第224話 宝物(4)
卒業生たちが
歌を歌うと
周囲の父兄たちからも、涙をこぼす情景が見られた。
ゆうこの母はポツリと
「・・お父ちゃんにも。 見せたかったよね。」
つぶやくように言った。
「せめて。 ひなたの小学校の卒業式くらいは。」
ゆうこは胸がいっぱいになった。
志藤も
あのゆうこの父のことを思い出していた。
父は
3年前に膵臓ガンで他界した。
身体の具合が悪いと言って、検査を受けたときはすでに末期の状態で。
手を施すことができなかった。
あれだけ結婚に猛反対していた父だが
ゆうこと一緒になってからは
いつも
照れながらも志藤の味方をしてくれて。
女房は亭主のことを一番に信用してやらないで
どうすんだ
と。
ゆうこのことを叱りつけたりもした。
ゆうこはポロっと涙をこぼした。
誰よりも初孫のひなたをかわいがってくれて。
一生懸命愛してくれた。
親孝行をさせてもらえないほど
あっという間に逝ってしまって。
父に何もしてあげられなかったんじゃないか、と
いつも後悔ばかりをしていた。
そして
あの
ハッピーも。
父が亡くなって、2ヵ月後に。
後を追うように、病死してしまった。
お父ちゃんが連れて行っちゃったんだ。
と
母は言っていたけど。
本当にハッピーが家に来てから一番かわいがっていたのは父だった。
寂しくなってしまった母のために
家で飼っていたミニチュアダックスのモーリスを母にあげようと言い出したのはひなただった。
もう、今はひなたは勝手にウチと白川家をいったり来たりして、モーリスを散歩させたりしている。
二人の兄も
所帯を持って。
母は今、長兄夫婦と暮らしている。
家は変わってしまったけれど
父とハッピーの思い出だけは
今も変わらずに残っている。
「パパ~~!! ばっちり撮ってくれた!?」
式を終えたひなたは志藤に駆け寄った。
「もー、泣いてしまって。 ボケボケになってたかもしれへん、」
「しょうがないねえ。 ほんっと。 ねえ、友達といっしょの写真も撮って!」
志藤の腕を引っ張った。
「わかった、わかった・・」
あの時
ゆうこの父が言った言葉の意味が
今ならわかると思った。
かわいいだけで子供を育てるのではなく
親として世間に出て行かれるだけの教育をしてやって。
あとは
子供がきちんと巣立っていくのを見送るだけだ。
親にとって
それが一番うれしいことだって
そう思う。
きっと
娘たちを嫁に出す時には
あの父のように
泣いたり喚いたり。
するんだろうな。
おれも。
志藤はふっと笑った。
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