第22節 -開かれた楽園の扉-
玲那斗は歩いている間に考えを整理しようと思った。まずあの少女が何者なのか。
そもそもこの島には生命と呼べるものが自分たち以外には存在しないという調査結果が出ている。トリニティを使用した調査において、自分達以外の生命反応は確認できず周囲で実際に海鳥を含む動物の姿がこの数日の間にも一切視認できない事からそれは間違いない。
さらに彼女は意識外から突然現れ、視界内から突然消えるという現実世界では決して有り得ない行動をしている。そんな事が出来るのは ”幽霊” くらいのものだろう。しかし、先程彼女と邂逅した際に、彼女は自分の体に触れており実際にその感触もあった。
自分は霊感と呼ばれるようなものを持ち合わせておらず、幽霊というものを当然見たこともないので分からないが、幽霊というものは触れられるものなのだろうか。
加えて少女は明らかに自分の事を知っている様子ではあるが、自分にはあの少女の事に関して心当たりがない。今まで生きてきた姫埜玲那斗の人生の中では出会ったことがないはずだ。
彼女は自分の内側は覚えていて “今は忘れているだけ” とも言っていた。確かに彼女の近くにいる時は不思議な温かさや懐かしさ、それに安心感を感じていることも事実だ。初めて出会ったという感覚ではなく、まるでずっと一緒に過ごしてきたかのような感覚そのものでもある。今から向かう先に彼女がいたとして、直接問い掛ければ答えてくれるのだろうか。
次にあの少女が何を望んでいるかだ。それについては何も分からない。彼女はただ自分に逢える日を待ち続けたと言っていたが、言葉通りの意味ならば最初に自分と遭遇した時に “既にそれは叶っている” 事になる。しかし、この夢の世界にわざわざ自分を引き込んできたところを考えると “彼女の望みはまだ叶っていない” という事は明白だ。
そして、あの少女はこの島の周辺で起きる怪現象に関与しているのだろうか。
やはりもう一度会って話をするしかない。今度はきちんと向き合い、考えたことを直接聞いてみるしかない。それで彼女が答えてくれるのかは分からないが、今の自分にはそうするしか選べる道はない。とにかくもう一度会わなければ。
改めて決意を固めて前へ踏み出たその時、風が吹いた。
一瞬手で目を覆うほどの強い風だ。そして風が通り過ぎた瞬間。玲那斗の周囲を囲んでいた森の様子は一変していた。
何処までも広がる赤い景色。先ほどまでの月明かりに照らされた森の姿はもうそこには無い。炎を纏った木々が一面に広がり世界を赤く染め上げ、遠くでは人の呻きのような声も聞こえてくる。
一瞬で変貌を遂げた目の前の光景に思考も追い付かず言葉も出て来ない。歩みを止め周囲を見渡すが一面を炎が覆い尽くしているだけだ。しかし、この異常な光景の中にあって、自身が炎の熱さをまったく感じていない事に気付いた。
「これは幻なのか。」先程の少女はここは自分の夢の中であり幻だと言った。幾分か冷静さを取り戻し、目の前に続く炎が覆っていない道を再び歩き始める。
これは彼女の夢の世界。もしくは彼女の記憶の世界なのか?そう思いながら歩みを進める。炎の向こう側では誰かと誰かが争うような声と音が聞こえる。炎の中から怒声と呻きが響く。この世に地獄というものがあるのならば、この景色こそがそうではないかと感じられた。
思考しながらしばらく歩いていると遥か彼方に光が見え始める。粒のように小さかった光はその輝きを強めていき、やがて目を眩ます閃光となって玲那斗を包み込む。腕で目を覆い光が収まるのをしばらく待つ。
閃光が消え、玲那斗が次に目を開いたとき視界に入ってきたのはまたしても想像を超えた景色だった。
先程まで自分を覆っていた燃え盛る炎の森は消え去り、頭上には澄んだ青空が広がり風は優しく草原を撫でる。暖かな太陽の光を浴びた色とりどりの花が咲き誇り、遠くから穏やかな波の音が聞こえる。周囲を覆っていた地獄のような光景はどこにも無く、絶えず聞こえていた怒声や呻きも聞こえない。そして景色の中心には立派な城塞が聳え立っていた。
間違いない。昼間に調査した城塞跡にあった建物と同じものだ。”星の城”この世界が彼女の記憶の中の景色だと考えると、これがリナリア公国が健在だった頃の全盛期の景色なのかもしれない。楽園と呼べる場所がこの世に存在するのなら、こういう所を指すのだろう。
玲那斗にとってこの景色は初めて見るものに間違いはない。しかし、心のどこかで懐かしさを感じている気がした。もしかすると自分はこの景色を知っているのではないか。今まで考えなかった疑念が沸き上がる。そんなはずはない。そもそも自分はこの島に来ること自体が初めてなのだから。
その時、玲那斗の思考を遮るように鐘が鳴り響く音が聞こえ、城の中央に位置する大扉が開く。
招かれている。直感的にそう思い歩みを進める。変わらない優しい風が頬を撫でる。波の音が心地よく、潮の香りと優しい花の香りが辺りに漂い思考を奪う。この先に彼女はいるのだろうか。とにかく進むしかない。その先に何があっても自分はもう確かめるまで引き返すことは出来ないのだから。
そして玲那斗は城の大扉をくぐり内部へと歩みを進めた。
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