第221話 宝物(1)

このことに専念したい志藤だったが。


オケのデビューコンサートまであと2ヵ月半と迫り、忙しさでそれもままならなかった。



「じゃあ、パンフはこっちのでいいですか? あとは冊数を決めて・・」



「値段の交渉ももう少ししてみましょう、」




真太郎とは外出をしても、歩きながら打ち合わせをしなくてはならないほどだった。




「真尋はちゃんとやってますかね。 それも心配なんですけど、」


真太郎は言った。




「やってもらわないと話しになりませんから。 彼、3月の10日には来れるって話でしたけど。 ホンマはもちょっと早く来て欲しい・・」



志藤は心配そうに言った。



会社に戻った時に、受付が少し騒がしかった。



「だからあ・・怪しいモンじゃないって! 名刺あるよ? 名刺!」



受付の女子社員に大きな声で食ってかかる男を見て驚いた。



「たっ・・拓馬さん!」



拓馬が作業着のまんま会社にやってきて、その怪しさから思いっきり止められて


警備員まで来てしまっていた。



その声に振り向いた拓馬は志藤を見つけ、



「あ! いたっ!」


と、叫んだ。



「白川さんの・・お兄さん?」


真太郎も驚いた。



拓馬は志藤に歩み寄り、


「ちょっとお。 何でみんな見た目で判断するかな~~~。 おれはさあ、あんたに会いに来ただけだっちゅーのに。」


と困ったように言った。



「おれに・・?」



「そーだよっ! つったって・・ここにいることしかわかんねーし! 今日、近くの現場だったから寄ったんだよ。 ね、話あるんだけど、」



「話・・」



志藤はこれからすぐにオケの練習に顔を出すことになっていた。



迷う彼に



「練習のほうは、玉田さんに先に行っていてもらいましょう。 少しなら、」


真太郎が助け舟を出した。



「・・すみません、」


志藤は彼に会釈をした。




そのままロビーのテーブルで向かい合った。




「オヤジさあ。 今日はひとっことも口利かないんだよ。 ブスっとしちゃって。 機嫌悪くて、仕事でも怒鳴りっぱなしだし。」


拓馬は困ったように言った。



「・・いいわけじみてるけど。 オーケストラのデビューコンサートが3月の終わりにあって。 今、トラブルもあったりして・・色々。 昨日一日休んでしまったんで・・」


志藤はうつむいて言った。



「昨日って日曜じゃん、」



「日曜も何もないねん。」


志藤はふっと笑った。



「大変なんだなあ・・」



「でも。 このことはキチンとしないとって。」



「昨日。 オヤジが暴れなかったらおれが暴れてたかなあって、」


拓馬は頬づえをついて言った。



「え・・」



「そんくらい。 驚いたし。 動揺した。」


拓馬はタバコを取り出した。



「すんません、」



もう志藤はそう言うしかできなかった。



「ウチに泊まった時さあ。 ゆうこのカレシじゃないって言ってたじゃん?」


「え、あ・・はあ・・」



「でも。 結局。 そーゆーことになってたってこと? おれ計算弱いからよくわかんねーけど。」



それを言われるのが一番


キツイ・・



志藤はうつむいてしまった。



「あいつさあ・・ほんっと真面目じゃん? 小さい頃から優等生で。 親の言うこともよく聞いて。 オヤジがうるせーから今までだってほっとんど男とつきあうこともなく生きてきてさあ。 信じられないっつーか。 ちゃんとつきあってもねえ男とさあ、こんなことになるってこと。」



拓馬の言葉に



「彼女はもちろん真面目な子です。 だけど。 ほんと・・いろいろあって。 おれが30にもなるっていうのに、無責任なことをしてしまったから。 確かにまだ出会って間もないですけど、お互いに自分の気持ちをぶつけあって、そういうことに至ったと思ってるんで。」



志藤はゆうこを庇うようにそう言った。




「彼女はホンマに真面目で優しくてかわいくてナーバスな、人の気持ちがすごくよくわかる女の子です。 今はもう彼女を一生幸せにすることしか考えてへんし。 それが心からの気持ちです。」




拓馬の顔を真っ直ぐに見て


志藤はキッパリとそう言った。


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