第12節 -記憶の箱庭-
もうすぐ、あの人がこの島に来て最初の日暮れが訪れる。西へ傾きつつある日の光を眺めながら少女は遠い昔の事を思い出していた。
その色はあの日二人で語り合ったときに見た色と同じ。美しい青空が鮮やかな橙色に染まり、やがて暗くなった空を神秘を纏う星たちが燦然と照らし出す。月明かりの下で互いに手を握り合い、夜風に当たりながら歩いた。
私達の人生はそれだけで良かった。ただ、それだけで良かったのだ。
自然の全てが私たちを祝福していると感じられた。世界の全てが輝いて見えた。この美しい思い出を抱えたまま人生を過ごし、幸せの内に生涯を閉じたのならばどんなに良かっただろう。そうすれば、こんなに長い時間を ”生きる” 事はなかったのかもしれない。
しかしあの時この瞳に写された最後の景色は幸せと呼ぶものとは程遠いものだった。運命というものがあるのだとすれば、なんて残酷なのだろう。世界を燃やし尽くす炎を見た。あの景色にはおよそ慈悲も憐みも無い。全てを拒絶し、全てを否定し、全てを消し去り奪っていく。先人が築いた土地も、国も、民も、私の家族も、私達二人の愛も全て。
あの結末を私は受け入れている。それが人間だった私に与えられた役割と定めだったのだろうと。でも私は最後の願いを諦める事は出来なかった。
“だから私は作った。”
どれだけ長い月日が経とうとも、いつかこの祈りが届くと、この願いが叶う事を夢に見て。無粋な人間たちをこの島から追い出し、何もかもがあの記憶にある輝かしい景色と変わることが無いように自分自身の手で何もかも…
今のこの地は、私の記憶にある景色を映し出す鏡。私が私の願いの為に私自身で作り上げた箱庭。その全てはこの時の為だけに。
少女は過去を思い返すのをやめてまっすぐ前を向き、そして慈しみを込めた声で言った。
「おかえりなさい。私が愛した人。私を愛してくれた人。」
その少女の首元には美しい模様が描かれた石が、西へ傾き始めた太陽の光を浴びて輝いていた。
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