第13節 -幻想の島-

 地形データの細かい分析と補完作業を終え最終チェックを行っているルーカスとフロリアンの元へブライアンと玲那斗が合流した。ルーカスはさっそく現在のデータ採集で判明している事を簡潔にブライアンへ報告する。

「トリニティからこの島全域を見渡してみて、気になるポイントはいくつかありましたが、その中でも特筆すべき箇所は二か所。一つは城塞跡と思われる場所とその先にある尖塔です。巨大な城のような建築物が見えます。そして海風等、長い間自然の中でさらされていたにしては風化というものが見られません。島全域にも言える事ですが、まるで過去から今に至るまでほとんど時間経過していないかのように見えます。」

「付近の景色と比較しても確かに目を惹くポイントだな。」ルーカスの報告にブライアンが返事をする。

「同じように異質な場所がこの島の中央にあるこの丸い広場です。」

「石碑のようなものが見えるが何か変わったもの、例えば文字等は確認できたか?」

「いえ、特にそれらしいものは何も。何の変哲もない、紛れもなくただの石でした。」ルーカスの報告にブライアンは少し間をとって考える。

「分かった。データ採集ご苦労だった。もうすぐ日も暮れる。データの確認と報告の続きはベースに戻ってからにしよう。」

 全員が同意を示し、一行は機材の回収をしてベースへと引き上げた。


 ベースへ戻った四人は早速先の調査で解析が完了した島の地形データを元に調査計画に関する会議を始めていた。

「まずこれが島全体を上空から撮影した地形図です。過去の事前調査等において衛星からの撮影データでは常に輪郭程度しか捉えられていませんでしたが、今回は地形の高低差も含めて詳細に分析出来ました。」ルーカスが先程採集を完了した地形データをホログラム表示する。

「フロリアン。この地形図を見て、島に上陸するときに感じたという違和感について何か気付いた事はあるか。」フロリアンが違和感を感じたという点についてブライアンが質問をする。

「感覚的なものですが、衛星から撮影されていた島の輪郭とはやはり何かが違うような気がします。」

「試しに衛星から撮影したデータと今回の地形データにどれだけ違いがあるのか照合してみよう。画像を重ねます。」フロリアンの違和感の正体を確認する為にルーカスは二つの画像をピックアップし照合を行った。すると画像データ上にはすぐに意外な文字が表示された。


― 照合エラー 指定座標に誤りがあります 位置情報を除外し再照合

― 外郭照合エラー ミラーリバースド イメージ データ補正

― エラー内容を元に修正内容を精査 参照データの左右反転 再照合

― 外郭一致率 九十八パーセント


「一体どういうことだ…」ルーカスが驚きの声をあげる。その場にいた全員がその結果の意味を飲みこむ事が出来ない。

「位置情報が異なるだって?なぜ今まで気付かなかったんだ。」ルーカスはそう言いながら凄まじい速度で位置情報を地球モデルにマッピングしていく。「これは…衛星から撮影された島と、今我々がいる島は直線距離にしておよそ【五キロ離れた位置に】あります。」

「何だって?では我々が今いるこの島は…」ブライアンが困惑した顔でそう言いかけた時、フロリアンが言葉を重ねる。

「いえ、おそらく我々が今いる場所が本来の正確な島の位置だと思います。そして衛星から撮影されていたデータがおそらく。」

「ダミー。詳細が撮影できないのではなく、そもそもそこに存在しなかったという事か。」フロリアンの意見を玲那斗が汲み取る。

「フロリアン、なぜそう思うんだ?」ブライアンがそう思うに至った具体的な理由を求めた。

「はい。五キロ離れた地点にあるという島についてですが、長い歴史の中で今までその場所へ到達できたものは誰一人として存在しません。それどころか島そのものに近付く事すら出来ていなければ画像を撮影する事すら出来ていない。対して我々は今こうして島の内部にいます。そして詳細を観察したり撮影してデータに残したりできている。存在そのものを証明する根拠に乏しい島と、実際に上陸も観察も出来ている存在証明のある島のどちらが本物かを問われたら、間違いなく後者だと答えます。」

「なるほど。つまり最初から存在しないものに対して上陸を目指したり、調査や観察の為の撮影や記録をしようとしていたという解釈だな。その理屈が正しければ前者に対して “何者も辿り着けず、何も分からない” のは当然。今まで島だと信じていたものがまるで蜃気楼のようだ。」フロリアンの答えにブライアンは納得した。それと同時にフロリアンが感じていた違和感の正体を誰もが目に見える形で共有した瞬間でもあった。

「しかし、これが事実だとしても人の目はともかく衛星やその他の機械が常時、いかなる時も存在を誤認識するほどのものなど明らかに自然現象の領域を超えています。それに、過去のデータにおいて我々が今いるこの島の座標データは海の只中です。どんなものにも存在を知覚されないようにするなどもはや…」そこまで言いかけてルーカスは言葉を止めた。それについてブライアンが同意する。

「確かにその通りだ。これはもはや自然現象とは言えない。怪奇現象と呼ぶには些かはっきりしすぎているが。」


 一同の間に沈黙が流れる。位置も違えば左右の向きも反対である島が、信じられない事にほぼ間違いなく同一であると証明され、どうやらその内の一つは長い歴史の中で人の目も機械の目も全て欺いてきた蜃気楼に近い幻であるという事実。さらに本物の島については誰にも知覚されることなく長きに渡り存在してきたという事実。どちらにしても異常だ。

「調査は出来るが、解決するというにはあまりにも難題だな。」ブライアンが呟く。


 人は己の理解を超えるものや未知のものを目の前にしたときに恐怖を感じるという。幽霊や超常現象、未知の病原体、過去に例を見ない自然災害…。そしてたった今、人智を超えた現象の存在が自分達の目の前に提示された。明らかに自分達の手には余る問題だ。分かったところで解決のしようなど無い。全員の誰もがそう感じている中ブライアンは話を続ける。

「だが、それでも出来る限りは調査をしなければならない。さらに、考え方によっては今この事実が判明したという事だけでも非常に価値のある事だ。俺達に出来る事は、こうした事実の積み重ねのみ。下を向いても仕方がない。今の段階では、そうあるものはそうあるものと受け入れて、明日からの調査に向けての話を続けよう。」

 事実、ブライアンの言う通りだった。今まで撮影や記録が出来ず、誰もこの地に到達できなかった理由、事前調査では観測できなかった大気状況など、それらの疑問に対する答えも同時に提示された。それだけでも確実な成果だ。その言葉に皆が頷いた。その時、フロリアンが思い立ったように言った。

「しかし、気になる事がまだあります。なぜ我々の乗ったヘリはこの島に辿り着くことが出来たのでしょう。我々は目標地点の座標入力を行って以降は自動操縦にて島の近くまでやってきました。その際に入力した座標データは衛星から観測されていた島の座標データを入力したはずです。距離自体はそう遠く離れていないとはいえ…つまり、本来であれば我々もまた幻の島に誘導され本物だと思われるこちらの島には辿り着くことは叶わなかったはずです。」


 言われてみればそうだ。この島に向かう時に入力した座標は衛星からの観測データに基づいている。そのデータが間違いであると先程証明された以上、そのデータを元に座標データを入力した時点で自分達が乗ったヘリはこの場所に辿り着けるはずがない。目的地を見失い彷徨うことになったか、又はそこに島があると誤認識したまま着陸しようとして海に突っ込んだかのどちらかだ。

「その点については残念ながら議論を棚上げせざるを得ない。後程ヘリに残された飛行履歴を確認してはみるが、それで何かが分かるとも思えないからな。」ブライアンはフロリアンの疑問はもっともだとした上で現状はそれを追求する事は困難であることを告げる。フロリアンもそれには納得したようだった。今追及するべき課題では無いと。

「だが、こうした疑問を共有しておくことは重要だ。この件について解決に繋がりそうな情報が得られたら報告してほしい。では、改めて採集した地形データを元に明日以降の調査計画を考えてみよう。」ブライアンの言葉で本来の主旨を議論する為の会議が再開された。


 ルーカスが採集したデータによると、島の内部において特別に目を惹くポイントは二か所。調査できる時間は限られている為、必然的に調査ポイントは絞ることになる。全体の地形図などを確認しても島内部で調査対象と成り得る場所はやはり先に上げられた二か所、つまり大きな城塞らしき建物跡と尖塔、そして中央の広場だった。

「滞在中に調査するポイントについてだが、先程ルーカスが報告を上げてくれた二か所について詳しく聞きたい。島内部の調査ももちろん行う予定だが、つい先ほど、怪現象を起こしていた島というのは現地点から五キロメートル離れた位置に存在していた事が確認できている。それを鑑みると海洋に面している部分から、当該の五キロメートル離れた地点に向けての調査も併せてすべきだと考えられる。しかしながら当然時間は有限だ。調査するポイントが増えれば一つの場所に費やすことが出来る時間は短くなる。だからこそ調査対象の選定は慎重に見極めを行いたい。先の報告ではこの二つの場所を “特筆すべき場所” と言ったが、見た目以上に気になるデータが何かあれば教えて欲しい。」ブライアンの確認にルーカスが即座に返答をする。

「はい。具体的に申し上げれば、この城塞跡とみられる場所と中央広場の周辺にのみ強力な磁場の乱れが見られます。自然現象ではまず有り得ない変動の仕方です。そして磁場を狂わせるだけの原因となりそうなものがこの周辺、いえ島全体を見渡しても見受けられません。」

「ふむ。特定のポイントにのみ発生している原因不明の磁気の乱れか。良いだろう。島内部の重要調査対象はその二か所に絞ることにしよう。」ルーカスの報告にブライアンは納得した。目標や目的の見えない調査を闇雲に行う事と違い、最初から異常が判明している場所であるならば効率的には申し分ない。


「参考資料の内容を照らし合わせてみて思うに、この建物跡とみられる場所はその昔「星の城」と呼ばれる建物があった場所だろうな。」

「城というと、公国を治めていた領主の城でしょうか。」ブライアンの言葉にフロリアンが反応する。

「その年代でこの規模の大きさだ。そう見て間違いないだろう。そしてルーカスの調査した地形にある開拓された道とはおそらく城へ続く街道だったと推測できる。」

「そう考えるとこの場所だけ通りやすくなっているのも頷けますね。」フロリアンが納得した様子で言った。続けてルーカスが反応する。

「城というのは敵から攻めにくくなるように丘の上や複雑な橋の向こうにあるというイメージでしたが、ここはそうは見えませんね。」

「敵国と地続きの所ならそれが普通だろう。だがここは島で一つの国だった土地だ。海から敵が攻めてくるということを考えるより、物資の調達のしやすさと、島民全員で協力しあう事などを優先していたのではないかと推測される。統治していた王家と民との距離感が近かったのかもしれないな。その他にも色々とこの土地特有の事情があったのかもしれない。」ブライアンはルーカスの疑問に独自の見解を交えて回答した。

「確かに、外敵がいないのに交通を不便にしても良いことはないでしょうね。」ルーカスが同意を示す。

「当時だと物資の調達にも限度があるでしょうし、わざわざその限りある資源や物資を遠ざけるような位置に城を構えるというのはこの島の場合は不適切かもしれませんね。」ブライアンの説明に納得した玲那斗も同意した。


「滞在期間中に調査するポイントは決まりだな。あとは城塞跡と中央広場を調査するとしてどういうルートを取るかだが。」

「それならやはり整備されている先ほどの街道と思われる道を行くのが安全かつ効率的だと思います。問題は島の中央へ向かう為に森の中をくぐる必要があるという点ですが。」ブライアンの問いかけにルーカスが返事をし、一度言葉を切る。

「先ほど細かいデータのチェックを行っているときに安全に通り抜けられそうな道をフロリアンが見つけてくれました。城塞跡のすぐ近くからほぼまっすぐに伸びている道です。」

「幅はおおよそ二メートルほど。両脇は木々に囲まれていますが特に高低差も障害物も見受けられないので思うよりはスムーズに通り抜けられそうです。」ルーカスの報告に続いてフロリアンが補足を加える。

「では道筋はその通りで行く事にしよう。ただし、念の為明日自走式ドローンを使用して実際にルートチェックをしてみることにしよう。実際に行く途中に何か思わぬ障害が無いとも限らない。ましてや自然界にあり得ないレベルの磁場の乱れがあると判明している以上、事前データ無しで迂闊に近付く事も避けるべきだ。」

「ルートをチェックしている間に海岸や上空、そして件の海洋周辺の調査を行うのはどうでしょう?先ほどの蜃気楼の件や、発生場所は異なる事になりますが突然の閃光や濃霧の発生に関する手掛かりが掴めるかもしれません。」ブライアンの言葉に続いて玲那斗が提案をする。

「そうだな。事象が事象なだけに、明確な答えが出るかについては分からないが調べないわけにはいかないだろう。海洋の調査についてはトリニティにデータ採集を行わせる程度が限界かもしれないが。」玲那斗の提案を受けブライアンは一考する。

「よし、では明日はルーカスは自走式ドローンによる城塞跡及び中央広場へのルートを精査。フロリアンは大気状況の調査を、俺と玲那斗で手分けして海岸の調査にあたるとしよう。トリニティを一機ほど海洋調査に向かわせる。」ブライアンの決定に皆が同意を示す。


「それと、玲那斗には事前に話をしたがルーカスとフロリアンにも伝えておくことがある。」ブライアンはそう切り出すとベース設営後に玲那斗に話した内容を簡潔に二人にも伝えた。

 国連から機構へ調査依頼があった際に課された絶対条件。プロヴィデンスに保管されているリナリア公国のデータについて。今回の調査における玲那斗に対して意識してほしい事など。

「これは考えすぎかもしれないが、先程フロリアンが言った目的座標が間違っているにも関わらず自分達がこの島に辿り着くことが出来た理由にも関係するのかもしれない。証明する手段がない以上は真相は闇の中のままだが、それくらい今回の調査においては玲那斗の存在自体や、遭遇する事、感じたこと等が重要な鍵となる可能性がある。当然俺自身もそうするが、二人も玲那斗の周辺で起きる事や本人に変化が無いかを気にかけておいて欲しい。後程二人にもリナリア公国に関して機密として隠されていたデータをヘルメスに転送し閲覧できるようにしておく。」ルーカスとフロリアンは少し驚いたような表情を浮かべたが、すぐに同意を示してくれた。


「では明日の午前八時までに準備を済ませ、完了次第調査開始にしよう。皆、本日はご苦労だった。夕食を取ったあとはベース内で自由行動にする。明日に備えてゆっくりしてくれ。」これで会議は終了したかに思えたが、続けてブライアンが話す。

「そうだ。最後に一つ。ルーカス、実はヘリの音声通信の調子が良くない。この後、一緒に少し診て欲しい。履歴に残った座標データも一緒にな。それまでは糖分の補給はお預けだ。」

「了解しました。」やや苦笑しつつルーカスは了承した。

 こうして会議は終了した。

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