第217話 家族(1)

「ゆうこ、入るよ。」



電話を切ると、母の声がした。



「あ・・ウン、」


母が襖を開けて入ってきた。



「洗濯物、」



「あ・・ありがと・・」



「具合はどうなの?」



「ウン。 ずうっと気持ちが悪い感じで・・」



「あたしも3人とも悪阻ひどかったから。 お父ちゃんは全然家事とかしない人だったからさあ・・大変だったよ。」



「・・そう、」



「志藤さん、いつ来るの?」



「たぶん・・今度の日曜日。」



「そうかあ。 前もって言っておくと機嫌悪くなるしね。 唐突に来た方がいいと思うよ。 パチンコに行かないように見張ってなくちゃ、」



「なんか・・心配。」



ゆうこはうな垂れた。



そして




「あと。 もうひとつ言っておかなくちゃいけないことがあって・・」


ゆうこは母に言った。



「え、なに?」



「志藤さん、7年前に婚約者とおなかにいた赤ちゃんをを事故で亡くしてるの。」



「え・・?」


母は驚いたような顔をした。



「それで、色々傷ついたりしてる人だから・・。」




母はしばらく黙って考えた。



「そんなつらい思いをしても。 あんたと一緒になろうって思ってくれたんだ。」



そして


そう言った。



ゆうこはその言葉に胸を揺さぶられて。



「うん・・」



「なら。 本気なんだね。」



母はゆうこのベッドの端に腰掛けた。



「お母ちゃん、」



「そんなつらい思いをしてきた人が。 たとえ子供ができたからってその人以外に一緒になろうって思えるくらいあんたに本気なら。 きっと大丈夫。」



母は真面目な顔でゆうこを見つめた。



「・・ごめんね・・」



ゆうこはたまらずに涙をこぼしてしまった。



「なんで謝るの、」


母はゆうこの頭を撫でた。



「だって。 こんなに心配かけて・・」



「あたしは。 あんたが幸せになってくれればそれで十分。 ゆうこが後悔しないって思える結婚なら。 全力で応援するし。 お父ちゃんだってそう思ってる、」



ずっと


こうして両親や兄たちの愛情に囲まれて


生きてきた。




騒がしいけど


大好きな家族で。


あったかくて、居心地がよくて



本当はずっと


このままでいたいって思ったりもしてしまう。




志藤は仕事で帰りが遅くなってしまったが、ゆうこの携帯に電話をかけてみた。



「・・もしもし?」


彼女は普通に出てくれた。



「ごめん。 起こした?」




時計は12時だった。



「ううん。 眠れなくて、起きていました・・」


彼女の声を聞くとホッとする。



「今度の日曜。 ご両親に挨拶に行くよ。」


志藤は決心したように言った。



「・・ハイ、」



「きっと反対されるやろけど。 でも。 絶対にわかってもらうから、」



ゆうこは携帯をぎゅっと握り締めた。



すごく


すごくそばにいて欲しくて。



会いたくて


たまらない。



おなかの子供は


こうしている間にも


スクスクと育っているのだろう。



早く


けじめをつけなくては。



志藤はそればかりを思っていた。

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