第222話 宝物(2)

「おれと兄貴にとっても。 ゆうこはかわいい妹だ。 家族みんなで大事に育ててきたって感じで。 子供のころからゆうこを泣かすやつはぶん殴って仕返ししてやったり。 あいつが幸せになるようにずうっと・・願ってた。」



拓馬はポツリと言った。



「そりゃ、いつかは? 嫁にだって行くだろーし。 あの家を出て行く時だって来るってわかってたけど。 でも、一番幸せな笑顔で出て行って欲しいし。 おれだって。 ほんとはあんたのこと殴りたい気持ちだった。」



志藤の胸の中は


土下座したい気持ちでいっぱいだった。



「オヤジは。 あんなだけどさ。 ほんと情にもろいし。 一番キライなのは、ウソをつくことと頑張る前に諦めること。 子供のころから、ほんっと口すっぱくして言われてきたから。 ウチに来る若い連中もさあ、あんなオヤジだから、けっこう怒鳴られるとすぐ辞めちゃうんだ。 だけど、根性出して頑張ってるヤツらのことは、とことん面倒見るし。」



拓馬が何を言いたいのかは


わかった。



「・・わかりました。 今夜。 少し遅くなると思いますが。 もう一度おじゃまします。」


志藤は意を決してそう言った。



「またヤケ酒飲みに行っちゃうかもよ~?」


拓馬は笑った。



「・・何時でも。 待ちます。」



真剣な彼の顔に


拓馬も頷いた。




「え・・今夜?」



志藤はゆうこに連絡をした。



「9時を回るかもしれないけど。」



「そんなに無理をしなくても・・今、本当に忙しいでしょうに、」



「そんなことはええねん。 やっぱりどうしてもおれの気持ちをお父さんにわかって欲しいから。」



「志藤さん、」


ゆうこは彼の気持ちに胸いっぱいになる。



そして


ときめいていた。




不思議に


結婚を決意してから


彼のことが


どんどん好きになる。



初恋の時の気持ちのように


ときめく。





「あら、志藤さん。」



「すみません、こんなに遅くに。」


志藤は約束どおりやって来た。




「ごめんなさい、やっぱり父、また飲みに行って今、帰ってきたんだけど寝ちゃって・・・」


ゆうこが申し訳なさそうに言った。




「いや。 構わない。 ちょっと・・いいかな。」


志藤はニッコリ笑った。




父の部屋に入ると、



「うっ・・酒くさ・・」


ゆうこはただでさえ匂いに敏感になっているので、思わず鼻と口を押さえた。



「き・・きもちわる・・」



「ゆうこはいいよ。 外で待ってて。」



志藤は彼女を襖の向こうにやった。





父は服のまま布団の上でグーグーと寝ていた。


襖を閉めようとしたとき、ハッピーが勢いよく走ってきていきなり父の身体の上にどかっと乗っかった。



「ぐっ・・!」



父は思わず目を開けた。


志藤は驚いて、見ているだけだった。



ハッピーは父の顔を嘗め回してしっぽをブンブンと振り回している。


まだまだ子供の彼は


遊んで欲しくてかなりの興奮状態だった。



「ハッピーか・・?」


父は目をこすりながら開けて、よしよしと頭を撫でた。



「おまえは・・ほんとにかわいいなァ。 おめえだけだよ。 おれの気持ちわかってくれんのは、」



ふっと笑って言う父を見て


志藤も思わず笑顔になってしまった。




その時、父は志藤の存在に気づく。



「なっ・・!! なんだ、おめえは! いつの間に!!」



飛び起きた。



「すみません。 夜分に・・」



「夜分に、じゃねえ!! 二度と顔を見せるなっつっただろっ!!」


酔っぱらって幾分口が回っていない。




「この間はぼくのことを何もわかっていただけなかったので。 今日はお父さんに自分のことを少しお話しようと思って、」


志藤は正座をしてそう言った。



「お、お父さんとか言うなっ!」



「とにかく。 話を聞いて下さい。」



志藤の真剣な顔に、父はハッピーを抱きながらフンと言ったようにそっぽを向いた。

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