第23節 -二つの象徴-

 城内へ入った玲那斗はその広さと荘厳な雰囲気に圧倒された。最初に目に入ったのは美しい装飾の数々だ。この城が千年前の過去を再現したものであるならば、当時としてはおそらく最高級のものだと思われる品々が飾ってある。さらに壁にはめ込まれた装飾やステンドグラスが外の光を受けて一層の輝きを放っている。

 中央の入り口から左右へは他の部屋に繋がる廊下が延びていた。入口から見て直線上には別の部屋に続くであろう大扉があり、その両脇に曲線を描いた二階へと続く階段が左右に広がる。


 どこへ向かうべきなのか辺りの様子を窺っていると離れたところから誰かの声が聞こえた気がした。その声は段々こちらへ近づいて来て、今やはっきりと聞き取れるまでになった。男の子と女の子の声だ。直後、目の前に二人の少年少女が現れた。その姿を見た玲那斗ははっとした。女の子の方は間違いなくあの少女だ。銀色の長い髪に灰色の瞳。先程会った時よりは少し幼い印象を受ける。二人は無邪気に会話をしながら中央の扉から奥の部屋へと入っていく。玲那斗は待ってくれと言いかけたが声は出ず、手を伸ばしても二人が気付いている様子はまるでない。


 二人が奥の部屋へと消えた後を追うように玲那斗も扉の方へ歩いていき、そして扉へ手をかけてゆっくりと開く。扉の先にはパーティーが出来そうなほどの大広間が広がっていた。先ほど入っていった二人の姿は無い。煌びやかな装飾が施された室内には長く大きなテーブルが中央に設置してあり、たくさんの椅子が置かれている。テーブルの上には綺麗な織物が敷かれており、さらに色とりどりの食器と豪華な食事が並び、まさに今から祝い事でも始めるかのような雰囲気だ。

 今自分が見ている光景も彼女の言う通り幻に違いない。しかし、自分にはこの幻が意味するものはまだ理解しきれずにいる。

 考え事をしていた次の瞬間、はっと我に返った玲那斗の目の前で今まで誰もいなかったはずの部屋には大勢の人が溢れていた。奥で一段高い台に上がり、皆から注目を浴びているのは先ほどの二人の子供たちだ。その横では豪華な装飾で彩られた服を着た男性は声高らかに話している。その時代の言葉など理解できるはずはないのだが、不思議な事に玲那斗にはその男性が話している内容がよく理解できた。

 

「今日はとても素晴らしい日です。本日、我が愛しい娘と、我らの盟友のご子息との婚姻の契約が結ばれました。これにより今まで以上に諸侯らとの緊密な関係を築くことが出来るだけでなく我が公国は国家としてより一層の繁栄を迎える事が出来るでしょう。その礎になれる事を私達は誇りに思います。」


 玲那斗は考えた。公国?仮に自分の推論が正しければ公国とはリナリア公国を指し、この幻は過去の記憶の追想というこになる。ではこの記憶は一体誰のものなのか。あの少女は自身の夢の中であり幻だと言った。ということはつまり彼女の記憶なのだろうか。前で男性が話を続ける。


「本日、結ばれたこの素晴らしい誓いと契約の証に、この子達へ、いや、未来の国王と王妃へ公国に代々受け継がれてきた繁栄と発展の象徴たる証を授与します。」


 その言葉の次に運ばれてきたものに玲那斗は目を奪われた。輝かしい装飾が施された木箱の中には二つの宝石らしきものが見える。遠くから見ても分かる。あの箱に収められている二つの石のうち、右側のものは自分が持っている石と全く同じものだ。

 その宝石の内の一つ、左側の石は少女へ。そしてもう一つ、右側の石は少年へと授与された。昼間に調査した尖塔で出会った少女はそのとき確かにあの宝石を身に着けていた。やはりあそこに立つ少女は自分が出会った少女と同一人物であり、この幻は彼女の記憶が元になっていると考えられる。そして彼女こそがリナリア公国の次期王妃ということだ。


「この輝かしい日に祝福を。この子たちの未来へ祝福を。そして我らリナリア公国の未来は、さらに輝きに満ちた歴史を世界に刻む事でしょう。」


 男性が話し終えた瞬間、明るかった部屋の灯りは全て消え去り暗闇が広がった。集まっていた人々も、テーブルに並べられていた料理も一瞬で目の前から消え去り、そこにはただ静寂が支配する空間だけが残った。

 耳鳴りがするような静寂。何一つ物音など聞こえない。微かに他の場所から漏れてくる灯りによって僅かだが部屋の中を見て取れる程度だ。玲那斗はその灯りが差し込む方向が次に向かうべき場所だと考え、その方向へ向かって歩き始めた。そして光が漏れ出る扉を開き奥へ進んだ。


 そこは月明かりに満ちた廊下だった。城内へ入る前は美しい青空が広がる昼の景色だったが、それほど時間が経過していないはずの今が夜ということは、どうやらこの夢の中では時間という概念は無いのだろう。

 青く、白く、透き通った光が建物とその内部を照らし出す。淡い光が幻だとわかっているこの光景をさらに幻想に満ちた世界へと彩る。そしてその廊下の先に彼女はいた。彼女は空に見える月を悲しそうな目をして眺めていた。


 玲那斗は鼓動が早くなるのを感じた。聞きたいことはたくさんある。とにかく話をしなければ。そう思い少し近付くと、少女は自分から話しを始めた。

「私にとって家族も、この国の豊かな暮らしも、民の幸福も全て大切で愛おしいものだった。お父様から他国の戦争の話は聞かされていたけれど、子供だった自分にはそんな世界の事も諍いや争いも全て遠い場所の関係のないお話だと思っていたし、あの日この宝石を授与された時もそれは同じだった。きっとこの国の未来を背負うという事がどういうことなのか、あの時の私には想像が出来ていなかったのね。きっといつまでも、何一つ変わることなく世界は続いて、今ある幸せが永遠になるものだと信じていた。何より私の人生にとっての一番の幸福は、他のどんなことよりも愛し合った二人が一緒にいられるということだった。嬉しいことも、悲しいことも、幼かった頃から二人で分け合ってきた。だからあの日、正式に ”私達” が婚約を果たし皆から祝福を頂いた時は世界というものがとても鮮やかに見えたわ。”この世界はこんなにも美しい” と。心からそう思った。」

 玲那斗はただ静かに少女の話を聞いた。この空間がこの少女の記憶を元にした夢であるならば、この場所に自分だけを招いたという事には何か意味がある。自分に何かを伝えたいと思っているのか、又は何かを知ってほしいと思っている。


 先程まではとにかく自分の聞きたいことを聞こうとしていたが、今は彼女の話を聞いてそれを理解することが何より大事だと思えた。

「でも違った。この世界の色はその美しさからこそ遠く離れたものだった。」そこまで言うと少女は言葉を一旦区切り深呼吸をする。

「ねぇ?レナト。今の貴方の目に、私はどう映っているのかしら?」そう言うと少女はこちらへ振り向いた。最初に出会った時と違いその片方の瞳は赤色ではなく緑色に輝いており物憂げではあるが優しい笑みを浮かべている。

「今の貴方のその瞳には、私はあの日の姿のままで映ってる?」少女はそう玲那斗に言うと微笑んだ。

「すまない。君にとって俺がとても大切な人だということは伝わってくる。だけど分からないんだ。俺はこの島の周辺で起きている不可解な出来事を解決する為の調査をしに仲間と共にここへ来た。そして調査の中で尖塔へ訪れた時に初めて君に出会った。そう、初めて出会ったんだ。初めて出会ったはずなのにそのときも、森の中でも、今でも君と話しているときに不思議な懐かしさを感じるような気はする。けれど俺には本当に記憶が無いし分からない。さっき向こうの大広間で ”君の記憶” を見た。手渡されていた石は間違いなく俺の持っているこの石と同じものだ。つまり」そこまで言うと少女が言葉を遮った。

「貴方の求める答えは私の中に、そして私の求めるものは貴方の中にあります。その石を手放さないで。その石がきっと、私の事も ”貴方の事も” 教えてくれるから。レナト、約束の場所で待っています。もし、そこで私の名前を呼んでくれたなら、その時はきっと貴方に全てを…」そう言い残してまたも彼女は目の前から消え去った。

「待って!教えてくれ!約束の場所はどこなんだ!」玲那斗の声は虚空へと消える。空には美しい月が先ほどと変わらないまま輝いていた。

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