第235話 哀愁(2)

真太郎は社に戻り、社長室で仕事をしていた。



北都はいつものように


忙しそうに電話をしたり、パソコンでメールを確認したりしている。



「あのう、」



真太郎はたまらずに彼に近づいて言った。



「ん?」


タバコを手にしたまま、気のない返事を返された。



「社長は・・志藤さんをどうするつもりなんですか?」


気になることを聞いてみた。



「・・どうするって?」


まだ顔も見てくれない。



「何か・・考えているんですか?」



すると、ゆっくりと顔を上げて、彼を見て



「何が言いたいんだ?」


と睨まれた。




「何って。 実は。 昼休みに白川さんが入院している病院に行って来たんです。」


と言うと、



「・・入院?」



北都は知らなかった。



「南から、つわりが酷くて脱水症状を起こして入院しているって聞いたもんですから、」



「それで? どうなんだ?」


思いのほか、北都は真太郎に食いついた。



「顔色は悪かったですけど。 話はできました。 点滴をしていましたが。」



「・・そうか、」



「彼女。 社長が怒っているんじゃないか、と心配をしていて。」


北都の手が止まった。



「すごく責任を感じているんです。 社長が志藤さんを突き放すようなことを言ったから、」


思わず、声を荒げてしまった。



「突き放したわけではない。」



北都は冷静に言い返す。



「志藤さんを責めることは、白川さんを責めることになってしまいます。 ・・あの人のことだからとても気にして。 なんか見てられないんです・・」



「志藤は30にもなるいい大人だ。 男としての責任があるだろう。」



「志藤さんの過去の話はご存知なんですか?」



「知っている。 ずっと気にかけていた。」



父が志藤のことを気にかけていたことは


少し意外だった。



「それからのあいつの大阪での噂も度々耳にした。 いづれは幹部にと思っていたが、あまり評判が良くないことも全て。」



「今の志藤さんはその頃の志藤さんじゃありません、」



「おれがここに連れてきた。 その責任がある。 けじめのつかないことをしてしまった責任は取るべきではないのか。」



正論だった。



真太郎は何も言えなくなってしまった。




しかし


まるで父親のように志藤のことを思い、



厳しく


そして温かく彼を見守っているような気がした。




京都からまた大阪で仕事をしに帰り、東京に戻ったのはもう夜11時近かった志藤は


さすがに起きられず、



「すんません・・」


遅刻をして小さくなって席に着いた。



「おつかれさまです。 大丈夫ですか?」


真太郎は同情するように彼の顔を覗き込んだ。



「あ・・はい。 ええっと、後ですぐに甲本さんと藤堂先生との打ち合わせで出かけます。 その後はオケの練習をチェックに、」


志藤は忙しそうに支度をした。




まだ戻ってきてからゆうこに会っていない。


病院にいる彼女に電話も憚られ、気になっていた。




そして移動中。



志藤の携帯に、ゆうこの携帯からの着信があった。



「もしもし、」


慌てて出ると、



「あ・・すみません。 仕事中に、」


遠慮がちな彼女の声が聞こえる。



「それはええねん。 ごめん、ゆうべ連絡でけへんで。 もうこっち戻ってるけど、」



「今日、退院できることになりました。 たぶん、昼頃・・」



「ほんまに? よかった、」


ホッとした。




「京都のご両親のほうはどうでしたか。」



「喜んでくれていたよ。 親もおれのことは・・まあ、いろいろ心配してたみたいやから。  それで、ゆうこのお父さんとお母さんに挨拶をしに行きたいって言うたから、そっちに電話したんやけど、」



「え、本当に?」



「お父さんがな、そんなに商売を休んでまで来ることないって。」



「そうです。 お忙しいんですから。 お父ちゃんがいいって言うんだから・・いいんだと思います、」


ゆうこはふっと笑った。



「じゃあ、今晩。 家に行くから。」



「ううん。 無理をしないで。 疲れているんでしょうから。」



「いや。 おれが行きたいねん。 それだけ、」



疲れなんかどうでもいいほど


彼女


に会いたかった。

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