第4話 再会と別れ

「私、死ぬんだ」

 死が悠奈の首筋に触れようとしたその時、光がウォーウルフの体を貫く。同様に兄妹の父親を襲っていたウォーウルフも光に貫かれ息絶えていた。


聖域サンクチュアリ


 悠奈が声のする方を見ると白い翼と黒い翼を持つ綺麗な女性が立っていた。地面には巨大な魔法陣がいつの間にか描かれている。


「颯斗様、【聖域】を展開しましたのでご安心を」


 魔法陣の外周部に薄い光の壁ができており魔物は光の壁を通れずにいる。大樹を越え追ってきたオークが戦斧を振りかざし壁を破壊しようとしているが傷一つ入らない。全身の力が抜け座り込んでしまった悠奈に颯斗が話しかける。


「悠奈、怪我はないか?」


 壁の中へ魔物が入ってこれないと言っても壁の外には二十体程の魔物が魔力が切れるのを待っているのか威嚇いかくしながら闊歩かっぽしている。だが颯斗の表情は穏やかで余裕すら感じられる。


「遅いよ。私死んじゃうとこだったんだよ」


「ごめん。見つけるのに時間かかってさ。でも間に合ってよかったよ」


「でそちらの綺麗なお姉さんは誰なんですか?」


 サティナは颯斗達に近づき悠奈の顔と体を暫く見つめていたが何事もなかったかのように悠奈に話しかける。


「私はサティナ・ファルス。颯斗様を守護する者でございます。私の身も心も颯斗様の物」


 颯斗は急いで悠奈とサティナの間に入ったが颯斗を見る悠奈は笑っていたが目は冷たい感じがしていた。詳しい話を知らない悠奈が誤解するのは当然の結果で双方が持つ情報が何かをもたらす可能性があるだけに助けた人達からも情報を得ておきたい。だがその前に片付けておかなければいけないことある。


「あの邪魔な魔物達をお掃除してもよろしいでしょうか?」


 サティナは見た目こそ聖女のように可憐で美しいのだが敵を前にすると容赦が一切ない。二頭のウォーウルフを光魔法で仕留めるときも躊躇ちゅうちょなく急所を狙っていたし悠奈や戦っていた男の人をわざとギリギリで助けた。聖女というよりS女かもしれない。


【シャイニングアロー】


 空に巨大な魔法陣が映し出されると無数の光の矢が魔物へと降り注ぐ。味方であれば天から降り注ぐ救いの光であっても悪意を持つ者には死の雨でしかない。木の陰へ身を隠しても武器で防御しても防御結界を張ったとしても矢は止まることなく魔物の急所へ突き刺さり命を奪っていく。命を奪った矢は消えず空中に集まり矢先がグルグルと回っていたが突然制止すると全ての矢がある方向へ向かって飛んでいく。


「私のシャイニングアローはその場にいる敵を滅ぼすまで攻撃をやめることはない」


 サティナの言うように出現した矢は魔物に刺さろうと消えることも止まることもしなく人達を躱すように飛び魔物にあたっていた。


「なんで私の方に矢が向かってくるの?」


 矢は一直線に悠奈の方へ向かって飛んでいる。颯斗は助ける素振りすら見せずに静観している。先程までは助けようとしてくれて今は殺そうと迫ってくる光の矢を止めることすらしない。


「信じていたのにひどいよ」


 ログインしたての悠奈には矢を躱すだけの回避能力はない。例え躱したところで永遠に追ってくる矢から逃げることは不可能といえる。殺されることより颯斗に裏切られたことにショックを受ける悠奈だったのだがサティナが放ったシャイニングアローは向きを変えることも無く真直ぐに向かってくる。


 しかし悠奈が直撃すると思った寸前、向きを変え体を避け後方へと向かい飛んでいく。自分の後ろに誰が居たのか思い出すと慌てて振り返る。


「お姉ちゃん!」

 悠奈の姉に直撃したと思い振り返るとシャイニングアローは消えており姉も怪我をしたようには見えない。


「いったい何が起きたの? お姉ちゃん? 颯斗君?」


 悠奈の問いに颯斗は答えようせず姉をじっと見つめている。


「もう少しで光の矢が当たりそうになったけど大丈夫。何かの間違いだと思うから悠奈は気にしなくていいよ。颯斗君だったっけ? 誰だって失敗したりするものだし私は怒ったりしてないんだよ。だから仲直りしよ」


 そう言って悠奈の姉は颯斗へと近づいていくがすぐさまサティナが間に入る。


「それ以上近寄らないでくださる! 人間ではないですね? 何者ですの」


 攻撃態勢をとるサティナの前に両手を広げて悠奈が割って入る。姉に敵意をむき出しにするサティナを颯斗は止めようしないどころか姉が近づくと剣に手を添える颯斗を見て悲しく心が痛い。


「お姉ちゃんはお姉ちゃんだよ。酷いこと言わないで! なんで分かってくれないの? 私達は颯斗君の味方だよ。ねぇお姉ちゃん?」


 そう言って振り返る悠奈へ姉の手が伸びていく。胸の辺りまで伸びた手はゆっくりと悠奈の体の中へと吸い込まれて背中から突き出てきた。


「どうして?」


 姉は悠奈の胸を貫いたまま耳元で何か話しているが颯斗には聞こえない。だがサティナには聞こえているらしく怒りをあらわにした表情で姉を睨んでいる。


「本当はそこの小僧を丸め込む予定だったけど一人じゃないじゃない。話と違うし何故か正体ばれてるみたいだから予定変更。でも安心して悠奈は最初から殺す予定だったのよ。あなたの大好きなお姉ちゃんが寂しくないように。私って優しいでしょ?」


 話が終わると姉は腕を引き抜くと血の付いた指を舐めながら話しかける。その顔は返り血を浴び上気したようにも見える。


「私の名はブリカ。私と手を組まない。まだあいつは転移していないみたいだし。まぁ拒んでも私に逆らえないようにしちゃうしどちらでも良いんだけど」


 それを聞いたサティナが颯斗の前で跪くと冷静な口調で話し始める。先程より冷静に話しているが怒りが全身から溢れているような感じさえする。


「颯斗様にお願いがございます。あの女を殺しても宜しいでしょうか?」


「あなた・・・ NPC? 笑わせないでくれる。人形じゃ私に勝つなんて無理。どうせさっきの攻撃が一番強力なスキルなんでしょ?二人でかかってくれば少しは楽しめるかもしれないのに」


 自分を神だと主張する者は少なからず存在する。大抵の者が金や権力、力を手にした場合に錯覚するのだが悠奈の姉から感じる力は全く別次元の強さの様に感じるが以前ユリウスでのダンジョン攻略の時にも同じような力を持つ魔物と戦い勝利してきた颯斗にとって恐れるレベルではない。戦闘をサティナに任せ悠奈にまだ息があるなら治癒が間に合うかもしれないと考えサティナに戦闘を頼み颯斗は悠奈の回復に向かうことになる。


「言いたいことはそれだけですか?幾つか勘違いしていますので訂正を。貴女では颯斗様が剣を抜く相手として役不足です。私にすら勝てないのですから」


「そうなの?どうやって神に勝つのかな?」


 話し終わると同時にブリカはサティナとの間合いを詰め悠奈の時と同じように剣等の武器を使わず手刀をサティナの顔めがけて打ち込んできた。殺す気ならば胸や頭を貫くのが確実なのだが明らかにブリカの手刀は違う軌道を描いている。顔を狙い傷をつけようとしている。ただそれだけを目的とした攻撃。攻撃手段が体術のみでいうことからも推測できる。自分が格上だと思い油断し猫が鼠をいたぶって殺すようにサティナの顔を颯斗の前で切り刻み醜くして殺そうと思っているかのような振る舞いにサティナはブリカを軽蔑し憎悪の対象としてみている。


「醜い顔をさらしなさい」


 ブリカは自身の手刀がサティナの頬を切り裂いたと思ったのだが指先から皮膚が裂ける感触を全く感じなかった。それどころかサティナの姿が目の前から忽然と消えている。どんなに油断していたとしても神である自分が見失う訳がないという驕りがブリカに大きな代償を払わせることになった。


「どこだ! どこに隠れた?」


「神も驚いたりするんですね」


 耳元で聞こえてくるサティナの声にすぐさま反応し隠し持っていた小刀で切りかかる。しかしサティナの姿は消えていた。すぐに辺りを見回すがどこにも姿が見えない。


「飽きてしまいました。ちゃんと絶望した顔を見せてくださいね」


「その武器はいったい何なんだ?」


 神であるブリカには普通の武器で殺すどころか傷一つ付けられない。強力なスキルを持ち通常の武器では倒されないからこその油断と驕り。だがブリカが刹那に感じた感覚は初めて感じる死そのものだった。


「どうせ死ぬのだから教えても無意味でしょ?」


 ブリカはスキルを使いサティナを殺そうするが体が全く動かず全身から力が抜けていくように感じる。そして膝から崩れ落ちると激しい痛みが襲う。その痛みは魂が崩壊する痛み。その意味はブリカが一番分かっている。


「凄く痛いでしょ。貴女が悠奈という人間に与えた痛みと同じものなのよ。今すぐ殺してほしいでしょ?」


「お、お前は何者だ? 同族なのか?」


「先程もお話ししましたが良いお顔が見れましたのでお礼に一つだけお答えします。私は颯斗様に害なすのなら神であろうと殺します」


 徐々に魂が崩壊していくにつれ痛みも増していく。肉体が滅んだのち魂が消滅するのと違い生きたまま魂が崩壊する際には壮絶な痛みが完全に崩壊するときまで続き一瞬で崩壊することも無い。そして一度崩壊が始まれば確実に死ぬ。それは神でも例外ではない。サティナの視線の先では颯斗が懸命に回復スキルを使い悠奈を助けようとしている。颯斗の回復スキルで体の傷は完治しているが徐々に衰弱していくことを止めることができない。


「颯斗様、ご友人は魂にダメージを負ってしまいました。これ以上はどうすることも・・・」


 懸命に諦めず悠奈を助けようとする姿を見るのが辛くサティナは目を背ける。自分の命で助けられるものならと考えもしたがそれすら叶えられない。


「痛いよ。は、颯斗君ゲームだから痛くないって言ってたのに変だね」


 悠奈は胸を貫かれたとき血を流し今も痛いと言っている。ゲームの世界ならユリウスならば痛みを感じることは絶対にない。それは今起きていることが全て現実だという証拠。悠奈はログアウトするのではなく死ぬことを意味している。認めたくなかった現実世界だという事実を悠奈が死ぬという最悪の出来事で気がつくことになった。


「俺が巻き込んだのかもしれない。俺が声さえかけなければ良かったんだ」


 悠奈は痛みに耐えながら颯斗の頬に手を添える。激痛に顔をゆがめることも無く颯斗を見つめ優しく微笑みながら話しかける。


「颯斗君は悪くないよ。お姉ちゃんに誘われて始めたけど颯斗君と出会えて話が出来て楽しかった。もっと冒険してみたかったなぁ」


「何言ってるんだ! そんな死ぬみたいに言うなよ」


「何となく死ぬって分かっちゃうんだ。だから颯斗君最後は笑ってほしい」


 颯斗は心のどこかでゲームだからと思う気持ちがあった。体力が尽きなければ回復できる。多少のダメージは仕方ないと。ブリカの存在にサティナが気がつき大樹で悠奈と引き離し戦うべきだと助言してくれたのをキャラ属性の類だと思い込み最悪の事態を招いた。


「もうお別れの時間みたい」


 そう話す悠奈の体が足元から透けていっている。颯斗の頬に添えられた悠奈の手が力なく滑り落ちていく。体は腰の辺りまで完全に消えていて上半身はまだ透けていないが下半身と違い透けていくスピードが早く完全に消えるまで五分とかからないだろう。

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