第236話 哀愁(3)

「こんな遅くに、すみません。」



志藤は約束どおり、白川家にやってきたが


もう10時を回っていた。




「それはいいけど。 こんな時間まで仕事なの? 大変ねえ。」


ゆうこの母は同情した。



「今は仕方ないですから。」



「ゴハンは食べたの? 良かったら食べて行きなさいよ、」



「いえ・・」



「忙しくてもきちんと食事を採らないと、」




上がらせてもらうと、父が晩酌をしながらテレビを見ていた。



「すみません、おじゃまします。」


と言って上がると、



「・・飯を食わないと。 ぶっ倒れるぞ。」


話を聞いていたようで、そう言われた。




ぶっきらぼうだけど


自分のことを気にかけてくれていることがうれしかった。



「じゃあ、少し頂きます。」


志藤はニッコリと微笑んだ。




そして、


「これ。 ウチの両親からですが。」


と、菓子折りを差し出す。



「え?」


母がそれを見る。



「ウチのもので申し訳ないのですが。」



それはキレイに詰められた和菓子の数々だった。



「ま~~~。 キレイだねえ・・」



季節がらさくら色のまんじゅうや、うさぎの形のまんじゅう。


砂糖で作られた花の菓子も色鮮やかで。



「ゆうこが好きそうだね。 食べるのもったいない、」


母は顔をほころばせた。



「ぼくが言うのも何ですけど。 父の腕は確かです。 小さな店ですが、いいお客さんがついてくださっていて。 夫婦二人で忙しく働いています。」


志藤は微笑んだ。



「・・跡、継がなくてもいいのか。」


父がボソっと言った。




「母が子供のころピアノをやっていて。 実家にはぼくが生まれた時からピアノがあって。 自然にピアノに惹かれていきました。 夢は世界をまたにかけるピアニスト。 もうそれしか考えられなくて。 両親もそんなぼくを応援してくれました。 高校から大阪に出してもらって、好きな音楽をやらせてもらって。 小さな和菓子屋を営んでいる両親にとったら・・いくらひとり息子でもとんでもなく金銭的苦労をかけたと思っています。 それからもぼくの思いを全てかなえてくれて。 何も反対せずに。 店を継いで欲しいとかそんなことは一言も言わなかった。」




志藤は両親を思った。



「立派なご両親だねえ。 あんたのこと信じてるんだね。」


母は志藤に微笑みかけた。





「・・ありがたい、ですね。」


志藤はつくづくそう言った。



父は黙って聞いていた。




「あ、・・あの。 ゆうこは、」


気づいたように言うと、



「ああ、部屋にいるよ。 上がって。」


母はニッコリ笑った。



ゆうこはうとうととしていたが、志藤がやって来てぼんやりと目を開けた。




「どう?」


志藤はいつもの笑顔だった。



「・・こんなに遅くなのに。 家に帰って休んでほしいのに、」


ゆうこは時計を見てゆっくりと起き上がった。




「家に帰っても。 一人やし。 それに、」



志藤はポケットから小さな箱を取り出した。



「え、」



「これを。 渡したかったから。」



それは


パールとルビーがコンビになった指輪だった。



「指輪・・」



「今日、外出した時。 少し時間があったから。」




パールは


ゆうこの誕生日、6月の誕生石だった。



「あ・・あたしの。 誕生日を知っていたんですか。」


そこに驚いてしまった。



「え? 知ってたよ。 けっこう前から。」


志藤はふっと笑った。



「・・え、」



「きみが会社で書類を書き込んでたとき。 チラっと見たから。」



「い、いつ?」


ゆうこは驚いた。



「忘れたよ。 そんなの、もう。」



志藤は笑いながらその指輪を彼女の左手薬指にはめてやる。



「少し。 緩いな、」



ゆうこはその指輪を愛しそうに手にして。


やっぱり泣いてしまった。

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