第225話 ここから(1)

・・・そして、話は12年前に戻ります・・・・




「まあでも。 一件落着だよな。 オヤジが許してくれたら、」


拓馬はゴハンを食べながら言った。



「でも。 志藤さんのご両親にも挨拶しなくちゃね。 まだ話してないの?」


母は志藤の茶碗にゴハンを盛ってやりながら言った。



「まだ・・。 近いうちにきちんと話をしますから。」


「驚くでしょうね・・」


ゆうこはそれを想像してちょっとしんみりとして言った。



「ウチの親は、きっとゆうこを見て気に入るから。 それは心配してへんねん。 心配しないで、」


志藤はニッコリ笑った。



「しっかし。 オヤジもさあ、素直になりゃいいのに。 一回は反対しねえと気がすまないしな~~。」


拓馬が笑うと、和馬が彼の足をちゃぶ台の下から小突いた。



「あ?」



拓馬が振り返ると、父が怖い顔で立っている。



「お、オヤジ! あ~~~。 メシ、食う気になった?」


笑ってごまかした。



父は彼をジロっと睨んで黙って座った。




「今日はそんなに飲んでないみたいだね。 ゴハンにする?」


母が言うと、父はブスっとしているだけだった。



「あ、食べるのね。 ハイハイ。」


何も言わなくても母はツーカーでわかるようだった。



父がやってきて、また場が緊張する。



「・・で・・子供、生まれるの夏ごろなんだろ?」


和馬がその空気を打ち破るように言う。



「・・うん、」


ゆうこは頷いた。



「きちんと病院にかからないとね。 母子手帳ももらわないとだし。 やっぱあそこの総合病院の産婦人科がいいかしら。」


母は現実的な話を始めた。




「というより。 籍を入れるのが先じゃないの?」


和馬の言葉はもっともだった。



「この辺は噂が広まるの、早いからねえ、」


母が苦笑いすると、



「でもさあ! いまどきの若いヤツらなんか、ぜんっぜんデキ婚なんかしてるって! フツーにバンバンやっちゃってるよ!」


拓馬があまりにも空気の読めない発言をし、父の琴線に思いっきり触れてしまった。



「おめえは・・うるせーんだよっ! 静かに食えねえのかっ!!」


父はそこにあった新聞で拓馬の頭を引っぱたいた。



「いって・・・ も~~、なんだよぉ・・」



「ほらほら。 お父ちゃん、味噌汁。」


母が慣れたように父に味噌汁を手渡す。




「あとは。 社長にお話をしないと。 入籍はそれから・・」


ゆうこはまだ心配が残っていた。



「ああ。 社長さんね。 そうねえ、子供できちゃったし、今までどおりに仕事できないしね。」



「それはぼくからきちんと話をします。 明日にでも。」


志藤は言った。



「あたしも行きます。」


「でも。 まだ具合が良くないんだろう?」


「それでも。 社長には直接お話を。 ご迷惑をおかけすることになるし。」



すると


仏頂面だった父が


「あったりめえだ! 何を差し置いても社長に挨拶が先だろう! 具合が悪いとかの問題じゃない。 きちんと挨拶をしてこい!」


と、ゆうこに言った。



「・・うん、」


それは最もだった。



「ひょっとしたら。社長秘書も下ろされるかもしれない・・」


ゆうこは不安を口にした。



「まあまあ、今考えたってしょうがないじゃない。 それに、産休取らせてもらった後は。 あたしが赤ん坊の面倒みるし。 あんたはまた仕事に戻らせてもらいなさいよ。」


母はもう孫のことを考えるとうれしくて仕方がないようだった。



「そうだよなあ。 オヤジだって。 孫の顔みたらもう夢中になるって!」


また調子に乗った拓馬が言って、父は



「だから黙って食え!!」


怒って彼の頬をひっぱたいた。




「だから! 痛てえっての!!」



「も~~。 うるさい・・」


ゆうこはため息をついた。



まだまだ


問題は山積みだった。





「ねえ、今日泊まってったら? また拓馬のトコなら寝れるし。」


母が志藤に言った。



「すみません。 明日朝イチで外出があるので。」


すまなそうに答えた。



「志藤さん、今オケのコンサートのことですごく忙しいの。 今日だってこんな時間まで仕事だし、」


ゆうこは志藤を庇った。



「きちんと食事を採って、身体が参らないようにしないとね。」


母は優しく言った。



「ありがとうございます、」


志藤はニッコリと微笑んだ。



白川家の食卓は


本当に楽しくて。


志藤はこの空気の中にいられることも


嬉しかった。

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