第10節 -明かされる秘密-

 ブライアンが玲那斗とフロリアンへ合流しベースの設営作業に加わってしばらくの後、ついに調査の為の本拠地が完成した。

「ベースの設営が完了しました。」

「二人ともありがとう。予定よりも早く完成する事が出来た。」報告に対しブライアンは玲那斗とフロリアンへ労いの言葉をかける。さらに続けて言う。

「これで調査準備は出来たな。あとはルーカスが今集めている地形データの採集と解析が終われば本格的な調査計画を練ることが出来る。それが出来れば明日から本格的な調査だ。そして、地形データの採集が完了すればフロリアンが感じたという違和感の正体が掴めるかもしれない。さて、今からの事についてだが、フロリアンはルーカスの手伝いに回ってくれ。玲那斗は俺と通信機のエラーチェックをしてほしい。」

「機器の調子が悪いのですか?」ブライアンの言葉に玲那斗が返答をする。

「先ほど本部への報告を行う際に確認したが通信機の調子が悪い。現状、セントラルに対する音声通信は一切出来ない状態だ。定時報告はメールにて完了出来たが、この状況をそのままにしておくわけにもいかない。」

「了解しました。」ブライアンの指示に二人は同意し、フロリアンはルーカスの元へ向かい玲那斗はその場に残った。


 ブライアンと玲那斗は早速ヘリに戻り通信機材のチェックを開始する。

「簡易チェックには異常は無かった。だから先ほどメールを送信した後により詳細な検査をする為の自己分析プログラムを走らせておいた。異常があればそろそろ見つかる頃合いだと思うんだが。」そう言ってブライアンはプログラムの実行結果を確認した。

「異常無し。通信機に不具合は確認できず、電波状況や電波強度も異常無しか。」

「外部に向けての音声通信のみが出来ないというのも不可解な話です。」溜め息交じりのブライアンの嘆きに玲那斗が返事をする。

「先に送ったメールには開封通知のリクエストを入れておいた。そして今、セントラルから開封通知は受信出来ているからメールによる通信には問題ないようだな。」

「島へ到着した際、全員のヘルメスへの接続確認をしましたが異常は見られませんでしたね。」

「そうだな。試しに自分のヘルメスに向けてもう一度発信した結果も特に異常は見られなかった。」玲那斗の確認にブライアンが答える。


 ヘルメスとは機構が採用している情報通信端末の名称である。隊員同士の連絡に用いる他、プロヴィデンスに蓄積されたデータベースから必要な情報を個別に参照することが出来る。カメラ機能なども搭載しており、撮影したデータを直接プロヴィデンスへ転送し解析を行う事も可能だ。機構で行われる複雑な調査に対応できるよう高度な専用の調整が施されており、トリニティと同じように現地調査では欠かせないツールの一つである。

「自己診断以外の各検査プログラムも異常無しと返してきています。異常が無いのに島の外に向けてのみ音声通信が出来ないなんて。」

「…或いは “何者かによって意図的に遮断されている” かだ。」玲那斗の疑問に対してブライアンが返事をすると同時に、その予想していなかった答えに玲那斗は理解が追い付かず、体がこわばりのを感じた。



 意図的に遮断されている?一体誰が、何の為に?



「この状況で俺達に対してそんな事を意図的に出来る存在などあるはずがない。有り得るとしたら意図的にセントラル1が通信拒否をしている場合くらいだ。」

「それは考えられませんね。」

「その通りだ。それに、もし仮にセントラル1自体が拒否を行っているならば検査プログラムで接続エラーと早々に出てくるはずだ。そもそも話し相手と繋がっていないとな。だが返ってきた結果にそんなエラーは存在しない。つまり、機器には本当に何も異常がないが通信は出来ない。現実にこうした状況にある以上は第三者の意図的な妨害を可能性として考慮しなければならないだろう。」苦虫を噛み潰したような表情でブライアンは続けた。「それと、玲那斗には一つ伝えておきたいことがある。」


 そう言うと少しだけ間を取った。一度深呼吸をしてからブライアンは話し始める。

「今ここに玲那斗だけを呼んだのはこの話をしておきたいからでもある。今回の調査が決定した時に上層部、いや、そもそも調査の依頼をしてきた国連は調査チームの人選をしてきただけでなく、玲那斗が調査から外れる事が絶対にあってはならないという条件を付けてきた。参加しない場合は調査そのものを実行するなとの事だ。これについて何か心当たりはないか?」

 玲那斗は困惑した。自分が調査に加わる事が絶対条件?それも国連からの指示で?当然心当たりなどない。

「いえ、思い当たることは何もありません。」そう返事をした玲那斗の表情から察するにそれは紛れもない事実だとブライアンは思った。

「俺も不思議で仕方なかった。今でもはっきりとした理由は分からない。だが、この島に上陸するにあたって何事も起きずに到着することが出来たという一点だけを見ても、どうやら玲那斗の存在は “このリナリア島にとって” は重要な事らしい。」


 玲那斗はブライアンの言う事がいまいち理解できなかった。自分の存在が “この島にとって重要” だって?自分の中で疑問が次々と湧き上がってくるのを感じる。

「俺がこの調査に出発する前に、リナリア島の事について調べたというのは向かっているときにヘリの中で話したな?」ブライアンの問いかけに玲那斗は無言で頷く。

「あの話には続きがある。俺が調べる為に見たのはプロヴィデンスに保管されている書庫データベースの中にある歴史書だ。上層部から調査指示を受けた時に内容を全て確認しておくようにと端末に送信されたものだが、その内容に気になるものがあった。」

 そう言ってブライアンはヘルメスに表示された画像を玲那斗へ見せた。


 中央に花のような輪郭があり内側には六個の丸と太陽と月のように見えるマークがある。花のような輪郭の後ろには輪が描かれ、それらの下には葉のついた木の枝のようなマークが左右に描かれている。


 その画像を見て玲那斗ははっとした。

「これはリナリア公国の国章だそうだ。その表情から見て察したな。」

 ブライアンの言葉に再び玲那斗は頷く。自身がお守りとして持つ石に描かれている模様に酷似している。厳密には石に描かれているのはその国章の右側の部分だ。

「プロヴィデンスに保管されているリナリア公国に関する情報は、簡単な歴史と概要を除いて全て閲覧制限がかけられている。立入禁止特別区域に指定された島の情報だからと言えばそうかもしれないが明らかに不自然だ。この情報に関する閲覧権限が付与されているのは上層部の一部と、どうやら直接作戦指揮を執る俺だけに限定されているらしい。他の人間にはプロテクトされたデータが存在する事すら分からないように細工されている。おそらくはルーカスですら気付けないようにして。」

 玲那斗にはそれらが意味するところを察することは出来ない。だが、この島で何らかの行動を行う上で自分という存在、もしくは自身が持つこの石の存在が何か重要な要素を持つことは理解できた。


「今、玲那斗にこの事を伝えたのは意味がある。まずひとつは調査と同時に何か感じる事があったら全て教えて欲しいという事だ。そういう直感はいつもならフロリアンを頼りにするところだが、この島の件についてはその限りではないかもしれない。もしかすると玲那斗にしか分からない事があるのかもしれない。もうひとつはその石の事について頭の片隅で気に留めておいて欲しいという事だ。」

「はい。承知しました。」玲那斗は力を込めて返事をした。当然理解しきれない部分はある。だが隊長の話を元に考えると、自分自身がこの島に到着してから感じている不思議な感覚についても合点がいく気がした。


“ 自分はこの地で探さなければならない ”


 怪現象の解明と共に、その答えを見つけ出す調査が今から始まる。

「隊長、この事についてルーカスとフロリアンに説明はされるのですか?」

「もちろん、然るべきタイミングで伝えるつもりだ。例えば今日の夜の調査計画を作成する時にでも。」玲那斗の質問にブライアンは力強く返事をした。その答えを聞いて玲那斗は安心した。

「伝えるつもりだが、まずは本人に伝える事が大事だと思った。それと、この資料はレナトのヘルメスへも資料コードを送っておく。閲覧権限も付与するから時間があるときにでも目を通してみると良い。」

「ありがとうございます。しかしプロヴィデンスのデータには制限がかけられているのでは?アクセス履歴から誰の端末から情報が閲覧されたかは把握されるはずですが。」

「その点は気にする事は無い。必要であればマークתの隊員に限り閲覧権限を付与しても良いと直接上層部へ確認をしている。いや、首を縦に振らせたという方が近いか。隠すつもりは無かったが、作戦前に必要のない動揺を誘う事はしたくなかった。伝えるのが遅くなったことは許してほしい。」

「とんでもありません。その心遣いに感謝します。」玲那斗の言葉を聞いて心なしかブライアンの表情にも安堵が見て取れた。玲那斗は先のブライアンの発言から上層部に対してどんな交渉をしたのか想像がついた。おそらく最初は他の隊員への情報開示について却下されたに違いないが、開示する範囲を究極的に制限する事を条件に了承を得たというところだろう。

「さて、音声通信の問題については今夜議題に上げるとして今は一時的に棚上げだ。ルーカスとフロリアンのところに行ってみよう。何か新しい情報が得られたかもしれない。」

 ブライアンの言葉に玲那斗は頷き、二人はベースを出て地形情報採集をしているルーカスとフロリアンの元へ向かった。

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