第13話 ブレイクタイム―氏神 忍 ・ 浅海 卓志 ・ 神原 知也編―

氏神ウジガミ シノブ編―


 疑似体験とはいえ、私は初めて死を経験した。私と今まで関わってきて死んだ人間もこの痛みと苦しみを味わったのだろうか。


 ここでは、三回死ねば現実世界でも死ねる。後、二回。後二回死ねれば、私も同胞のところに逝けるのだろうか。


 私が死神を呼ばれるようになってからは、誰も私の本名を呼んでくれなくなった。少し物寂しいがそれも仕方あるまい。死神も氏神も大して変わりないというのは皮肉なことだ。


「あ、えっと。氏神さんでしたよね? 名前」


 この子は確か、吉行 ユリ。デスゲーム初心者だ。可哀相に。彼女も私と関わってしまったことで死ぬ運命にあるのだ。それにしても私の本名を呼んでくれたのかこの子は。優しいな。


「あの……助けてくれてありがとうございます」


 助ける? ああ、この子は犠牲者の最有力候補に上げられていたな。それで私が助けたと思ったのか。私はただ死にたかっただけなのに。


 だけれど、久しく「ありがとう」などと言われてなかったな。悪くない気分だ。


「…………」


 緊張で声が出ない。私は人と接することを恐れている。どうせ、私と関わるとデスゲームに巻き込まれて命を落とす。仲良くなればなるだけ辛い現実が待っているんだ。


「あはは。無口な人ですね。とにかく、お礼は伝えたんで、私の気持ちだけでも受け取ってください。それじゃあ、私はタクちゃんのところに行くんで」


 吉行 ユリ。彼女には生き残ってもらいたいものだ。そう願うのは何年ぶりだろう……



浅海アサミ 卓志タクシ視点―


 また俺はいつものようにデスゲームに巻き込まれてしまった。俺だけだったら別に心配する必要はない。俺は生き残れる。救世主の神原や死神がいようが関係ない。俺は実力で生き残ってみせる。


 けれど、俺の幼馴染、吉行 ユリがいるなら話は別だ。他の誰は死んだっていい。ユリさえ死ななければそれでいい。俺はユリのためだったら今この場にいるメンバーを誰を犠牲にしても構わないと思っている。


 しかし、その思考ではダメだ。ユリは、とても優しくて清楚で可憐な女の子だ。もし、俺がそんな考えをしているとわかっていたら嫌われてしまうであろう。きちんと全員で生き残ろうとする。他の仲間も適度に助ける。そういうポーズをすれば必然的にユリの中での俺の好感度は上がるはずだ。


 ユリがデスゲームに巻き込まれてしまったのは不幸なことであったが、俺と一緒なのが幸いなことだ。俺はこのデスゲームを利用して、ユリに好かれる。そう決めた。


 いざという時頼りになる男。生命の危機に晒された時に守ってくれる男。そういう男に女は惹かれるものだ。だから、俺はこのデスゲームを常に余裕でクリアしなければならない。無様に情けなくギリギリで生き残る。そんな程度じゃダメなんだ。


 俺は幼馴染というアドバンテージを活かして、ユリとより親密な関係になるつもりだった。だが、思わぬ伏兵がいた。男性陣の中に警戒すべき人物がいた。それが神原と死神の二人だ。


 ユリはオタクが嫌いだから和泉は論外。宮下も男か女か分からないやつはユリは好きではないだろう。御岳は歳が離れている。加賀美は好感度は地の底に落ちているだろうし、聖武は見るからにして頼りなさそうで情けないやつだ。こいつらは最初から眼中にない。


 問題なのは、犠牲者を選ぶ試練で全員が助かる道を模索しようとしていた神原と、実際に犠牲になってユリを守る形になった死神だ。


 神原の思考はいかにもユリの好みに合いそうだ。全員が助かる道を探す。犠牲者を出すつもりはない。そのために全力を尽くす。事実、やつは扉に弾丸を撃ち込むという惜しいところまで回答を見出していた。


 そして、その回答を出せるのはメタモル・フォーゼで銃弾を作り出せる俺だけだということもユリは気づいている可能性がある。唯一、俺だけが全員助かる道を提示できたのに俺はユリを守るために必死でその考えに頭が至らなかった。これは大きなマイナス点だ。反省しなければならない。


 次に死神だ。やつがどうして自らを犠牲にしたのか真意は不明だ。しかし、実際ユリが犠牲者に選ばれそうになった時に、犠牲役を買って出たのはやつだ。ユリのためなら命を投げ出せる覚悟があると思われても仕方ないだろう。もし、そのことがきっかけでユリが死神に好意を持ったら……考えたくないな。


「あのタクちゃん……」


 休憩部屋で壁に、もたれ掛かっている俺に、ユリが俺に話しかけてきた。


「その、私が言うのも難だけど気に病まなくていいからね。私だって、気づけたチャンスがあったのに全く考えに至らなかったし。タクちゃんの責任じゃないよ」


「そうか。ユリも俺のスキルで突破できることに気づいていたんだな。ありがとう。そう言ってもらえると少しは気が楽になる」


 ユリ……なんて優しい女の子なんだ。俺が落ち込んでいると察知して励ましてくれたんだ。好き。愛してる。


 いやいや、ユリにこんなに気を遣われていたらダメだな。俺がもっとしっかりしないと。ユリを守れる男になるんだ。




神原カンバラ 知也トモヤ視点―


 休憩時間か。しかし、僕にとっては休んでいる暇はない。少しでもみんなに関するスキルの情報を集めなければ。


 僕がタブレットで確認したスキルはこれだ。


 『ザ・シーフ』

 怪盗のように他人の能力を一時的に盗むことが出来る。ただし能力を盗む時は自分が相手の能力の詳細を全て知っている必要がある。盗まれている間、相手は能力を使えない。


 やれやれ。調和を重んじる僕に他人のものを盗むスキルを与えられるなんて、皮肉なものだ。僕がこのスキルを持っているのはバレてはいけない。なぜなら、自分のスキルを奪われる可能性がある人間だと認識されたら僕への信頼が損なわれるからだ。バレない内に盗み、バレない内に返す。これをやらなければ僕は糾弾されて、最悪排除ころされてしまうだろう。


 このスキルの使い方は段々とわかってきた。まず第一の例。相手から直接情報を聞けばもちろん成立する。


 この例で宮下ちゃんのスキル リヴァイヴを得ることができた。これで僕は宮下ちゃんからスキルを借りればライフが一になったとしても二に回復することが可能になった。そして、そのことはこのパット端末に記録されている。


『リヴァイブ』

 最大ライフが2になる代わりに毎日0時と12時と18時になるとライフが1回復する。


 宮下ちゃんの言っていることは真実だった。だから、僕はこのスキルを扱えるようになった。逆を言い返せば相手が虚偽のスキルを言ったら、僕にはそれがわかるということだ。正しい情報出なければ僕がスキルを使えるようにならないのだから。


 そして、もう一つ。盗めるスキルが解放される条件がある。それは予測を立てて正解すること。これで僕は名取君のスキルを得ることができた。尤もこのスキルはもう使えないものだけどね。


『ツインズ』

 ゲーム開始時、ライフ6でスタートする。


 発動条件がゲーム開始時の時点で、既にタイミングは過ぎている。僕がこれを仮に盗んだとしても、僕のライフが増えるということはないだろう。ハッキリ言って名取君のスキルは僕にとっては役に立たない。


 予測を立ててそれに正解する。それは、どうやら部分点も与えられるようだ。なぜなら浅海ちゃんのスキルは今こういう表示になっているからだ。


『???』

 触れた物体に……――


 どうやらスキル発動条件だけ正解したからそれが表示されたのだろう。完全一致させることができれば、スキル名も表示されて盗むことが可能になる。


 ただ、触れたもの”に”とはなんだろう。僕が予測立てたのは触れたもの"を"複製するスキルだった。この助詞の使い方にもヒントは隠されていそうだ。


 ちなみになぜこの予測を立てることができたのか。それは、最初の試練の時だ。彼が僕が見つけたカギをわざわざ、取ったからだ。もし、対象に触れずに複製に近いことができるのであれば、カギを取る必要がない。僕が持っていたカギを奪ったのは、触れるためだったのだろう。これくらいの予測は簡単につく。


 ついでに言うとユリ君のスキルもある程度検討はついている。彼女も物体に触れることで発動するようだ。


『???』

 触れた物体の……――


 今度の助詞は"の"だ。同じ発動条件でもその後に続く能力で助詞が変わる。謎解きみたいで面白いな。


 ユリ君の異変に気付いたのはパズルの試練の時だった。ユリ君はまるで配置がわかっているかのようにパズルを嵌めた。もし、パズルが最初から得意だったならさっさと申し出れば良かったのだ。だけど、ユリ君はそうしなかった。しなかったのではなく、できなかったと考えるのが自然だろう。


 だけど、ユリ君はパズルの最後のピースを見つけた時、即ち"触った"時から解答を見出した。これはスキルの発動条件を満たしたとみて間違いないだろう。


 僕はそう仮説を立てたお陰で部分点を得ることができた。後は、なんでパズルのピースを嵌めることができたのかを推測するだけだ。


 ユリ君はまだデスゲームに慣れてないみたいだし、少し突っつけば重要なことをポロっと吐いてくれるかもしれない。


 浅海ちゃんとユリ君が話をしている。少し話しかけてみるか。


「ちょっといいかな?」


「何の用だ? 神原。用事なら俺が聞くぞ」


 げ、浅海ちゃんか。彼は警戒心が強いし、中々口を割らないだろうな。突っつくことで逆に怪しまれてしまうだろうし。


「あ、いや。大したことないよ。次のゲームまであんまり気を張らずにゆっくり休もうねって伝えたかったんだ」


 ここは誤魔化そう。浅海ちゃんといる時だとユリ君に話しかけられない。


「タクちゃん。神原さん。私、女子部屋に行きますね」


 そう言うとユリ君は女子部屋のある扉に入っていった。ああ、行ってしまった。


「神原……お前まさかユリを狙っているな!」


 バ、バレた。い、いやそんなこと。彼女のスキルを狙っているだなんて、僕のスキルを知っていなきゃ出ない発言だ。いや、ハッタリか? まだバレてない前提でいくか。


「ははは。まさかー。そんなわけないよ」


「本当か? 本当にユリを狙ってないんだな!」


 浅海ちゃんが僕に詰め寄る。な、なんだこの必死さは。


「ユリはとても可愛い。狙う男は星の数ほどいる。お前もその内の一人なんだろ!」


 急になに言い出すのこの人! そういう意味での狙ってるだったの!?


「あー。だ、大丈夫。僕の好みはもっとバインバインなタイプだから」


「そうか。それなら安心した」


 それで安心されるユリ君が気の毒だよ。

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