第4節 -フロリアンの進言-

 フロリアンは拭い切れない違和感を抱いていた。この島の地形についてだが、事前に資料で見た島と実際に見る島とではどうにも決定的な違いがあるような気がしてならない。

 上陸前にヘリの窓から島を眺めた時に感じた事だが的確な言葉で言い表せない為、他の三人にはまだ話せずにいる。通信機の障害の件もあった為、この島へ早く上陸する事の方がその時は何よりも重要だと感じたからというのもある。

 また、提供資料を元にした事前対策や事前調査によって万全の準備を施しているとは言え、今まで近付く者に対して数多くの怪現象を引き起こしてきたこの島への上陸があまりにも順調に進んだことも違和感の一つと言って差し支えない。何故自分達には怪現象と呼ばれるものが何も起きなかったのか。

 付け加えて、上陸した際に発した “静か” という表現に関してもフロリアンにとっては単純な言葉以上に ”不自然な静けさ” に対しての困惑を表していた。かつて旅をしてきた場所は多いが、これほどまでに言葉で表し切ることが出来ない場所というのは初めての事だ。同じような静けさは各国の教会や神社、仏閣といった神聖なものを祀る場所で経験したが、この地の静寂というのはそれらと単純に比較できない独特の雰囲気を持っている。神秘的、又は異世界的という表現が合うだろうか。何かによって意図的に作られたような、現実感のない静けさに思えた。


 ただ、これらの違和感が直接危険に繋がる事だとはとても思えなかった。むしろ上陸が思いの外順調に進んだ事に対する違和感については好意的に受け止めるべきだろう。 ”自分達は何らかの意思によってこの地に迎え入れられた” という感覚に近いと感じている。なぜそう感じるのかは自身にも分からないし、何らかの意思というものがどういうものなのかもわからない。

 もし、有り得るとすれば件の少女の霊の意思ということになるが、そんな事が現実にあり得るのだろうか。


 自分は幽霊の存在や超常現象を否定も肯定もしていないが、現代科学技術の粋を持って調査に当たっている自分達が、古今東西において ”最も科学から遠い存在、非科学的なもの” の代表とも言える幽霊や超常現象の存在を絶えず意識せざるを得ないとは何という皮肉だろう。

 しかし、少女の存在が現実のものであっても夢幻の産物であっても、この島に滞在する間に何か悪いことが起きるという事はやはり無いだろうと自身の直感は告げていた。

 既に上陸も完了し、周囲には直ちに警戒すべき危険は存在しないという調査結果は出ている。上陸前から感じている違和感を報告するのであれば、落ち着いて話が出来る今が一番良いタイミングのはずだ。フロリアンは自分が感じている事を他の三人へ伝える事にした。


「ブライアン隊長、姫埜少尉、アメルハウザー准尉、少し気になる事があるのですが。」

「気になる事?ぜひ聞かせてほしい。」ブライアンが言う。

「はい。ヘリの着陸前に上空から島を見渡した時、何か違和感のようなものを自分は感じました。調査に出発する以前から目を通していた資料とは根本的に異なる何かがあるような気がするのです。まずこの島全体の地形情報を ”全て” 調査してみたいと思うのですが。」

「なるほど。フロリアンがそう言うのであればそこに何かがあるのかもしれないな。それに島の正確な地形データは今からの調査にも絶対に欠かせないものだ。ぜひ俺も確認したい。ルーカス、詳細なデータを頼めるか?」フロリアンの意見を元にブライアンがルーカスに願い出る。

「任せてください。」ルーカスが応じる。

 島のおおよその形は衛星から撮影されたデータで判明しているが、例の白い靄の影響により大地の起伏や詳細な地形に関しては実際に調べてみない事には分からない。

「解析の為にトリニティを三機運用します。プログラムした飛行ルート上から撮影した画像データを元に合成をかけていき、さらに細かい地形データを採集し再合成をかけて立体マップを構築しましょう。読み取りが難しい部分はプロヴィデンスによる自動補完を行います。」ルーカスが具体的な解析方法を提示する。

「具体的にどのくらいの時間が必要だ?」ブライアンが質問する。

「島外周の輪郭を合成するだけならば一時間もかからないかと思います。細かい地形データ全ての採集及び合成には五時間程度みて頂ければ。」

「充分だ。よろしく頼む。」ルーカスの提示にブライアンは満足そうに頷く。


 空からのデータ収集なら現在位置からは見る事が出来ない地形データも詳細に把握できるはずだ。そうして採集した地形データをもとに何処を調査するべきかの具体的な方向性も見えてくるだろう。さらに今は見えていない脅威となりそうな物体等がないかもこれで判明するはずだ。

「ありがとうございます。」フロリアンが礼を言う。

「そういった感覚はとても大切な事だ。違和感がある事を正直に話してくれる事は助かる。」ブライアンもフロリアンへ礼の言葉を述べる。

「地形調査を行いつつ、ベースの設営も同時進行で進める。玲那斗、設営ポイントの割り出し状況を教えてくれ。」

「はい。生活ベースの設営に最適な箇所の絞り込みは完了しました。このポイントはどうでしょうか。」玲那斗はプロヴィデンスに接続されたタブレット端末に表示されたデータをブライアンに提示する。

「良いだろう。ヘリを当該ポイントの近くまで移動させた後、その地点に生活拠点になるベースを設営しよう。それと、島全域の地形データの採集と解析の間に飲み水の確保もしておきたい。玲那斗、そのポイントのすぐ傍にまずルルドに設置して海水を充填しておいてくれ。充填が完了したらベース設営に取り掛かる。」

「了解しました。すぐに作業に取り掛かります。」いつも通り、具体的かつ無駄のないブライアンの指示に玲那斗は快く応じた。


 ルルドとは機構が持つ移動式水処理装置の名称だ。海水淡水化を始めとし、あらゆる場所で採取した水を飲用可能な状態まで浄水した上で保管する為の装置として開発された。携帯用の超小型サイズのものから災害派遣用の超大型サイズのものまで種類があり、一度に浄水できる水量や浄水にかかる時間は各装置のサイズや浄水対象となる水質によって異なる。今回の調査では一度に最大五十リットルの浄水と保管が可能な比較的小型タイプのものを二機持ち込んでおり、その他にも携帯用に特化した一リットルサイズのタイプを各個人がそれぞれ所持している。

 今回の無人島のような持ち込める物資が限られている調査の場合、飲み水そのものを大量に輸送することは出来ない。よって、輸送許容量を越えるものに関しては現地で調達する必要が生じるが、海水等から実質無制限に飲み水を作り出せるこの装置のおかげでその問題は解決できている。

 生成される水には聖母の出現で語られているような病を治癒する力は残念ながら備わっていないが、その存在は命を繋ぐ奇跡、”ルルドの泉” と呼んでも過言ではないだろう。


「フロリアンは玲那斗の補佐に回りベースの設営を頼む。俺はその地点までヘリを移動したらここまでの状況をまとめて本部へ報告をする。変わったことがあればすぐに教えてくれ。」

「承知いたしました。」ブライアンの指示にフロリアンも快く応じた。

 いよいよこの島での本格的な調査と、その拠点であるベースの設営開始である。

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