止まらない時間

相生隆也

止まらない時間

明日は閏年であると同時に、父が自殺して4年が経過した事を否が応でも思い出させる。


「父さん、何故亡くなってしまわれたのですか?」

墓前の遺影に問いを投げるが当然、返事が返ってくる訳が無い。


この4年間父が何故自殺をしてしまったのか、父の知人に聞いて回ったが、誰も知らないと言う。我が父は、身内の私が言うのもなんだが、非常に高名な時計職人であった。父が作る時計は下手なブランドよりも価値があった。


私は今日も、父の死因を知りたくて、父が最後に手掛けた作品、横浜にある時計塔の時計を見に行った。横浜は父の地元であり、街全体を見渡せる高台にあり、街のシンボルにもなるため、細部の装飾など父の持つ技術の粋を込めた最高傑作だと、完成当時言っていたのを今でも覚えている。

父の亡くなる日、この高台に深夜不法侵入があったという事件があった。父の死に比べて些細なことであったため、当時は誰も気にしなかったが、今では関係があったのか、気になってここに通っている。


「あんた、今日も来たのか。……はい、入場料500円、確かに。」


いつものように入場料を支払い、私はこの時計塔に踏み込む。普段なら閉館時間である8時まで滞在するのだが、今日は父の1番の友人であった神谷氏と夕食を共にする約束があった。


鎌倉の高級レストランで、ローストビーフを食べながら話を伺う。

「そうか、明日でもう4年か。家族だからこそ分かると思うが、あいつは自分にとても厳しかった。失敗を許せなかった。だからこそ俺はあいつが死んだのは、絶対に許せないミスをあいつがしたからだと思うんだ。ありえない話しでもないだろう?」

「でも、神谷の伯父様。私はこの4年間父の作品を全て見て周りました。前大統領に宛てて作った腕時計も事情を話して見せて頂いた程ですよ。それでも父の娘である私には、これと言ったミスは見つからなかった。だからこそ、わからなくて伯父様に連絡をしたんです。」


そこまで言い終えて神谷氏は、突然大笑いをした。私が真剣に相談をしているというのに。


「なぜ、笑うのですか!」

「いやぁ、嬢ちゃん。あんた、本当にわかってねぇのか?……だとしたら、あいつの娘失格だな。あいつが浮かばれねーや。」


神谷氏は、笑うのを止め剣呑な様子で私を睨む。初めて見る彼の表情に思わずたじろいでしまう。


「今は……9時前か。おい、嬢ちゃん。少し、ドライブしねーか?」


彼は時計を見るやそう言った。


「実はな、あいつが死ぬ前、俺と電話してたんだ。何でもこれから自殺するから、その尻拭いをしてくれってな。」


唐突な彼の語りを私は助手席で静かに聞いていた。

「何て、頼まれたのですか?」

「ん、ああ。"俺はとんでもないミスをしてしまった。自分でそのミスを取り消そうとしたが、ドジっちまった。代わりに頼む"ってな。お前は、うっかりやだから、最後の最後のバカやらかすんだ。しゃんと、最後に確認しろよ。って言ってやったのを今でも憶えてるよ。」


語る神谷氏の表情は、子供の頃私を抱いてくれた時の様に穏やかだ。

そうこうしている内に車は横浜の時計塔、否、父の最後の作品"7つ星と葉桜"の前に着いた。


「あいつはな、装飾に拘り過ぎてその年が閏年だと忘れていたんだと。全くバカなやつだぜ。」

そう言いながらも、彼は涙を流していた。

「それで死ぬ前日に、忍び込んで直そうとしたは良いが、あれで高所恐怖症だからな。直す前に降りてきたらしい。」


「そんなことで、たったそれだけのミスで父は自殺を選んだのですか?」

私は少し、呆れてしまった。しかし、神谷氏はそんなことを言った私を睨む。

「そんなこと?どこがだよ!あいつがどれだけこの横浜が好きだったしらねぇのか。この話が来た時、俺が横浜1のシンボルを作るんだって意気込むでいたか。しかも、自分でケツを拭けねーで、俺に頼むだんだ。どれだけ悔しかったかわかったもんじゃねぇ。」


そこで、一区切り着くて私の方に顔を向けた。


「俺は、時計が本職じゃねぇからよ。4年前は誤魔化せたが、そのままにしておくわけにはいかねぇ。俺が頼まれたのに完遂出来ないのは悔しいが……頼む。あいつの娘である嬢ちゃんなら、あのデケェ時計を直せるだろ?上に行くまでの手伝いはする。工具は持ってきてる。あいつの為にも直してやってくれねぇか?」

「父の娘であるからと言って、ここ数年時計作りとは遠ざかってきました。厳しそうであるならば、4年前の貴方の様に、1日分の時間を戻し誤魔化します。でも、父の心残りだろうから、出来る限り、手を尽くします。」


神谷氏の助力を得て、時計塔を登る。近くで見れば見るほど、昔に比べて成長したからか、この時計の凄さがわかる。


時計の裏手に回り、歯車に目をやる。



翌日、横浜のどこからでも目に着く、その時計は、しっかりと刻んでいた。どこまでもその時は正確で、人々は職人を称え続けた。


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