第234話 哀愁(1)

ゆうこは真太郎の顔が恥ずかしくて見れなかった。



上着を羽織って、少しだけ身体を起こす。



「無理をしないで、」


真太郎は優しく言ってくれたが、



「・・本当に。 ご迷惑をおかけしてしまって。 申し訳ありませんでした、」


やつれた顔でゆうこは真太郎に頭を下げた。



「ぼくは。 何もしてないし。 白川さんの仕事はほとんど志藤さんがやってくれてるから。 まあ、今は忙しいからぼくも手伝ったりはしていますけど。」




元々


身体が細かった彼女だが


もっともっと華奢になって


顔色も青白く、体調が悪いことが伺えた。



「・・もう、真太郎さんには・・恥ずかしくて顔向けができないと、思っていました。」


ゆうこは小さな声で言う。



「そんなこと。 ぼくは何も、」



「自分でもあまりに軽はずみで・・不謹慎だったと思います。 自分の気持ちが・・こんなにも揺れ動いてしまうなんて思いもしないで・・」



ずっと


真太郎を思い続けてきたゆうこが



いくら、彼が結婚してしまったと言っても


突然、現れた志藤に


心を許して



こんなことになってしまったことは


真面目な彼女には


許せないことのようだった。



「ぼくはね。 白川さんには本当に幸せになって欲しかったんです。」



真太郎はいつものように優しく言った。




「え、」


ゆうこは彼を見た。



「無責任な言い方だけど。 あなたを幸せにしてくれる人が早く現れてくれたらいいのにってずっと思っていました。 そうでないとぼくも幸せになれない気がした。」



「真太郎さん・・」



「だけどホント志藤さんだなんて想像できなかったから。 何となくあの人が白川さんのことを特別に思っているんじゃないか、とは思ってましたけど。 まさかって・・思ってて。 ・・ショックだったのは事実です。」



ショックって・・



ゆうこは彼の言葉を頭でなぞる。




「あの人であったことが・・。 何だかショックだったんです。 志藤さんのことは、今は尊敬しています。 早くああいう風に仕事ができるようになりたいって思える人です。 あの人もいろんなことがあって、ちょっと物事をナナメから見るようになってしまったんでしょうが、本当の志藤さんの心が見えた今は、白川さんに相応しい人なのかな、と思います。」



ゆうこは掛けふとんをぎゅっと掴んだ。



「白川さんを大事にしてくれる人なら。 ぼくはもう・・・」




そして、はらりと涙をこぼした。


「もう、あたしは真太郎さんを思ってた頃の自分ではないって思っています。 志藤さんのことを・・その時本当に愛していたのかと聞かれたら、答えられないけど。 ひとつだけ言えることは、あの人と心を通わせて、一緒に人生を歩いて行こうと決心したことは間違ってないって。 思えるんです。」



透きとおるように白い肌で


うっかりすると


儚くなってしまうんじゃないか、というくらい


彼女は弱々しく言った。



「間違ってないですよ。 きっと。」



真太郎は優しく


優しく


そう言った。




「でも。 社長にご迷惑をおかけしてしまって。 あたしは・・何より、社長の怒りに触れるようなことをしてしまった自分が・・・情けなくて。」


ゆうこは手で涙を拭った。



「社長は白川さんのことを怒っているわけではないですから、」



「志藤さんだけが悪者になってしまって。 あたしだって・・25の大人です。 責任はあります。・・あたしも悪いんです、」


ゆうこがあまりに思いつめているので、



「命を授かったんじゃないですか。 悪いだなんて思っちゃダメです。」


真太郎はゆうこに言った。



「いいえ。 その命に甘えるようなことを思ったりしたら・・ダメだと思うんです。」




ホント。


真面目な人なんだなあ。



真太郎はゆうこのことを


つくづくそう思った。



「ぼくからも社長に志藤さんのことを許してもらえるように口ぞえします。 白川さんは今は、身体を大事にしてください。 ぼくで力になれることがあったら・・何でもします。」



真太郎は思わず


ゆうこの肩に手をやった。



「・・真太郎さん、」



「ぼくは。 白川さんの幸せだけを願っているから、」




悲しくなるほど


真っ直ぐな瞳だった。


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