第215話 ハードル(2)

「ゆきずりの人!?」



母は卒倒しそうだった。



「ち、違うよ・・。 違うって、」


ゆうこは手を大きく振って否定した。



「んじゃあ、誰よ、」


最もな質問だった。




「あの。 ハッピーをくれた、志藤さん。」



ゆうこは彼の名を口にした。



「え? あの・・人?」



「うん、」



「って。 あんたのカレシじゃないって言ったじゃない。」



「あの時は・・そうだったんだけど・・」




ていうか


すでに今思えば


あの時には


おなかの中に


赤ちゃんがいたんだけど・・。




ゆうこは説明しようと思ったが、あまりにややこしく


心配をかけそうだったので



「まあ、いろいろあって・・。」


とごまかした。



「んじゃあ、やっぱり悪阻だったの??」




「・・みたい、」



どんどん不安そうな顔になる母に南は



「でも。 志藤さん、ちゃんとした方なんで。 もちろん結婚を前提に考えてるし。 きちんとしてくれますから、」


と先回りして志藤のことを持ち上げた。



「え~~?? ゆうこが、結婚?」



さらに驚かれた。



「ウン・・」


ゆうこは恥ずかしそうにうつむく。



「いわゆる、『できちゃった婚』ってやつ?」



「ウン・・」


そう言われると顔から火が出そうなほど恥ずかしい。



「まったくも~~、なにそれ。」



母はそして


呆れた。



「それで。 志藤さん、きちんと挨拶をしたいって言うてはるんですけど。 お父さんが・・」




南が言うと、



「ああ・・そりゃ大変なことになるね、」


母は他人事のように言った。



「お母ちゃん、」




「見ての通り。 頑固も頑固な人で、昔かたぎの人間だから。 子供ができちゃった、なんて絶対に許さないと思うよ。」


「え~~~~、」


ゆうこは大きくため息をついた。



「でも。 あたしはあの人はいい人だと思ったけどね、」




母はニッコリ笑った。



「え、」



「ほら。 ハッピーを連れてきてくれたとき。 すごくきちんとしてたし。 犬用のミルクとか色々持って来てくれて。 気が利く人だなあって思ってた。 それに、いい男だし。」



「はあ??」



ゆうこは母に呆れた。



「志藤さんはめっちゃ仕事できる人ですから。 将来の心配もないし。 何より社長に気に入られてるし、ウチのダンナにとっても心強い人なんで。 今は北都フィルオーケストラを作る責任者で頑張ってるんです。 おそらく、今年中にはクラシック事業部ができて、そこの長になると思います。」


南は一生懸命に盛り上げた。



「そんなにエリートなの?」


母は身を乗り出した。



「そうなんですよ! お母さん。 ですから、ゆうこさんのことは安心ですから! 何より二人は信じあって愛し合ってるんで。 順番が違ってもきっと大丈夫!」


南はいつものように明るくそう言った。



母はうーんと考えた後、


「ねえ、てことは・・ソレ、孫なの?」


などと言い出した。



「はあ??」



「孫、だよね?」



「そうに決まってるじゃない・・」


ゆうこは母が何を言い出すのかと思った。



すると、母はいきなり上機嫌になって



「そっかあ、孫だよね! もうソバ屋のカズちゃんがさあ、いっつも孫自慢ばっかするから! たいしてかわいくないのにさあ。 でも! ゆうことあの人の子供だったら絶対に期待できるよね! カズちゃんとこの孫には勝つ!」


と喜んだ。


「何言ってんの・・?」



ゆうこは顔をひきつらせた。



「そうそう! 孫ですから! お父さんだってきっと最終的には喜びますよ!」


南も一気にノリノリになった。


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