第9話 世界の大富豪『最強破壊神、慈善家と勘違いされる』
ジェシー・イーグルスの私設セキュリティ・チーム、通称『殲滅野郎・アルファチーム』のリーダー・アルファ・エーズは困惑していた。
なにかわからないが、目の前のシヴァルツと名乗った男・・・というか異形の姿・六本の腕を持った3メートルはあろう怪物が発したおぞましい暗闇が彼らを包み込んだ途端に、
アルファの身をとてつもない恐怖が身を覆ったのだ。歴戦の英雄であるアルファは並大抵のことでは怯えたりしない。それだけの戦場経験があるからだ。
どんな戦場でも臆することはなかった。恐怖とは自身の精神が生み出した幻想に過ぎないと思っていた。
だが、これは違う。
そういったたぐいのものではなく、純粋な本能に訴えかけられる恐怖―。
人間も獣の一種だとまざまざと感じられる、そんな感情だった。
暗黒・・・その闇のオーラが彼らを絶望で包み込んだのだ。そして、意思の弱きものは意識を失った―。
幸いなのか、それとも不幸なのか、アルファ・エーズは、意識を失わなかった。
彼のチームの他のメンバー、ブラボー・ブラーヴォも、チャーリー・チャイロも、デルタ・データも、エコー・エコノミックも、ジェシーの秘書セクレターゼ・タリーナも意識を失って、その場に倒れ込んでいた。
立っていたのは、アルファとジェシーだけだった。
「さて、さきほど言ったとおりだ。お金を用意するが良い。二度は言わぬぞ?」
「アイム・ソーリー。私の子飼いのセキュリティ・チームが勝手な行動をしたことを謝りますわ。まあ、私は最初から抵抗する気はなかったんですけどね。
どうやら秘書が誤解しちゃったようで本当にごめんなさい。」
そう、ジェシーは告げた。
「な!? ジェシー様! 強盗に屈するというのですか!?」
「おだまり!! あなた達が敵う相手じゃないことは今ので十分に理解したはずよ!」
「ぐ・・・ぐぅ・・・。そ、それは、・・・わかりました。」
「それにさっきも私は『バンク・オブ・アメージングリッチ』の頭取・ダイスキーノ・マネーゲへ連絡しようとしていたのよ。それをあの子・セクレターゼが勘違いしちゃったってわけ・・・。だから、アルファ。あなたも抵抗は無用ですわよ。」
「イエッサー!」
そして、ジェシーはすぐさま、スマホでマネーゲ頭取に連絡をした。
「あ、ジェシーです。マネーゲ頭取につないでちょうだい。」
「ええ、そうよ。今すぐね。」
ジェシーが頭取に連絡をしている間に、ラスマーキンがシヴァルツに囁いてきた。
「さすがは、シヴァルツ様。戦わずして、相手の戦意・心を破壊するとは・・・。破壊神様はやはり最強ですな。」
「なんの。大魔王たるお主も闇のオーラの発動は可能であろう? 妙なお世辞はいらんぞ?」
「いやいや、我の闇のオーラは、勇者どもにつゆほども効きませんでした。破壊神様は結界封印さえなければ、勇者どもに遅れは取らなかったと確信しておりますぞ。」
「ふむ。まあ、それはそうじゃな。わっはっは。」
とまあ、お互いを褒め合い、浮かれ話をしていた二人であったー。
「えっと、シヴァ様と、ラスマー様でしたね。マネーゲ頭取に今、連絡しましたの・・・。
『バンク・オブ・アメージング(BOA)銀行』のシリコン・マイン支店に、1ビリオンダラー(10億円)用意させましたわ。
30分後に取りに行けばよろしくてよ。」
「ほう。よかろう。では待つとしよう。」
「待ってる間、ちょっとお聞きしてもいいかしら?」
「ふむ、よいぞ。許す。」
「その見事な六本の腕は、今、自由自在に動いている様子ですが、本物・・・でしょうか?」
「ん? ああ、当然であろう。偽物の腕・・・なんて逆にこの世界にはあるのか?」
そう吾輩が答えるか否かの間に、また、この坊主頭の女がペタペタペタと我輩の六本の腕にひとつひとつ、ぞわぞわ撫で回していた。
「ワオ!ワンダフル!ユア・マッスル・イズ・ビューリフォー!!うーーん、最高!最高!素晴らしいわ!!」
「ええーーい!うっとおしいぞ!このアマ!!離れろ!!」
「ああ、わかりました。えっと、シヴァ様が破壊神で、ラスマー様が大魔王と名乗られておりましたが、それは、えっとどのように解すればよろしいのでしょうか?」
「それは我が答えるとしよう。我とシヴァルツ様はこの世界とは別の世界から来たのだ。まあ、なぜかは我らもわからぬ。が、この世界で新しい目的ができた。
ゆえに、お主の元へ参ったのだ。お主がこの世界の富める者の代表であることはわかっておる。我らはお主の持つ富を、貧しき者らに分け与えんがためやってきたのだ。」
「なんと! 慈善家でありましたのね。美しい・・・。その心、ビューリフォー。やはり、私の目に狂いはなかった。」
「ふむ。貴様は善なる魂の色をしておるな? 吾輩がいた世界では、富める者とはみな一様に汚れた魂を持っておったがの。この世界では違うらしいな。」
「本当にそれでございますな。我を見ても侮蔑の気配が感じられぬ。あの魔族を軽蔑する眼をこやつはせん・・・。」
我輩達がいた元の世界では魔族と人間は互いに憎み争ってはいた、が、魔族が悪とも言い切れぬところはあったのだ。
それはお互いの生存競争だったに過ぎなかったのだ。
その後、ジェシーのお抱え運転手・クール・マドライヴの運転で町の銀行とやらの支店へ向かうことになった。
ゆえに、吾輩も第1形態に戻り、人間型になっていた。
この鉄の塊は自動で動くゴーレムのようなもので、車というらしい。道具であり、生物ではない。だが、操る魔道士のような存在が居なくては動かないらしい。
一応、アルファも護衛でついてくる。まあ、すでに護衛の意味もないが・・・。
バンク・オブ・アメージングリッチ銀行のシリコン・マイン支店の前についた。
「つきましたぜ。ジェシー様。」
そう、マドライヴが言うが早いか、ドアが開かれ、ジェシーとアルファが降りた。
吾輩とラスマーキンが降りようとしたその時、ラスマーキンがマドライヴに向かってこう囁いた。
「んん・・・マドライヴ・・・だったか? やめとくが賢明であるぞ。それは、我には通用しない。もちろん、シヴァルツ様には言わずもがなってことだがな。」
どうやら、この運転手が何やら、小さな鉄の筒を持っていたのを、ラスマーキンが手をかざして話しかけた・・・という状況らしい。
「くっ・・・ジェシー様に危害はくわえさせられない!!」
「はっ!! クール! やめなさい!」
マドライヴがやろうとしていることに気がついて、ジェシーが止めた。
「やめろ! マドライヴ!! 我らが『殲滅野郎・アルファチーム』でさえ、まったく敵わなかったんだ。そんな銃一丁で何もできないぞ。」
「わ・・・わかりました。」
「ふむ、お前のその気概は悪くない・・・。気に入ったぞ。マドライヴとやら。大魔王の前でそのように覇気を失わない人間は・・・勇者くらいであるからな。」
「く・・・無念・・・。」
ラスマーキン・・・さすがは、人間と幾千年も戦ってきただけのことはあるな。人間の殺気に敏感だ。
吾輩は、まあ、そんなこと気にしたこともないからな。歯向かうものは・・・滅するだけだからな。いたって単純明快だ。いや、単純なる冥界送りってところか。
そして、吾輩とラスマーキンも車から降りて、銀行の支店へ入っていくのであった。
「いらっしゃいませ。ジェシー様。いつもお世話になってございます。」
そう言って我輩達を出迎えたのは、黒い服が颯爽とした姿の髭が似合う初老の男であった。
やつが、この銀行の支店とやらの一番偉い者らしいことは、その立ち居振る舞いでわかった。
客を迎えるのに、自らが率先して一番に外に出て迎える・・・これはなかなか商人としての器がでかいと言えるな。
我輩達の元いた世界での商人はそのほとんどが偉そうにふんぞり返っていたものだが、中には自ら動くことができる者がおったわ。
むかしむかしに、吾輩の封印されし洞窟に、自ら訪ねてきた酔狂な商人がおったな・・・
名をマーチャン・ビンワンと言ったかな、あやつには吾輩のパワーの一部を使える『破壊の石』をくれてやったわ。
あれで、大儲けしたと後から信仰してきおったな。なつかしい。あやつに匹敵する商人はそうはおるまいな・・・。
そんなことを思いながら、目の前でジェシーと吾輩達を歓迎している初老の男を見ていたシヴァルツであった・・・。
~続く~
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