第3節 -神が全てを見通す目-
一行は島へと無事着陸を果たし、周囲の様子を確認しつつ各々がその足で島の大地を踏みしめていた。
「とても静かですね。」
「無人島だからな。だがそれを踏まえたにしても確かに静かだ。」フロリアンの言葉にルーカスが返事をする。
島は上空から見るより遥かに豊かな自然があるように感じられた。眼前は鮮やかな緑の草地で埋まり、所々には美しい花が咲いている。穏やかな空から注ぐ太陽の光が暖かい。心地よい海風、柔らかな波の音、そして風が揺らす木々の葉がこすれあう音。現代社会の喧騒に慣れた彼らにとって、まるでこの場所は現実から隔絶された世界にいるような錯覚を与える。
「報告に聞く恐ろしい島というイメージではないな。これはまるで…」ブライアンが続けてそう言いかけた時、ふと玲那斗が呟いた。
「失われた楽園。」ブライアンの言葉を遮り思わず口に出た言葉に自身もはっとした。
「いえ、すみません。」
「いいさ。そうだな。確かに恐ろしい島というより、どちらかと言うと楽園という言葉の方がしっくりくる。」ブライアンは笑いながら返事をした。その返事に玲那斗も笑顔を返す。無事に着陸できた事で少しだけ緊張の糸がほぐれているのを感じる。だが安心するのはまだ早いというようにブライアンが全員へ指示を出し始める。
「まずは付近の安全確認から行う。各自機材を積み下ろししてから作業に取り掛かってくれ。」
これから最大で一週間をかけてこの島の調査を行う予定だ。その為にもまずはその活動拠点となるベースの設営をしなければならないが、その前にブライアンが言う通り現在地が安全な場所かどうかを確認する必要がある。野生動物の生息状況や大気状況、水質の確認、さらに今後の気象予測、地形データ採集など確認事項は多岐に渡る。これらの確認をひとつずつ行うとなるとそれだけで多くの時間がかかってしまう事から、機構ではこれら全てを迅速かつ的確に調査する為のシステムが開発され運用されている。
【トリニティ】と名付けられた全事象統合観測自立式ドローンと【プロヴィデンス】と名付けられた統括分析システムである。
状況観測に必要なデータ採集は【トリニティ】と呼ばれるドローンが担当する。三位一体を示す名を冠するこのドローンは自然環境における陸・海・空のどの分野においても活動出来る高度な自律行動能力と、生体スキャナーや大気スキャナー、水質スキャナー、昼夜環境問わず超高解像度の映像撮影が可能なカメラが装備され、それをプロヴィデンスへ直接転送する為の通信機能も兼ね備えている。
そしてトリニティにて採集されたデータは ”神が全てを見通す目” として名高いプロヴィデンスの目から名付けられたシステム【プロヴィデンス】により処理される。このシステムは、”限りない作業を限られた時間に最大効率で処理するシステム” として完成された。過去から現代に至るまで地球上で観測された事象や最新の研究データ等のほぼ全てが記録されていると言われる莫大な情報を蓄積したデータベースと解析専用に調整された最新型AIにより構成されている。
例えば観測された大気データを元に数時間後の天候状況を導き出す予測データ等はもはや “天気予言” と言って差し支えない。
システムの演算結果による正確性はまさに全てを見通す神の目の名にふさわしい性能を誇る。そのデータベースは今日においても情報量を増し、さらに正確な分析や未来予測が出来るように進化を続けている。これらのシステムを効率的に運用する事で、一昔前まではデータの採集だけで数週間を要していた調査を僅か数時間以内には解析まで含めて完結させることが可能となった。
そしてこのシステムの開発において重要な役割を果たした人物こそルーカスである。彼のAI開発の知識と技術協力無くしてこのシステムは完成できなかった。つまり今回の調査任務にはシステムの生みの親であり、運用の第一人者が同行しているということだ。
早速ブライアンの指示によりルーカスがトリニティとプロヴィデンスによる野生動物の生息状況の調査を開始している。野生動物にベースが襲われる可能性の確認の為だ。
また玲那斗はフロリアンと共に同システムを使用し周辺の環境データの採集と解析、また最新の気象データを元にした天候状況の移り変わりを視野に入れ、より安全に活動出来るようにする為にベース作成地点の確認をしていた。
「周囲に生命反応なし、付近に野生動物はいないようです。」ルーカスから解析結果の報告が上がる。トリニティの生体スキャナーの走査範囲を拡大し、さらに広範囲にスキャンをかけてみても何も反応がない。――不自然なほどに。
「上空に配置しているトリニティからの観測データを確認しましたが、野生動物はおろか昆虫の類すら反応がありません。それに目視で空を見渡してみても渡り鳥の姿すら見えません。」当惑気味にルーカスは報告する。
ここまで反応が無いと自分たちの周辺どころかこの島自体、いや、この島の周辺まで含めて生命と呼べる存在がいないのではないかという疑念にかられる。一言で言ってしまえば奇妙だ。まるで現実世界にそっくり似せた仮想空間に閉じ込められているようであった。
「静かですね。」玲那斗は思わず呟いた。
「正真正銘の無人島だ。基本的に何もない島だとは分かっていたが、まさか野生動物すらいないとは思わなかったな。」ブライアンも同じ感想を抱いているようだ。
「空気などの生存条件に関する環境データは何も異常は見られません。ごく普通の ”ありきたりな自然” そのものです。」環境データ解析を終えた玲那斗も報告を上げる。
「大気状況に関しては特定ポイントから気温の変化が著しい場所がいくつか見受けられます。逆転層に近い状態ですが、プロヴィデンスのデータベースでも類似する気象データは過去に確認されていません。これは島周辺の事前調査では見受けられなかった大気データです。」より広範囲の大気データの観測を終えたフロリアンも報告を上げた。
気温というのは通常上空へ向かえば向かうほど低くなるが、逆転層では上空へ向かうほど気温が高い、又は同じ温度の空気の層が出来る。この現象が起きると空気の層によって大気と地表の間に蓋がされたような状態になり、地上から舞い上がった塵などで空気が霞んだり、条件によっては天候が突然崩れたりすることがある。また霧の発生しやすい条件とも言える。
「逆転層か。それにしては見渡す限りの青空だが…報告にあった濃霧の発生に何らかの関連があるかもしれないな。場合によっては天候が突然崩れる可能性もある。強風を伴う大雨が降った場合をシミュレーションして予測された危険性に対して影響がない、又は限りなく少ないと判定される地点を割り出してくれ。そこを基準にベース作成地点を決める事にしよう。」ブライアンの指示に三人が同意し、すぐに追加データ採集に取り掛かった。
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