第6節 -ルーカスの回想-

 ルーカスはブライアンに頼まれた仕事に早速取り掛かっていた。島の地形情報の収集はルーカスにとっては難しくない作業だ。今回はトリニティ三機の内、二機に予め飛行ルートのプログラミングを個別に行い自動で画像撮影を行うように設定し、規定ルートから撮影したデータをすぐにプロヴィデンスへ転送することで合成が行われるようにした。肝心な事は飛行ルートの選定だが、この島は円形に近い形をしているので島の外周から中心に向かって円を描くように飛行させるルートを取ることにした。

 自動飛行によりデータ採集を行う二機のトリニティに一通りの指示を出し終えた後は、残りの一機を使用し気になるポイントをマニュアル操作で探査していく。まずは島の中心部分から上空を360度見まわして変わったものが無いかを探してみる事にした。


 上空から観察していくといくつか変わった場所が見受けられるが、その中でも特に気になるポイントを二か所発見した。

 まず目についたのは巨大な建築物が残っている城塞跡のような場所だ。外壁や塀の一部も崩れてはいるが所々に残っており、城門と思われる構造物も確認できる。リナリア公国があった時代の城塞跡だろうか。巨大な建物は特に上部を中心に崩落し、年月が経った事により風化こそしているものの保存状態はかなり良さそうだ。

 城塞跡のような場所からさらに奥に向けて観察をしてみると、島全体を見渡せそうな程高い尖塔が聳えている事が確認出来た。驚いたことに尖塔は先の巨大な建物と比較してもほとんど風化が進んでおらず、しっかりとした形を保っている。頂上付近には円を描いた形のバルコニーが設置されており、そこからならば島全体の様子を窺う事も出来そうだ。

 また、城塞跡のような地に続く道は他の大地に比べて極めて滑らかに整えられており、明らかに自然に出来たものではなく人為的に整備された道と判断できる。長い年月が経過したとは思えない程しっかりとした “道” を築いている。

 その他、この島の中央付近は基本的に森に囲まれているのだが、完全な意味での中心地付近は空地のようになっていることがトリニティのモニターで確認できた。その空地の中央には石碑のようなものが見て取れる。

 現在は島全域の地形データの採集が目的の為それぞれの細かい調査は行わないが、この中央の空地へ続く安全な道があるかどうかも後で詳しく調べる事にした。


 上空ではプログラムされた指示を実行しているトリニティがまるで海鳥のように旋回しながら飛行している。相変わらず天候は穏やかで、風や波の音以外は何も聞こえない静かな場所だ。自然の中に身を委ねていると、ふと自分がシステム会社に在籍していた頃の事が頭に蘇った。

 あの頃は自然の音を感じるなどという時間は日常生活において全くと言っていいほど無かった。当時はAIの研究開発に没頭しており、高度に自我を発達させた人工知能が社会にもたらす可能性と危険性について考えるだけの毎日だった。昔の自分なら、未来の自分が太陽の光を浴びながら自然の風を受けて仕事をするなどとは微塵も考えられなかったに違いない。ただひたすら【何を考えているのか分からないAI】を相手にブラックボックステストを行う日々。質問に対して意図した結果が返るようにする為には何が必要なのか、どういう学習をさせるべきなのかについて試行錯誤していた。基本的に意思の疎通というものが不可能な相手と仕事をしていた日々は今、冷静に思い返してみると異常だったかもしれない。時に気が狂いそうになることすらあったのも事実だ。何の為にそんなものを作っているのか自問自答したこともあった。


 そんな事を日々考えながら業務をしていた折に機構からスカウトの話を受けたのだ。「君の研究は世界を救うかもしれない。」何かの冗談だと最初は思っていたが話を聞く内に、その言葉には本当の意味で裏も嘘も無いことが分かった。機構の誘いを承諾し組織の一員になった後はひたすらにプロヴィデンスの開発を進めてきた。

 当時機構が開発を進めていたシステムは、あらゆる情報を網羅したデータベースの構築までは出来ていても、それを基に、あらゆる事象に対する予測を導くシステムとして運用する為の最後のパーツ、つまり “頭脳” にあたる部分の処理能力が決定的に欠けていたのだ。膨大なデータベースを効率よく運用し、最適解を瞬時に導き出す頭脳の開発の為にルーカスは機構に招かれ見事にそれを完成させた。

 そして今、その研究成果の内の一つである機械は自由な翼を得て空を飛んでいる。さすがに自我を持たせることは無かったが、確実に世界の為に役立つものを作ることが出来たと自負している。

 自分の功績が上空を舞うのを満足げに眺めながら少し思い出に浸る。自分を包み込む自然の心地よさに満たされながらルーカスは呟いた。

「確かに、まるで楽園だな。」

 先ほど親友が呟いた言葉を思い出しながら。

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