第1話 現実と非現実の狭間
フレイシア王国 サヘルの街
現在ユリウス内には三十程の国が存在していてNPCが統治する国もあればプレイヤーが王として君臨する国もある。ここフレイシア王国はNPCが統治する国の一つで不可侵領域に指定されておりプレイヤーが統治する国と違い戦争が起きず出現する魔物も倒しやすい初心者向けの国になっている為か冒険者より商人や異世界生活を楽しみたいと市民として暮らすプレイヤーが拠点にする事が多い国として知られている。配信停止まで十日を切る頃には徐々に見かけるプレイヤーの人数も減っていきていた。
フレイシア王国の西部にあるサヘルの街は近隣の採掘場で採れる鉱石目当ての鍛冶師が多く住み日々
彼の名は
そんな颯斗が向かうのは商業区にある武具屋で武具の製作を依頼している。その依頼を受けたのがユリウス一の名工と呼声名高い
それ程に強力な武具なら誰も手に入れたいと考えるのだが鉄斎の武具に関しては他のクリエイターと違い難しい。ユリウスでは運営配布や魔物を倒しドロップするといった事は配信開始されてから一度も無い。武具やアイテムを手に入れる方法は主にNPC達が営む武器屋や道具屋で購入する。鉄斎の様なクリエイターに製作依頼する。自主製作の三つで盗む者も少数だが存在するが犯罪者として追われる事になりリスクが高い。武器屋や道具屋で購入する方法が一般的で誰もが購入可能だがクリエイターが作る武具やアイテムと比べれば遥に劣る。
そしてクリエイターが作る武具やアイテムは能力値も高く複数の特殊効果が付与されている物もあるのだが当然クリエイターの技能次第だからこそ鉄斎の様な一流の職人に依頼が集中する。
そんな鉄斎が製作する武具は他のクリエイターの物と違い製作しても依頼者は手にする事が難しい。その原因は鉄斎のサードスキル【キャパシティ】により武具が使用者と認めなければ武具本来の能力は消え光を失う。つまり武具に認められなければ鉄の棒や布の服といった初期装備と大差ない性能の高価な装備品となってしまう。認められた者は名声を手にでき認められなければ大金を失う。
ユリウスでは魔法や体術、剣術等が全てスキルと言われ基礎魔法等の誰もが修得できるレベルをファーストスキル。セカンドスキルからは全て固有スキルになっていて戦闘や修練等でセカンドスキルを昇華させるとサードスキルと呼ぶ。
サードスキルを修得した者はユリウス内でも少数と言われセカンドスキルですら無闇に明かしたりしないのが通常なのだが力に自信がある者は例外的に公開している者もいる。
そして最高位とされるフォーススキル。未だ誰も修得した者は存在しないと言われ一年前発見されたダンジョンに壁画として描かれていたが誰一人として修得者が居ない事もあり神の領域と言われ続けていた。
その鉄斎に依頼した武具を受け取りに行く颯斗は鉄斎製作の武具が所有者と認めた数少ないプレイヤーの一人で颯斗が偶然発見したダンジョンの最下層で見つけた鉱石と倒したレイドボスの外皮を持ち込んだ事で製作を請け負ったのだが製作に要した期間は一年を越えていたが今日完成したとメールが届いた。
鉄斎の店兼工房は見た目こそ初期設定のままだが工房へ全て割り振ったらしく武具製作に関しては最高にまでグレードアップしてある。店の造りから駆け出しクリエイターと間違われる事も多いが然程気にも留めてもいない。
商業区を真っ直ぐ突き当たりまで進むとNPC達の店が建ち並ぶ通りに辿り着く。商業区の入口から突き当たりまではクリエイターの工房が多く武具やアイテムを求める冒険者で賑わっていたが今では閑散としている。
颯斗の目的地でもある鉄斎の店はそんなNPC達の店に囲まれ外観も溶け込んでいるのだが店の看板等も無く店より民家にも見えなくもない。何度か通っている颯斗にしてみると繁盛し人で溢れかえる店より味があり落ち着ける数少ない場所の一つでもあった。
店に到着した颯斗が扉の前に立ち今日でこの店に来る事も無くなるのかと感傷に浸っていると店内から颯斗を呼ぶ男の声が聞こえてきた。
「突っ立ってないで早く店に入りな!」
野太い声に促され扉を開け店内に入る。オールオーダーメイドだからなのか陳列棚らしき場所にすら武具やアイテムは置かれておらず殺風景だが奥の扉の向こうにある工房から放たれる力の波動は鉄斎が製作する武具性能の凄さを物語っている。
奥の工房へと続く扉の前にカウンターがあり武具等の受け渡しを行う。何度か訪れた際にも鉄斎の姿は見えず必ず工房で武具作りに没頭していたのだが今日は何故かカウンターの側で椅子に座り訪れた颯斗をじっと見つめている。
「遅い!何をチンタラしてたんだ?」
店内に飾ってある時計を見るが約束していた時間より少し早く着いている。
「これでも急いで来たんだぞ。完成したんだって?」
普段は依頼した武具が完成したぐらいでは連絡してくることはほぼ無いと言っていい。今回は完成までに一年近くかかっているからか連絡してきたのかもしれないと思っていたのだが鉄斎の様子がいつもと違っており焦りに近い感じが伝わってくる。
「何、焦ってるんだよ? 何か問題でも起きたのか?」
「何もなければ待ったりせんわ!」
先ほどの連絡では完成した事ぐらいしか書いておらず訳が分からない颯斗は困惑するしかなかった。そして鉄斎の次の言動が更に謎を深めていく。
「まぁいい。それよりこれを見てみろ」
手渡されたのは鞘に入った小刀。ロゼリアという薔薇に似た花を彫り込んだ鞘に果物ナイフ程の小刀が収められている。手にすると伝わってくる力の波動は工房から伝わってくる波動に近い。
「抜いてみろ!」
鉄斎に促され小刀を鞘から抜くと半透明で青白く光る妖精の羽の様に綺麗な刀身が姿を現わす。感じる力は鉄斎に以前手渡された大剣の比では無く竹刀と日本刀程の差を感じる。
「やはりな!お前フォース持ちだな? 隠したい気持ちは分からんでもない。だがその小刀はフォース持ちでないと鞘から抜く事すらできん」
颯斗は鉄斎の言葉に驚きを隠せずにいた。未だ修得者は出現せず神のスキルとまで言われるフォーススキルを修得している事は颯斗本人だけが知る秘密だった。鉄斎の目は駆け引き適当に発したのでは無く確信を得ている目をしていた。
「何故そう思うんだ?」
「簡単な理由じゃよ。ワシもフォーススキルを修得したからじゃ」
鉄斎のサードスキルの話は以前聞いて知っている。フォーススキル修得が事実なら隠し通すのは不可能だろう。ジッと小刀を見つめる颯斗に呆れにも似た表情で溜息をつくと鉄斎は静かに話し始める。
「相変わらず分かり易い奴じゃな」
鉄斎は今まで見せた事のない様な優しい顔をしている。颯斗が視線を小刀から鉄斎に移すと少し慌てた素振りを見せたが咳払いをし話を続ける。
「鉱石と外皮から新たな武具を作ろうとしたが約一年加工すら出来ずにいたがワシは魂を乗せ日々一心不乱に大鎚を振り続けた。そして十日前いつもの様に大鎚を手にすると鉱石と外皮の加工法が見えたんじゃ」
鉄斎の話によると加工法が見えた後と前では技術に雲泥の差があるらしく持ち込んだ鉱石や外皮はフォーススキルがなければ加工すら出来ない物だった。鉄斎だからこそフォーススキルに辿り着いたのかもしれない。
そしてフォーススキルを使い作った試作品が手渡された小刀でサードスキル修得者に持たせてみたが鞘から抜く事も出来なかったようだ。
フォーススキルでのみ加工が出来る鉱石と外皮を使いフォーススキルにサードスキルを組み合わせ作った小刀はフォーススキル修得者だけが使う事を許された武具へ変化していた。現に颯斗と鉄斎は抜刀出来るのだから間違う事のない事実。
「確かに俺はフォーススキルを修得している。その外皮を持つ魔物は強くサードスキルを使用してもダメージを与えられなかった」
颯斗が攻略したダンジョンは地下五十層の中規模ダンジョンだったが一層から通常クエストのレイドボスクラスの魔物が闊歩し何度となく死線を越え経験を積み更に死線を越える。その度に颯斗は強さを増していった。だが五十層のレイドボスは別次元強さを誇りフォーススキルに目覚めなければ勝つ事は不可能と断言できる。
「もしかしてその小刀が頼んでいた武器なのか?」
「これは試作品じゃ。持ってくるから待っていろ」
鉄斎は工房へ姿を消し直ぐに一振りの剣を持ってきた。その剣は日本刀に似た形状で大太刀と言った感じだろうか。鉄斎が今まで作った武器は颯斗が背に背負う大剣の様な西洋剣ばかりで日本刀に似た形状の剣は見た事がない。
剣を受け取り手にすると剣自体が生きている様な不思議な感覚を感じる。力の波動も試作品の小刀とは桁違いなのだが靄に包まれている様な感覚を拭えない。
「力の波動とも違う感じがせんかったか?この剣はまだ覚醒しておらん。簡単に言えば眠っておるのだ」
覚醒する剣とは鉄斎らしい一振りだが覚醒条件は鉄斎にも分からないらしく謎のままだが未覚醒のままでも最強の剣と言っても差し支えない程の剣だろう。
「一つ聞きたいんだが以前言っておった建国ってのはどうなったんじゃ?メンバーは集まったのか?」
「聞いて驚くなよ。まさに今日一人目の仲間が出来たんだ!」
「まだ一人しかいないことにワシは驚いておるがな」
「一人って言ってもその子のお姉さんも参加してくれるかもしれないし二歩ぐらい前進したんだぜ」
「今の言い方から察するに女か?」
鉄斎の表情が先程までと一変している。何か気に障ることを言ったのだろうかと考えてみるが颯斗には全く心当たりがない。あたふたする颯斗を見て鉄斎は半分呆れたような表情で溜息をつき颯斗に聞こえるか聞こえないかの小声で呟く。
「闘技場でギースの奴でもぶっ倒せば仲間ぐらいすぐに見つかるだろうし。参加して・・・」
「んっ? 何か言ったか?」
颯斗は鉄斎と出会った当時から他国に侵略されても対処出来るだけの強さを手に入れる事が出来たら建国したいと話していた。鉄斎からしてみれば自分が作る武具の所有者にもなれる程の強さを有していて王として君臨するプレイヤー達と遜色ないとみていた。
ユリウスでの建国の条件は参加人数八人以上という一点のみ。現在プレイヤーが統治する国の大多数は大小様々なギルドが運営している。
ギルドの上位者が王や主要な役職に就く。全体的に強さのバランスが取れている事もあり侵略される事も少なく侵略されたとしても滅ぼされる可能性は少ない。それ程ギルドへの参加は有利なのだが古参のギルド参加者が多ければ多いだけ問題も山積している。
颯斗は国を守る力を手に入れ信頼できる仲間と建国したいと思い今日まで研鑽の日々を送ってきた。だが強さを見せつける事を嫌い決闘を申し込まれても断り続けていた颯斗に信頼できる仲間が集まる筈もなく揶揄された呼名だけが颯斗と時を共にしている。現時点での状況を踏まえると建国の条件を満たす事は限りなくゼロと言っていいだろう。
状況が厳しそうならば鉄斎は参加しても良いと考えていた。颯斗の話から現状の厳しさは理解したが悠奈の話を聞き参加しても良いと話すことを躊躇(ちゅうちょ)してしまった。
「ワシも今日でユリウスを去る。未知の鉱石も発見されなさそうだしな。颯斗が持ち込んだ鉱石と外皮が余ったのでな建国祝いにと作った武器を前渡しする」
そう言うと鉄斎は工房から収納用のマジックボックスを運んで来ると颯斗の前に置き話を続ける。
「この中には仲間に渡す武器が九種と颯斗の装備品が入っているんだが仲間が揃うまでボックスを開かないで欲しい。使われないならそっと眠らせておいて欲しいんだ」
マジックボックスを触りながら見つめる目は何処か哀しげで優しい感じがした。
「ここで油を売ってる暇などないじゃろ!さっさと仲間探しに行かんかい!」
そう捲したてる鉄斎に別れを告げマジックボックスをセカンドスキル【収納】で作り出した空間に入れる。収納で作り出した空間には無限に貯蔵でき出し入れも自由で使い勝手が良い。セカンドスキルと言っても収納の様に使える者が複数いる場合もあるのだが収納数や条件等に違いがあり同じスキルと言えない程の差があったりもする。
鉄斎の店を出て最初に受け取った剣の試し斬りをする為にダンジョンに向かう事した颯斗はサヘルの街を出ると南にある森に向かう。鉄斎の店では鞘から抜く間も無くあっという間に追い出された。いつもの鉄斎と少し違っていたが今となっては理由を聞く事すら出来ない。
森の中に入ると索敵スキルで周りに誰も居ないか確認すると剣を手に取り目の前に持ち上げゆっくりと鞘から剣を抜く。
刀身は試作品の小刀同様に青白い光を放ち妖精の羽の様に透き通り美しい。その反面伝わる力の波動は凄まじい。それと同時に感じるイメージは虚空。果てしなく広がる無の世界に力だけが渦巻いている。
覚醒する事で変化をもたらすとしても現時点ではその術を知らない。だが漠然としたイメージの先に何か見えつつある気がしていた。
剣を鞘に納めダンジョンへ転移しようした時、メニューウィンドウにメールアイコンが表示されている事に気がつく。颯斗に連絡を取れるのは鉄斎のみで親しい知り合いは居ない。運営からの可能性も考えられるが配信停止の告知が唯一のメールだった事を踏まえると限りなくゼロに近い。
鉄斎が何か言い忘れたのかと思いながらメニューウィンドウにある点滅するメールを開くと突然世界が闇に包まれる。メニューウィンドウも消えておりバグかと思いログアウトを試みるがまるで反応がない。
何かトラブルでログアウトできなかったとしても現実世界には親も居る。目を覚まさなければ強制ログアウトさせるだろう。転移スキルや通信スキルを使ってみたがスキル自体キャンセルされている様で反応がまるでない。
突如暗闇に文字が浮かび上がる。颯斗が読み終わると炎を纏い燃えて消える。そして新しい文字が浮かび上がる。
「汝に問う。新たな世界へ進み闇を打ち払い全ての者に秩序と安寧を与え世界を真に進むべき道へと導くことができるのか?」
これまでユリウスではイベント等の告知も一切行われなかった。配信停止一週間前に突然イベントの告知が来た事に戸惑いながらも颯斗が目指す建国と言う目標を達成する最後のチャンスだという気持ちが優ってしまう。
「出来る」
「ならば光の先に進むのだ」
文字が燃え尽きると暗闇に眩い光を放つ穴が現れた。目を開けたまま進む事は困難な程の光を放っている。目を閉じ光へ真っ直ぐ進んで行くと体が軽く浮遊感が全身を覆い意識が少しずつ薄れていく。その時、耳元で優しく語りかける声が聞こえてきた。
「貴方が望む願いを一つだけ叶えましょう。願いを込めて光を掴むのです」
薄れ行く意識の中、瞼越しに感じる光を目一杯腕を伸ばし掴むと脳裏に八人の姿が浮かび上がる。
「この八人は貴方の力を受け継ぎ貴方と共に成長する者達です。ステータス初期値は貴方の七十五パーセントになっています。貴方に幸運があらんことを」
ユリウスにガチャが実装された話は聞いた事がないが初期値は優秀。しかし八人の姿は霧の中にいる様ではっきりと見えなかった。NPCと言っても大切な仲間達に変わりはない。鉄斎から託された武器を装備させられるか胸躍らせながら意識は消えていった。
何時間の様にも感じれば数秒にも感じる眠りから目を覚ますと宿屋とも違う見覚えが全くない部屋のベッドの上にいた。大きな扉窓からは心地良い風が部屋に入り込み純白のカーテンが揺れている。部屋の豪華で洗練された内装から貴族の寝室にも見える。時間の経過を調べる為、メニューウィンドウを開こうとするが反応どころかメニューすら表示されない。ベッドから起き上がり扉窓へ足を運ぶと広いバルコニーが見える。
扉窓からバルコニーに出ると広大な森と村らしき集落が見え水平線からは太陽が昇ってくる。颯斗が知るユリウスとは何かが違う。
暗闇で見た新しい世界へと書かれた文字やその後の事を思い出し考えてみればユリウスとは違う世界だと想像できる。ログアウトや運営への連絡と色々と試してみたが想像通り一つとして反応はなかった。
可能性として考えられる事が一つ有るが現実的ではないのだが頭から離れず全ての考えがそこに辿り着いてしまう。
異世界転移。小説やアニメの中でなく現実世界でならば俄かには信じられない。考えが纏まらないまま部屋に戻ろうとした時、扉窓に映る自分の姿を見て颯斗は驚愕する。
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