第5話 星の女神

 既に首までが完全に消え手さえ握ることもできなくなった悠奈をただ見つめることしかでず語りかけようとしても何を言っていいのかすら分からない。悠奈と違いブリカは腰の辺りまでしか消滅しておらず全身を貫く痛みに耐えられなかったのか涎を垂らしながらヘラヘラと笑っている。悠奈も痛みを感じていたようだがすぐに痛みが治まったようだった。


「さよなら」


 そう悠奈が言うと顔全体が透けていく。悠奈の口は動いているが何を言っているのか全く聞こえない。颯斗の涙が悠奈の頬に落ちて弾けたその時、悠奈の顔が薄い光に包まれ消滅した体も薄っすらと見えている。全身透けている状態だが確実に元の状態に戻ってきている。


「いったい何が起きているんだ」


「颯斗様あの神と名乗る女と同じ気配がします」


 サティナは辺りを見渡しているが集落の人達とブリカ以外の姿は見えない。颯斗も同様に気配のようなものを感じるが不思議と懐かしく優しい感じに近い。その気配が強くなればなるほど悠奈の体は元に戻っていく。


「あの状態から回復するなんて」


 サティナは颯斗の回復スキルの効果だと思っているようでうっとりとした表情で颯斗を見ている。そんな効果がないことは颯斗が一番知っている。スキルの効果ではないと話してみたが謙遜や秘密という言葉でうやむやになってしまった。サティナもまた颯斗を創造主として信じ忠誠を誓う者の一人である以上、何を言ってもポジティブに受け取られてしまうと颯斗は心の中で深いため息をつく。


「颯斗様。定時連絡のお時間です。お忙しそうでしたので差し出がましいと思いましたが御連絡差し上げました。魂の消滅を止め回復させるという力の一端を拝見でき皆感動しております」


「皆とはどういう事だ? 何故知っている?」


「颯斗様の右上空に居ますのがオルファスの使い魔で力はないのですが偵察が得意でして。周囲探索中に颯斗様を見かけ危機的状況に陥った場合、即座に行動できるように映像を見ながら待機しておりました」


 オルファス・インシュガルドはサティナと同じく颯斗の守護者で魔族の召還に長けている。偵察に適したバイスタンダーという目玉に蝙蝠の羽がついた魔物がいて召喚者と視覚を共有できると個体もいる。


「バイスタンダーか?」


「はい。視覚共有スキルを有しておりましたので私の指示いたしました」


「心配かけたな。情報収集が終わり次第、帰城する」


 見ていたのなら説明する手間が省けて良いと思う反面、監視されているような思いもする。それも全て颯斗を心配しているからだとサティナの行動を見ていればよく分かる。レイスとコールによる話が終わった直後、悠奈の意識が戻るとそのまま立ち上がりブリカの方へと歩いていく。ブリカも消滅こそしていないが体は肩口まで消えており消滅まで時間の問題といった感じだろうか。悠奈はブリカの傍に座り込むと何も話さずじっとブリカを見つめていた。


「ごめんなさい」


 そう言うと悠奈はブリカの頬に手を添える。するとブリカの表情が穏やかなものへと変わっていく。そして眠るようにブリカは世界から消滅した。


「悠奈?」


 颯斗が名前を呼ぶと悠奈は立ち上がり颯斗に向かい歩き出す。悠奈から感じるブリカに似たものを感じ取ったサティナが悠奈と颯斗の前に割り込む。


「止まりなさい。それ以上近づくのなら・・・」


 サティナが話し終える前に悠奈はその場に座り込んでしまった。突然の出来事に唖然とする颯斗とサティナ。集落の人々は何が起こっているのか理解できず呆然と成り行きを見ているだけだった。


「私は・・・ アスリ。この子の魂は深く傷つき消滅しそうだったのを私が繋ぎ止めているけど長くもたない。でも助ける方法が一つだけあるの。だけどここから先の話は颯斗にだけしか話せないから場所変えるね」


 場所を変えると言っているが座り込み立ち上がろうとしない。姿こそ悠奈だが声は幼い少女のように聞こえ雰囲気も悠奈とは別人のように感じる。ブリカに近い雰囲気をしているが感じる力は小さく弱い。アスリが何者なのか分からないが悠奈を助けようとしているのは間違いない。助ける方法があるのなら悠奈を助けたいと考えたその時、サティナや集落の人達の姿が消える。風景こそ先程と同じだが写真の中に入ったような時間が止まっているような不思議な感覚を覚える。


「ここはどこだ?」


「ここは私の精神世界。颯斗の心と私の心を繋いだの。これから話すことは誰にも聞かせられないんだ。もう理解していると思うけどこの世界はユリウスと違う現実世界なの。死ねば生き返らないしやり直しもできない」


 現実世界じゃないかと覚悟していたつもりだったが悠奈という現実に存在する知り合いが死んでいく場面を目の当たりにしてはゲーム内だと思い込むのにも限界がある。無理やりゲームだと思い込むこともできるかもしれないが確実に誰か死ぬことになる。国を持ち仲間を持ち王となった颯斗は護られる対象以前に仲間や国を護らなければならない。


「悠奈を助ける方法って本当にあるのか?」


「本当だよ。それは神界遊戯に参加すること」


 アスリの話では神界遊戯とやらに参加すれば助けることができるらしいのだが颯斗は話を聞き違和感がどうしても脳裏から離れない。


「参加するかしないか決めろと聞くのなら何故、俺や悠奈はこの世界に居るんだ? ユリウスや元の世界で聞くこともできたんじゃないのか?」


「・・・そうだよね。私も遠回りに話しするの苦手だからはっきり言うけど助ける方法は嘘じゃない。正確には神界遊戯で生き残り八つの神玉を集める」


 話から参加という言葉が消えた。話の流れから想像はしていたがこの世界に居る時点で参加していて拒否できないか拒否できない理由があるのだろう。そして殺し合いに神玉集めと聞けば最悪の事しか思い浮かばない。


「集めるって譲渡できるものじゃないんだろ? その神玉を持つ誰かを倒して集めるんじゃないのか? 倒された相手はどうなる? とにかく詳しく話せ」


 アスリの話だと神界遊戯は千年に一度開催される神々の娯楽で参加する神を最高神が決める。参加する神は三十名。誰が参加するのか知るのは最高神のみ。勝利条件は参加している神がいる国を亡ぼし神玉を手に入れるということらしい。


「簡単に言うと神を倒して神玉を手に入れろってことだよな。俺に世界ではそれを無理ゲーっていうんだ」


「無理ゲーとやらじゃないよ。ブリカを倒したじゃない。あれには私も驚いちゃった」


 自称ではなくブリカは本当に神でサティナが倒している。しかも余裕すら感じられた。その状況に颯斗は脳が追い付いてこない。


「ブリカが神なら楽勝・・・って顔じゃないな」


 アスリの表情は険しく決して楽観的ではないことを物語っていた。


「神は最高神を頂点し四大神、上級神、下級神という序列があり下級神より上級神が遥かに強い力を持っている。ブリカは下級神の中でも序列は低く力も弱い」


 神はこの世界へ来るために仮の肉体に魂を入れる為、本来の力の十分の一程度しか行使できないらしく倒されても神界へ戻り参加資格が剥奪されるだけらしい。


「でもブリカは参加者じゃない。倒されても神玉が残らなかった。参加者じゃない神がこの世界で死ねば颯斗達と同じように死ぬの。ブリカも同じ。それに参加者じゃないから力に制限はかかっていない。その神をプレイヤーじゃない者が倒すなんて話聞いたことがない」


 そう言うとアスリは何か考え込むように腕を組み目をつむるが何も思いつ中に用で両手で頭を掻きむしりながら「分かんないよぉ」とか叫んでいる。


「じゃあアスリお前も神で参加者なのか?」


「私は星の女神って呼ばれてる。参加者で颯斗の国を司る神って感じかな。ヨロシクね。てへッ」


 そういって舌を出して元の世界で昔流行ったようなポーズをしている。見た目だけなら悠奈ってこともあり可愛いと思う颯斗だが中身はアスリという神なのだからモヤモヤとした気持ちになる。


「てへッじゃないだろ!本当に女神なんだろうな?」


「失礼しちゃうな。私が女神だからこの子の魂の崩壊を止めれてるんだからね。本来なら私も器になる体に魂を入れる予定だったんだけど状況が状況だけに見過ごせなかったのよ。とにかく今の状態なら魂は消滅しないけど一つの肉体に魂に魂が二つって状態は長く続けられない。肉体に負担が大きいものあるけど私の魂に悠奈の魂は取り込まれ消滅しちゃうから。私は崩壊を止めつつ取り込まないように抑えるから颯斗は神玉を一年以内に集めて。それ以上は悠奈の魂がもたない」


「じゃあ何で俺や悠奈なんだよ? 俺たちじゃなくても良かったんじゃないのか?」


「話したいけど今日は力をいっぱい使っちゃったから眠るね。今度目を覚ましたら詳しい話をするからそれまで私とこの子を護るんだよ!じゃあそういう事で」


 そう言って目を閉じると先程まで微かに感じたアスリの気配が消え止まった時間が動き出したようにサティナや人々の声が聞こえ姿が視界に入る。


「颯斗様どうなさいました?」


「ごめん。考え事をしてた」


 そこに意識が戻った悠奈が颯斗に話しかけてくる。


「颯斗君? 私・・・何を」


 何が起きたのか覚えていないおのか暫く呆然としていたが何が起きたのか思い出したようで胸に手を当て震えている。胸を貫かれた痛みなのか姉をなくし事での心の痛みなのか胸を押さえ泣いていた。


「サティナは村まで住民を送りこの世界の情報を聞き出してくれ。戦闘は極力避けるように。俺は悠奈をつれ城へ戻る」


「承知いたしました」


 情報収集をサティナに任せ悠奈を連れリュセルフ城へ帰城することにした颯斗だったが何か悩んでいるような表情の悠奈の姿が目に入る。


「何か気になる事でもあるの?」


 颯斗の問いに少し考えている様子だったが何か決意したような眼差しに変わると兄妹へと視線を向ける。


「あの子達にお礼も言いたいし私もこの世界の事知りたいの」


 知らない世界に連れてこらお姉さんは死んだと聞かされたのだから心が壊れてもおかしくない状況なのに気を強く持っている悠奈に対し颯斗は尊敬にも似た感情を抱く。もし颯斗が同じ状況に置かれたら正気を保てないんじゃないかと思うからこそ悠奈も前に進もうとする気持ちがとても強いものに感じる。


「悠奈がそうしたいのなら構わないけど」


 笑顔で兄妹に駆け寄る悠奈を見ていると変に気をつかうより普通に接する方が良いのだと思うのだが普通と意識して接することは普通ではなく表立って気をつかうより何倍も難しいと実感する。そう考えていると兄妹の父親が颯斗に話しかけてきた。


「助かったよ。君たち冒険者かい?」


 サティナが颯斗が答えるより一瞬早く答える。


「颯斗様は冒険者などではありません。不敬ではありませんか?」


 その表情は穏やかに見えるがどことなく冷ややかにも感じる。ブリカに見せた怒り程ではないにしろ対等に話そうとする兄妹の父親に対し良い印象ではないようだ。


「申し訳ありません。てっきり聖女様の護衛をされている冒険者だと思ってしまいました。非礼をお詫びします」


「分かれば宜しいのです」


「紹介が遅れて申し訳ありません。私の名はグルセ。この先にあるパムレに住んでいるのですが魔物の群れが結界を突破したようなので撃退に向かったのですがご覧の有様です。助けていただいてなければここにいる者も村に残した家族も全員死ぬところでした。村長に代わりお礼申し上げます」


 グルセは兄妹の父でパムレという村に住んでいるようだ。しかしリュセルフ城からここへ向かう際に畑等は見えなかった。武器を手にしているところを見ると農業より狩猟で生計を立てているといった感じなのかもしれない。


「私は早乙女颯斗。この近くにあるリュセルフ城の城主をしています。こちらは私の護衛をしているサティナ・ファルス。堅苦しいのは苦手ですので畏まらなくて大丈夫ですよ」


 リュセルフ城と聞き一瞬だが表情が強張ったがサティナが微笑むとグルセは表情を和ませる。護衛だと聞かされても聖女のイメージが残ったままなのかもしれない。確かにサティナは見た目だけなら聖女にしか見えないのだが。


「お礼がしたいので村までお越し願えないでしょうか? 正直言って貧しい村ですので大したお礼など出来ないのですが御恩を何かの形でお返ししたいのです」


「分かりました。村に伺います」


 当初の目的が集落での情報収集だったことを考えればお礼という協力を得られたのは大きい。初めて接するこの世界の人達と友好的な関係を築けたらと颯斗は思っていただけに情報収集に関しては幸先が良い。アスリや神界遊戯と問題点や謎は多いがアスリが目覚めればはっきりすることもあるだろう。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る