第226話 ここから(2)

翌日、志藤は朝一番で外出した後、会社の車をそのまま借りてゆうこを迎えに行った。



「大丈夫?」


と、言いたくなるほど彼女は顔色が悪かった。



「は・・はい・・」



「食事は採れてるの?」



「・・食べても気持ちが悪くなって吐いてしまって、」


ハンカチで口を押さえるゆうこに



「やっぱり無理しないほうがいいんじゃないかな。 社長にはおれが、」



「いいえ。 どうしても。 あたしの口から言いたいので、」


ゆうこはふうっと息をついてしゃんと背筋を伸ばした。




しかし


社に着いた頃、やっぱり気分が悪くなってゆうこはトイレに駆け込んでしまった。


志藤は仕方なく一人で社長室へ行く。



「社長。 少しお時間をいただけますか。」



いつものように忙しそうに書類に目を通す北都に志藤は言った。



「なんだ? これから外出の予定がある。 10分ほどで、」


志藤の顔を見ずにそう言った。



志藤は気合を入れて、



「・・実は。 結婚を考えていまして。」



と北都の前に立った。



「・・は?」



ようやく北都は顔を上げた。



「・・結婚? 誰の・・」



「ぼくが、です。」



「おまえが・・?」




北都も志藤の過去のことは知っていた。


かなりショックを受けて、人まで変わってしまったようになった彼が


もう一度結婚を考えるということに、驚いた。




「白川・・ゆうこさんと結婚します。」



志藤は落ち着いた声で言った。



「なに・・?」



明らかに北都の顔色が変わった。




その時、



「し・・失礼します。」


さらに顔色が悪くなったゆうこが入ってきた。



「白川くん・・」


北都は混乱したように、立ち上がる。



「なっ・・長い間、お休みをしてしまって。 申し訳ありませんでした・・」


ゆうこは彼に頭を下げた。



「どういうことなんだ?」


北都は志藤を睨みつけるようにして言った。



「実は。 彼女・・妊娠していて。 今、3ヶ月目に入ったところなんです・・」



志藤は北都から目を逸らすようにそう言った。





さらに北都は驚いて二人を交互に見てしまった。



ゆうこは顔も挙げられず、



「す、すみません!! 本当に・・申し訳ありません!」


一生懸命に頭を下げた。



北都はガタっと椅子に座って、タバコに火をつけた。



「・・何のつもりだ、」



下からものすごく厳しい目で志藤を見た。




「え・・」



「白川くんは下がっていなさい。 気分が悪いんだろう? 医務室で休んでいなさい。 倒れられても困るから。」


そしてゆうこにそう言った。



「でも・・」



「いいから。」



北都の厳しい口調に仕方なく、志藤をチラっと見て



「わかりました・・」


小さくお辞儀をして、そっと社長室を出て行く。




どうしよう


すごく


怒ってる・・




ゆうこはドキドキしていた。




真太郎は秘書課から社長室に繋がるドアをノックしようとして異変に気づいた。



志藤さん・・?




彼の声が聞こえる。




「・・ご迷惑をおかけして本当に申し訳ないと思っています。」


志藤は神妙に頭を下げた。



北都はまだ黙ったままだった。


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