第216話 ハードル(3)
「・・で。 お母ちゃんからそれとなく・・お父ちゃんに話してくれないかな、」
ゆうこは申し訳なさそうに言った。
「・・それはやめといたほうがいいね、」
母は急に冷静になって言った。
「え、なんで・・」
「ヘタな小細工すると。 もっともっと機嫌悪くなるし。 ちょっとどうなるかわかんないけど、志藤さんに来てもらって真正面から切り込んでもらったほうがいいと思うよ。」
それは
最もなのだった。
しかし
ゆうこはあの頑固な父が
どうしても納得してくれないんじゃないかと不安がよぎる。
「お父ちゃん、そんなに怖いの?」
南が言った。
「あたしは父には手を挙げられたことはないですけど。 二番目の兄とはよく大喧嘩して、家の中がめちゃくちゃになるくらい二人でとっくみあいになったこと何度もあるし・・」
ゆうこはため息をついた。
「拓馬はね~。 ほんとやんちゃでどうしようもなかったからね。 一回、お父ちゃんが暴れて、拓馬を縁側から投げ飛ばして、鎖骨骨折させちゃったことあるんだよね、」
母は思い出してそう言った。
「骨折~~?」
「お父ちゃん、柔道黒帯だから。 本気で投げちゃってさあ。 近所の人も飛んできて大変だったよ。」
「・・そんなことも、あったよね・・」
ゆうこも暗い気持ちになった。
さすがに南も不安になってきた。
南はゆうこの家から戻った後、会社にやって来た。
「あ・・どーだった?」
志藤が待ち構えていて、彼女に言った。
「え? あー。 お母さんはね。 わかってくれたよ。 逆に孫ができたって喜んじゃって、」
「ホンマ?」
志藤は少しホッとした。
「でも。 お父さんにはちゃんとまともにお許しを貰いに行ったほうがいいみたい。 ほんまに厳しいお父ちゃんみたいやし。 ゆうこのことは死ぬほど大事にしてるから、ただじゃすまないかもしれないけど、」
ゾゾっとした
「あたしも助けてあげたいけど、ゆうこのお母ちゃんが、あんまり小細工しないほうがいいって言うから。 頑張ってね。」
と、彼の背中を叩いた。
「・・こ、ここで見捨てるんですか・・・」
志藤があまりに情けない顔をしたので、
「も~~~。 今からビビってどないすんねんな。 男やろ? ここで頑張らないでいつ頑張るねん!」
と、喝を入れた。
それは
わかってるけどな・・。
志藤はゴクっとツバを飲み込んだ。
ゆうこが部屋で休んでいると、携帯が鳴った。
北都からだということがわかって、ドキンとした。
「も・・もしもし・・白川です・・」
おそるおそる電話に出た。
「ああ、おれだ。 身体の具合が悪いと聞いたけど。 どうなんだ?」
「・・すみません。 こんなにお休みをしてしまって・・」
もう
会話をするのも申し訳なくてどうしようもない。
「気にするな。 きみは入社してからロクに有給も取らずに頑張ってくれたんだ。 少しゆっくり休みなさい。 仕事のことは気にせずに。 真太郎も志藤もいるから、」
そんなに優しい言葉をかけてもらって。
ゆうこは胸が痛くてどうしようもない。
父に許しを得るまでは
話が混乱しないように
北都にはまだ話さないように、と南から言われていた。
「本当に・・すみません。」
もう
それしか言えなかった。
こんなに信頼してもらっているのに
自分は
社長を裏切っている・・
そう思ったら
自責の念で押しつぶされそうだった。
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