルなんだと思う反面、颯斗には無駄だとしてもサティナが使うと絶大な効果を発揮することは目の前で起きていることを見れば一目瞭然だろう。グーリットをはじめグルゼや同席している人達が今にも感動で涙しそうな勢いなのだから間違いない。
「ここパムレはワーカード伯爵領でしたが度重なる飢饉と魔物の襲来などの理由からか村からの魔物討伐や支援要請に耳を貸さなくなり遂にお返事をいただけなくなりました。先代様は何かと気にかけてくださいました。四大樹の加護も先代様の助力があればこそ。」
グーリットの話ではこの辺りはクラレスタ大国に属するワーカード伯爵が統治しているようなのだが先代伯爵が二年前に急死する一年ほど前からパレム付近に魔物が出没するようになり土地は荒れていったのだそうだ。後を継いだザレス・ワーカード伯爵は民に愛されていた先代伯爵と違い気に障ったという理由で幾つかの村が皆殺しにされ若く美しい娘は連れ去らわれることも多いそうだ。パレムの人々は口々に捨てられたんだと怒りをにじませているがどこか悲しそうな顔にも見える。そこに現れた聖女様なのだから救われると期待し涙してもおかしくはないのかもしれない。
「それはお気の毒です。しかし私には皆様をお救いする力はございません」
グルセは驚いた表情で立ち上がると必死に笑おうとしているが笑顔と呼ぶには程遠く何か話そうとしているのか口だけが動いている。
「で、でも光の矢で魔物を簡単倒したじゃないですか?」
「グルセさんの言う通り私の魔法で魔物を打ち滅ぼしました。ですが魔法は私ですが力は颯斗様にお借りしたのです。人々の苦しむ姿を見過ごせないと魔物を滅する力をお貸しくださったのです」
そう言うとサティナは颯斗の方を向くと軽く会釈をした。お膳立てにしてはやり過ぎな気もするしどこかの教祖様みたいになってないか心配になってくる。捨てられ放置すれば近い将来必ず滅び人々は死に絶えるパレムの村だがワーカード伯爵領にある村を手にするのであればワーカード伯爵だけでなくクラレスタ大国に宣戦布告するのと同じ意味になる。戦争になれば双方に甚大な被害がでる。クラレスタ大国の戦力がまったく分からないまま開戦にでもなれば不利な上に最悪の展開も想定しなければならない。そんな考えを巡らせていると知らない悠奈が颯斗の手をとると「助けてあげようよ」等と潤んだ瞳で言ってくる。
(殺傷能力高過ぎるぅぅぅぅ)
「パレムから東に向かうと城があるのを知っていますか?」
「三日前に突然現れた城の事ですか?」
颯斗が目覚めて一日も経っていなかったが城は転移して三日も時間が経過していたようだレイス達は索敵など行っていたようだが帰城した際にレイスに詳しい話を聞く必要がある。
「はい。あの城はリュセルフ城。私の居城なのです。もし私の庇護下に入るのであれば繁栄を約束します。強制はしませんし断ったからと言って武力行使もしません。パレムに住む人々全員で話決めてほしい」
庇護下に入ることはワーカード伯爵、ひいてはクラレスタ大国への反逆行為になる。当然捕えられれば死罪は免れない。だからこそ村人全員で話し合い決めてほしいと思い伝えた。どのような決断をしようと責めることはできない。
「ご厚意感謝いたします。しかし即決できる問題ではありませんので三日お時間をいただけないでしょうか?」
「構いません。それから四大樹の加護は破られてしまいましたが何か修復できる者はいるんですか?」
グーリットとグルセの顔色がみるみる蒼くなっていく。それだけで修復できる者もアイテムも村には存在しないことが分かる。するとサティナが優しい笑顔を浮かべながら二人に話しかける。
「安心してください。颯斗様の庇護下に入る可能性のある者達であるなら私が三日後のお返事をいただける時まで結界を張っておきましょう。颯斗様宜しいでしょうか?」
「すぐに結界を展開せよ」
颯斗の言葉を聞くとサティナは立ち上がり両手を胸の辺りに添え目をつむる。
【光の防壁】
光の防壁は周囲に敵対者を拒む光の壁を作り出す。ユリウスにも同じスキルは存在したが効果範囲は精々十五メートルと言ったところだろうか。サティナは目を開くと笑顔で椅子に座る。
「四大樹と同じ位置に結界を展開しました。ドラゴンでも襲ってこない限り結界を破壊されたりしませんので安心して下さい」
颯斗の記憶が正しければ光の防壁はセカンドスキルで破るのは難しくはない防御スキルだった。村の人々を安心させるために言ったのかもしれないと自分に言い聞かせる颯斗とは逆に目を輝かせるパレムの人々とドラゴンと聞き目をキラキラ輝かせる悠奈と兄妹。子供は打ち解けるのが早いらしく既に悠奈と呼び捨てにされている。兄妹は兄がアルツ、妹がフェリというようでずっとじゃれ合っていて話には参加してこなかったのだがドラゴンというビッグネームを聞きテンションが上がったようだ。
「それでは一旦城に帰り三日後に伺いますので。それでは失礼いたします」
レイスが颯斗に転移スキルを使えると言っていたがリュセルフ城からパレムの村には転移できなかった。体の奥底にある力の中に転移スキルの存在を今だと感じることができる。その時は名前も知らなければ村の位置も知らなかった。転移スキルの使用条件が一度行ったことのある場所ならばリュセルフ城とパレムの村には転移可能だと推測できる。転移に失敗したときの言い訳を考えながら颯斗はスキルを口にする。
【ポート】
颯斗、悠奈、サティナの姿が一瞬でグーリット達の視界から消える。何が起きたのか理解できずにいるとテーブルの上に真っ白で綺麗な毛並みの猫が突然現れた。アルツとフェリは「猫ちゃん」「可愛い」と言いながら体に障ろうとするが猫は兄妹の手をするりと躱すし立ち上がる。
「こりゃぁ! 馴れ馴れしく触るんじゃニャい。我は颯斗様にこの地の守護を任されたシュリスだニャ」
猫の王と言わんばかりだが手足は短く愛くるしい顔をしている為かシュリスに怯える者は一人もおらずアルツとファリを除く全員が優しい目で見つめている。
「ニャんだ。人の子よ。それ以上近寄るんじゃニャい!!」
何があっても村人を傷つけるなと命じられているシュリスにとって最大の天敵と三日間に及ぶ死闘の幕が落とされたのであった。
リュセルフ城 玉座の間
無事に転移できたことに安堵の表情を浮かべる颯斗と初めて目にする玉座の間に興味津々の悠奈。何故か落ち込んでる感じがするサティナ。
「凄いね。これが颯斗君のお城かぁ」
さっきまで死にかけていたとは思えない。現実世界にあった夢の国に始めて来たような喜び方だ。
「転移しなくても私が・・・」
サティナには言いたいことがあったが今はそっとしておいた方が良さそうに感じた颯斗は目線をそらす。そらした先にはレイスが跪いていた。
「レイス早速だがパレムに護衛を送りたいんだが誰かいないか? サティナの結界を抜ける者はいないと思うが未知のスキルにより侵入を許してしまうかもしれない。必要以上に恐怖を与えない者が望ましい」
「でしたらソレイユの使い魔が適任ではないかと」
ソレイユ・ヴォルグはハイエルフ姉妹の姉で召喚術を得意とする
「ソレイユか?」
「はい。いかがなさいました?」
「ソレイユに頼みたいことがあるんだが」
「謹んで第一婦人のお話お受けいたします」
勘違いしているのか冗談なのか返事に困るが見た目が小学生にしか見えないだけに颯斗からすると子供の冗談に聞こえてしまう。兄の事が大好きな妹が甘えてくるように聞こえてしまい本気で言っているソレイユの気持ちは一切颯斗に伝わっていない。それを焦らされていると思っているポジティブさがソレイユを後押し何度流されても行動に移してしまうようなのだ。
「それはそうと護衛に適し恐怖を与えない者を一名パレムの村へ三日間派遣したいのだが」
ソレイユは即座に適任者を決め颯斗へ伝える。
「私の召還する精霊に颯斗様のご要望に確実に応えれる者がいますのですぐにパレムへと向かわせます」
「ソレイユの働きに感謝する」
後はソレイユに任せておけば問題ないだろうが悠奈とアスリの事といった問題が山積している。レイスに話をし対策を練る必要があるがどこまで話していいのか分からないことが多い。もう一度アスリに詳しい話を聞く必要があるが眠りについてしまい、いつ目を覚ますのか分からない。パレムの村へ向かう三日後までに今後の事を含め考えをまとめなければならないのだが疲れたようで若干眠気がしている。
「今後について話をしたいんだが疲れたみたいだ。暫く寝室で休む。すまないが警備の指揮を頼む。それと悠奈の部屋を用意してくれ」
「悠奈様のお部屋はすでに準備が整っております。御用の際は何なりとお命じ頂ければ即座に」
レイスに一任し颯斗は部屋に戻るとベッドに飛び込む。全身を包み込み癒してくれるような快適さに眠りに誘われていく。考えをまとめようとしたが睡魔には勝てず意識が少しずつ遠のいていき完全に眠りに落ちた。
「・・・く・・」
遠くで誰かの声が聞こえてくる。
「は・・く・」
繰り返し聞こえる声は繰り返すたびに徐々に近くはっきりと聞こえてくるようになる。
「颯斗君」
その声は悠奈が颯斗を呼ぶ声のようだ。目を開けると天井が見え左には扉窓が見えその奥に夜空に無数の星が輝いていて現実世界で見ていた月よりも大きく近く見える。そして右側からは悠奈の声が聞こえる。
「颯斗君こっちを見て」
右側へと視線を移すと悠奈と視線が重なる。颯斗の顔と十センチほどのしか離れていない位置に悠奈の顔がある。これほど間近で見たこと悠奈というより女性の顔を見たことがなかった颯斗は金縛りにあったように体が硬直する。
「ちゃんと私の目を見て」
悠奈の華奢な腕がすっと颯斗の首筋に伸びると風呂上がりの時のようないい香りが鼻腔をくすぐる。そして悠奈の顔が少しずつ近づいているような感じがするが視線をそらすことも体を動かすこともでない。そして緊張と幸福な時間は突然終わりを迎える。
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