第13話12.厄介な事態 2

 ゴシック・シテイの中心部、行政区には市庁舎や議会、警察本部等、市の中枢たる施設が集中している。

 まるで大昔の宗教的建造物を彷彿とさせる尖塔が林立しているその建物群の内部は、見かけよりもずっと堅固で極めて合理的な構造になっている。無論セキュリティも最高レベルだ。だが意外に古典的な部分もあって、最新技術で組み上がった牙城の麓には、目立たぬように出入りできるゲートが幾つか存在していた。

 ごく一部の者しか知らない、注意深くしていてもなかなかそうは見えない入口からユーフェミアが市庁舎に入ったのは昼過ぎの事だった。

 無論目立たぬのは入口の構造だけで、一歩中に入れば幾通りもの認証コードを入力せねば、先へ進めぬシステムになっている。

 ——やれやれ お昼抜きの身には長い道のりだわ。なんでこう、わかりにくく造ってあるのかしら、ここはさぁ。

 父の民族の資料を紐解くと、その昔、遥かな国の都会ではリョウテイと言う遊興を提供する施設があり、建物の構造をわざと分かりにくくして、客に浮世を忘れさせると言う効果を狙っていたらしい。まさか、それを模倣した訳でもあるまいが。

 最初のブロックを抜けると知っている女性事務官が待っていた。姉の側近中の側近である。その女性に案内されて、市長の仕事場に進んでゆく。

 広いフロアの最奥、視聴執務室の中央に姉はいた。

「よく来たわね。ミア、忙しいでしょうに、呼びだしてごめんなさい」

 かなり歩かされてやっとここまで辿りついたユーフェミアは、姉に勧められるままにどっしりとした長椅子の端にちんと腰を下ろした。姉は目の前の電子パネルを見をあげない。美しい指先がせわしなくその上をなぞっていた。

「ごめんなさい。もう少しで終わるから、待っていてね」

 誰かが急に入ってきても、市長の妹だと話からぬように地味なスーツに職員証を付け、髪も結いあげてなんちゃって公務員の顔を作っている。元々似ていないのだから、知らない人には普通にしていても姉妹だとは気付かれない。

 ーーあ~あ……

 ユーフェミアはこっそり溜息をついた。ここに入るのは久しぶりだった。なるべくきれいな姿勢で座るように気を付ける。不本意そうな顔をしていないだろうか? ユーフェミアは出来るだけ真面目な顔を作った

 ゼライドの家を出て二時間後の事である。


 彼の家のキッチンで端末の呼び出し音が響いた時、ユーフェミアはものすごい勢いで身を引いた。

 いつの間にか鼻が擦り寄らんばかりに近づいていたのだ。慌てて腕の端末に飛びつくと、姉からの直通だった。彼女がこんな時間に連絡してくる事は滅多にないことだ。無論ゼライドも弾かれたように跳び退すさっていた。おまけにその直後、彼の端末にも連絡が入って、ゼルは無言で部屋を出て言ってしまったから、ユーフェミアは久しぶりの姉からの連絡を、あまり親しくない他人の台所で一人で受ける事になったのだ。


 と言う訳で―

「久しぶりね」

 市長自ら飲み物を淹れてくれる。それはコーヒーではなく、明るい緑色のギョクロと言うお茶の一種だ。

「いいえ。 私こそマメに連絡しなくてごめんなさい」

 自分ではなかなか上手に淹れられないそれを、ユーフェミアは美味しそうに口にした。部屋の内装は落ち着いた雰囲気の中にどこか異国情緒も伺える凝ったしつらいのものである。いうまでもなくエリカの趣味だ。

「まぁ、あなたそれ……怪我?」

 エリカはユーフェミアの手首に巻かれたバンテージに気が付き、口元を歪めた。

「え? ああコレ? 全然何でもないのよ。折れたのでも傷でもなくて、ちょっと打ち身なの。手当てしてくれた人が大げさだったのよ。それより、姉さん。連絡貰った時は本当に驚いたわ。急にどうしたの? ずっと忙しいって聞いていたから」

 ユーフェミアはひらひらと手を振って見せ、慌てて話題を変えた。

「忙しいのは確かだけど、市長にだって休憩時間くらいあるわよ」

「その貴重なお休み時間を私なんかのために使っていいの?」

「いいんです」

 ユーフェミアの異母姉エリカ・サイオンジは、磨かれた大きな執務机から立ち上がると頭を下げた。

 姉のこう言う潔さは父親譲りだとユーフェミアは思う。彼女が父親から譲り受けたものはしかし、それだけではない。ユーフェミアが密かに憧れている艶ややかな黒髪や、落ち着いた深い色の瞳は、エリカを否応なく落ち着いた仕事のできる大人の女性に見せていた。無論見かけだけでなく、実際エリカは有能極まりない女である。姉妹はどちらも美しかったが、父親が同じだと言うだけで全く似ていなかった。

 彼女達の父親はジャポネーゼと呼ばれる黒髪の民族の出身だった。

 この世界では少数派だが、長い間に混血がすすんだ今でも、黒髪とアーモンド形の黒い瞳を持ち、キメの細かい象牙色の肌の人々は総称してジャポネーゼと呼ばれている。同じ父親を持つのにユーフェミアは母親似で、姉との唯一の共通点と言えば肌の白さだけなのだ。エリカの母は彼女が学生の時に亡くなり、ユーフェミアは父の後妻の子である。父も先年亡くなってしまい、エリカの身内は義母を除くと、ユーフェミアだけなのだ。

「あなたが心配なのよ。ミアに何かあればお義母さんに申し訳ないし」

「あの人は心配なんかしないわ。そういうタイプの人じゃないってことは、姉さんだって知っているじゃない。今頃どこかの空の下で優雅に煙草でも吸っているわよ」

 ユーフェミアは自分の母親を陽気にこき下ろした。彼女の母は、父の残した遺産で悠々自適な旅暮らしなのである。

「そうね……でも急に呼びだしたのは悪かったわ。それと仕事を休ませてしまってごめんなさい。所長と研究室には謝罪のメッセージを送っておいたけど」

「それはいいの。姉さんと血縁なのは上司しか知らないけれど、同僚は皆私の事、|縁故(えんこ)就職だと思っているし――実際そうなんだけど――だから意地悪な人には腰かけ仕事だって思われてるの。でも、仕事は本気でがんばろうって思ってるのよ。夜光花の開花も観察できたし、これからはもっと本格的に無毒化を進める交配実験を……」

「いい心掛けよ。でも……今朝、メイヨーさんから報告が来たわ」

 態度を変える訳でもなく、やんわりとユーフェミアの話を遮り、エリカはデスクではなく、壁に取り付けてある大きな端末を開いた。途端にユーフェミアの胃の辺りがおかしくなる。

「メイヨーさんが? ……なななんて?」

「あなた、その夜光花の開花の前後、三日も家に帰らなかったのですってね。しかも、最終日は研究所に泊りにしていたのに、深夜車で帰宅という急な予定変更。ちゃんと記録に残っているわ。なのに部屋には戻ったのは次の日の朝遅く」

「……」

「何かあったのね」

「……少しだけ」

 ユーフェミアは姉の鋭い視線から目をそらせて言った。

「そ? ならその少しのことを、私に全て話しなさい。ウソをついても駄目よ。あなたはすぐに顔に出るから」

 エリカは美しい面立ちを厳しくして妹に言った。

 ——姉さん、怒ってる……

 さっきゼライドの家で食べたパンやスープが、ユーフェミアの胃の中でさざ波を立てている。襲われた翌日、警察官のウェイに話を聞いてもらった次の日からゼライドの家に通い詰め、そこから直接に研究所に出勤していたので彼女なりにかなり忙しくしていた。

 つまり、それを口実に、姉に乱暴されそうになった事を連絡することを延ばし延ばしにしていたのだ。ヘタに話したら絶対に庁舎内の彼女の住居に連れ戻される恐れもあったし、それ以上にゼライドに関心を引かれてしまったのもある。それで一日延ばしにして、呼び出されるまで報告を怠っていた。あんなにウェイに忠告されたのに。

 ——またやってしまった……

 ユーフェミアはがっくりと肩を落とした。家政婦兼お目付役のメイヨー夫人は鋭く、そしてエリカはもっと鋭いのだ。ユーフェミアの行動を調べ、手首の怪我を見ただけで、ユーフェミアが何か危ないこと巻き込まれたのではないかと、疑問を持ったのに違いない。そしてユーフェミアの態度がそれを確信に変えてしまった。

 観念したユーフェミアは今度は詳しく、先日来のことを語った。おそらく姉がもう殆ど、この事について知っていると思いながら。

「なぜすぐ私に言わなかったの?」

 姉の声が急に厳しくなる。

 こう言う時のこの人の声音や態度の変化はまさしくプロである。愛情の裏打ちがあると分かっているからこそ何とか耐え凌げるが、そうでなかったら今すぐ逃げ出したいくらいに怖い。ユーフェミアがぐずぐずと報告を怠っていた原因の一つはこれだ。

「……ごめんなさい」

 最近こんな風に謝ってばかりだ。自己嫌悪でユーフェミアは唇を噛んだ。だが、全ては自分の浅慮の結果なのだ。叱責の一つ二つは甘んじて受けなくてはならない。

「忙しい姉さんに心配を掛けたくなくて……それから、連れ戻されたくなくて」

「まぁそんな事だろうとは思っていたのだけどね」

 エリカは声を荒げることなくそう言って、妹をじっと見つめた。

「私が悪かったの……そう言われた」

 ウェイとゼライド、二人の男に。

「ミア、こっちへ」

「……」

 ユーフェミアはゆっくりと姉のデスクの側に歩んだ。エリカも立って机を回って全身を見せた。いつ見てもほれぼれするほど姿勢がいい。しかしエリカは長い腕を伸ばしてユーフェミアの肩を抱き寄せる。

「あなたが無事でよかった……」

「ごめんなさい」

 女性にしては長身のエリカの顎までしかないユーフェミアは、嗅ぎ慣れた香水の匂いを吸い込んだ。いつまでたっても追いつけない立派な姉。でも、確かに年の離れた異母妹の自分を愛してくれているのだ。彼女なりの厳しさと優しさで。

「深夜のフリーウエイを一人で帰るなんて……そんな無茶は二度としないで」

「ごめんなさい、姉さん。約束します」

 体を離したエリカは妹の翠の目を覗きこんだ。

 自分とちっとも似ていない若い妹は継母そっくりである。二十一年前、父が若い後妻を迎えた時、エリカは憤ったりしなかった。彼女の母が死んで十年は経っていたし、エリカも十七歳で精神的には充分大人だったからだ。継母とは七歳しか離れていなかったが、性格は似ていなくとも衝突する事もなく家族として認め合えたし、程なく生まれた妹は大層愛らしかった。一生懸命自分の後を追う妹をエリカは、彼女なりに大変可愛がっている。継母は子育てにそれほど熱心な人ではなかったから、エリカは乳母や家庭教師と供にユーフェミアを育ててきたのだ。

「全部知ってるの?」

「多分、大体は。ショックは……なかったの?」

「最初は体が震えて吐き気がしたわ……でも、今は大丈夫。本当に自分でも意外なほど直ぐに立ち直れたの」

 ゼライドのお陰で、とはユーフェミアは言わなかった。

「あなたを助けてくれた人は野人なのですってね」

 エリカはまるで心中を読んだように突然話題を変えた。ユーフェミアの心臓が一拍飛び跳ねる。

「え⁉︎ ええ、まぁそう。私も後で知ったのだけど」

「その男についてはどう思ったの? 有名な人のようだけど」

「最初は怖い人のように見えたわ……でも、恐い仕事をしていても悪人じゃないと直ぐに分かった。彼は信頼できる人だと思う」

ユーフェミアは手首のバンテージにそっと触れて言った。

「やれやれ。初めて会った男をそんなに直ぐに信用して……あなたはこうと思うと、他が見えなくなる。悪い癖だわ。でも何よりあなたが無事でいるのだから、その通りなのかもしれない」

「彼は請け負い屋だって……」

「ええ、こうんな世界だからそういう仕事も無くならないのでしょう。治安の回復の遅れは私の責任ではあるのだけれど。あなたばかりを責められないわね」

「そんなこと! 姉さんは悪くない。悪いのは浅はかな私と、鬼畜みたいな犯罪者よ! 一応警察には報告したんだけど」

「ウェイ・リンチェイね。この一件でそれだけは賢明な判断だったわね」

「うう……はい。奴ら、捕獲を厳禁されている獣……ビジュールを捉えていたわ。トレーラーの外観も伝えたし、あんなの連れてちゃ直ぐにつかまると思う」

 姉を安心させるために、ユーフェミアは笑って見せた。しかし、姉は難しい顔つきで首を振った。

「でもね、事はあなたが思うようには簡単に終わらなくなってきたの」

 整った眉を表情豊かに寄せてエリカはそういい、端末を指した。そこには報告書らしきものが映し出されている。

「え?」

「二日ほど前に街から三十キロスほど離れた平原でズタズタにされた男の死体が発見されたそうよ。事件か事故か、警察がその男を調べていたら昨日、今度は別の男が保護を求めてきた。……この男よ」

 ついと指を滑らせ、エリカはディスプレイを切り替えた。別のウインドウが開き、男の顔が現れる。

「あ!」

 それは、ゼライドがビジュールを素手で殺したのを見て、転がるように逃げ去った男だった。写真の下にピート・カンサスと名前があった。

「つまり、死んだ男は殺されたのね。そしてこの写真の男、ピートは相棒が殺されたのを知って、このままでは自分も殺されると思い、自分の知る情報と引き換えに命の保証を求めたのでしょう。あなたを襲った男の一人で間違いないわね?」

「う……はい」

 恐怖を封じ込めたと思っていても、ユーフェミアはたちまち気分が悪くなった。そうと察したエリカが直ぐに画面を変える。今度はテキストだ。エリカはディスプレイを見ながら説明した。

「聞いてね。この男はこの街の住人で、いわゆるゾクと呼ばれる小さな犯罪組織の構成員。犯罪歴は窃盗や、恐喝、婦女暴行と、まぁクズの様な奴だけど、殺人歴はない。殺された男とは相棒のような関係だったのね。もう拘束されているから、この男が犯した犯罪の最後があなたということになる。無論、男はあなたが誰だか知らない。でも警察はちゃんとあなたに辿りついたのよ」

「……」

 この街の警察組織の分析力はかなり優秀だとユーフェミアは思い知った。

 おそらく、殺人事件とタレこみ情報の件をウェイが耳に挟み、日時や場所、状況から自分から聞いた話と関連づけたのだろう。ユーフェミアを襲った男達は二人とも手の届かない所に去った。だからもう心配はないはずだ。

 だが——

「犯人の一人は死んで、一人は逮捕されて、なのに簡単にはすまないってどう言う事?」

「殺された男はダニイと言う名だった」

 そうだ。あの夜男の一人はそう呼ばれていた。ユーフェミアは黙って首肯した。

「殺されたダニイは、ほかにもいくつかこう言う凶悪犯罪に関与していたそうなの。無論何者かに依頼されて」

「じゃあ……あの夜のことは。あれっきりではなかったと言うことになるの? 何か大きな組織が背後にあるとか?」

「正解。男達はどういうわけか、あなたが襲われる様子を車に取りつけられたカメラで撮影していた。車に乗って逃げたダニイは身一つで殺された。車も映像データもどこにも残っていない。つまりあなたを写したデータは既に誰かの手に渡っている。おそらくダニイを殺した連中に」

「私の映像が……?」

 ユーフェミアはごくりと唾を呑んだ。思いだすのも気持ちが悪いが、あの時自分は地面に突きとばされ、二人の男に圧し掛かれたのだ。着ていた服は引き裂かれ生暖かい手や舌がいやらしく肌を撫で上げ……その映像が残っていると言うのか。

 ユーフェミアはぞっと身震いした。

「ごめんなさい。嫌な事を思い出させてしまったわね。でも、これがどう言う事かわかる?」

「……ええ」

 ユーフェミアは冷静になろうと努めた。

 ゴクリと唾液を飲み込んでから酷く喉が渇いている事に気づく。さっき淹れて貰ったギョクロはすっかりなくなっていたので、部屋の隅に設置されている浄水のボトルから冷たい水を備え付けのカップにたっぷり注いで飲み干した。清らかな冷たさが体に染み通り、少し気分が楽になった。

「これが世に出たらってことね」

 酷い名誉棄損だが、ユーフェミアのことなら彼女だけの不名誉で済む。一介の下っ端研究者の名誉が地に落ちようと、世の中に何の影響も与えはしない。

だが、市長の妹となると事態はかなり変って来るのだ。

「もし……もし、それが公開されたら姉さんに迷惑を掛けてしまう……」

 市長の妹がレイプされそうになっている映像が公開されたら、市長にとっては著しく不名誉な事だろう。しかし、エリカは大きなため息をついた。

「はぁ~、あなたが考えているほど簡単じゃないと言っているのに」

「え? どう言うこと?」

「私に迷惑がかかるとか、あなたは気にしないでいいの。今回の件はあなたは自身の軽率さを反省しなくてはならないけれど、悪いのは犯罪者です。だれに何を言われても私は対処できるわ」

「……」

「でもね。もし犯罪者たちがあなたが私の妹だという事実に辿りついたとして……多分辿りつくだろうと思っているんだけど、私よりあなたの方が大変な事になる可能性があるのよ」

「どう言う事?」

「私には敵が多いもの。私の政策に反感以上の感情を持っている人間なら山ほどいるし、最近の規制強化で怪しい仕事をしている人間達の中には、私を殺したいと思っているを連中もいる筈。だからそんな奴らがこの事を知ったら……」

「やっぱり姉さんに迷惑を……」

「最後までお聞きなさい。私よりあなたの安全が脅かされているのよ。これは映像流出じゃなく命の問題です」

 すっかり暗い顔になってしまった妹を叱咤するように、エリカは毅然と言い放った。

「私? そりゃ、怖い思いはしたけど、犯人達はもう……」

「私を本当に脅かそうと思ったら、私に直接手だしするより、あなたを襲う方が簡単だと考える連中もいるかもしれない」

「まさかそこまでは……いくらなんでも」

 エリカの妹が自分だと言う事を知っている人物はそんなに多くはない筈だ。市長の側近と、職場の上司、ごく親しい数人の友達、後はメイヨー夫人くらいで、いずれも信頼の置ける人物ばかりだ。しかし、確かに絶対と言う事はあり得ない。知りたいと思う人間ならば、調べれば直ぐに割れてしまうだろう。エリカは格好良く結われた頭を振った。

「悪いけど私はとてもそんなに楽観的になれないの。ミア、今あなたはとても危険な状態に置かれている。そしてあなたについては私に責任がある……だから」

 エリカは振り返ってデスクに置かれたインタフォンを押した。『はい』と事務的な返事が返る。

「彼は?」

『既にこちらでお待ちです』

「お通しして」

「姉さん? なんの話?」

「ミア、当分の間、私の替わりにあなたを守ってもらう人を雇いました。無論私費です」

「……え」

 ユーフェミアが何も言えない間に、扉が開いてさっきの秘書が一人の男を中に通して去ってゆく。

「ゼライド・シルバーグレイ……!」


 室内を圧するように立った男を見つめてユーフェミアは茫然と呟いた。



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