第5節 -ブライアンの思慮-
ブライアンもまた不思議な感覚を抱いていた。
あれだけ怪奇現象が多数報告されていた島の調査。上陸する前に何かトラブルが起きるのではないかという不安が尽きる事は無かった。隊を預かる者として、隊員たちの命を預かる者として、おそらくは誰よりも懸念を感じ、皆の安全について深く思いを巡らせていた。万一の場合についての対策に関してもこれ以上は有り得ないというほど完璧に用意していたと自負している。
だが実際に調査に来てみれば、それらの準備が不要だったとでも言うようにあっさりと島へ上陸出来た。おまけにトリニティとプロヴィデンスによる観測によって野生動物すら存在しない事が明らかとなり、あとは天候にさえ気を配っていれば安全が脅かされることはまず無いだろうという事も判明している。
その天候に関しても今の状況を見る限りは心配なさそうだ。どこまでも穏やかな青空が広がっている。大気の状態だけは気がかりではあるが。
「やはり出来過ぎているな。」思わずそう呟いた。無理もない。この島は今まで近付こうとするもの全てを何らかの意思を持ってそうしているかのように拒み続けてきたのだ。西暦1035年にリナリア公国が滅んだ後から今に至るまで、実際にこの島まで辿り着けた者は長きに渡る歴史の中で公式記録上は存在しない。
船に帆を張り、風の力と潮の流れを頼りに海を渡っていた時代に島を目指して辿り着けなかったという話ならともかく、高度に科学技術が発展した現代において、最新の装備と万全の準備を施していたはずの国連の調査隊ですら昨年の調査において上陸はおろか近付く事すら叶わなかった。
過去の調査隊を襲った突然の閃光と濃霧。計器の狂いと事故。有り得ないはずの少女の存在。繰り返される怪奇現象。常識では考えられない現実がこの島とその周辺には数えきれないほどある。
そんな島になぜ自分達だけはあっさりと上陸出来たのか。千年もの間、誰も到達できなかったというのに。
自分は超常現象の類を信じる方ではないのだが、その一連の怪奇現象についてはもはや目に見えない力や意思の力が働いていると思わずにはいられない。そしてその ”目に見えない力や意思の力” とやらはどうやら自分達に対してだけ働かなかったらしい。いや、もしかすると別の形で働いたのかもしれない。
思うに、自分達は “この島に招かれた” のではないだろうか。又は “呼ばれた” という感覚の方が近いだろうか。そこにどんな意味があるのかについては見当もつかないが。
これは隊の誰にも話していない事だが、今回の調査計画が公式に発表される前に上層部から自分に対しては事前に話があった。そしてその話の中で厳守するように指示された事が一つある。
“どんな状況、場合であっても姫埜玲那斗少尉を調査メンバーから絶対に外さない事”
この島の調査を行うに当たって厳守しなければならないと念を押された ”命令” であり、調査を行う為の絶対条件でもあった。上層部曰く、これは元々国連からの依頼内容にあった指示だそうだ。
国連からリナリア島の調査依頼が舞い込んできた時、誰が調査に向かうのかについての人選が既にされていたというのは機構内でも有名な話だが、玲那斗を絶対に外さないという特定の個人に対しての条件が含まれていた事については上層部と隊を預かる身である自分しか知る者がいない。さらに今回の調査で選抜されたのは自分も含めていずれも玲那斗と関りが深い隊員のみである。
そこにどんな理由があるのかは分からないが、ここまで考えてきた事を踏まえるならば国連は ”彼の存在がある限り” 上陸と調査は失敗しないという絶対的な確証を持っていると推測が出来る。
「まさかな…」我ながら考えすぎだとも思ったが、その考えを否定し切れない事もまた確かであった。
推測はあくまで推測に過ぎず、この話の真偽については実際に観測された事実を持ってその証明をしなければならない。少なくとも、現在の所 “島へ上陸する” という目的は無事に果たされ、彼が同行することで(それがこの島へ辿り着くための正しい条件なのかはさておき) ”上陸出来る” という事については証明された事になる。
「全ての答えはこれから見えてくるだろう。」
成すべきことを為す。今できる最善を尽くし積み重ねる事によっておのずと答えは見えてくるはずだ。それは今まで行ってきた数々の調査と何ら変わりはない。
そして今、自分がするべきことを為すためにブライアンは通信機を手に取った。
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